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The bulk of the British Expeditionary Force (BEF) was transported to France between 12 and 21 August, protected by British destroyers and submarines patrolling Heligoland Bight, which German ships would have to cross if they sortied. The Grand Fleet remained in the centre of the North Sea ready to move south but no attack came. The German army had anticipated a rapid transfer of the British army to France, German naval planners overestimated the time the British would need and German submarines were on patrol seeking the Home Fleet. At Harwich, Commodore Roger Keyes commanded a squadron of long-range submarines that regularly patrolled the Heligoland Bight and Commodore Reginald Tyrwhitt commanded a destroyer patrol. They observed that German destroyers had adopted a regular pattern of patrols where each evening cruisers would escort destroyers out of harbour, to patrol for British ships during the night before being met and escorted home each morning. Keyes and Tyrwhitt proposed to send a superior force during darkness to ambush the German destroyers as they returned. Three British submarines would surface in a position to draw the destroyers back out to sea while a larger British force of 31 destroyers accompanied by nine submarines would cut them off from Germany. Other submarines would wait for any larger German ships leaving the Jade estuary to help. Keyes impressed First Lord of the Admiralty Winston Churchill by the daring of his plan, which was adopted with some changes. An attack at 08:00 on the German daytime patrol was preferred. Keyes and Tyrwhitt requested support for their operation, in particular bringing the Grand Fleet south and the support of the squadron of six light cruisers commanded by Commodore William Goodenough. This was refused by the Chief of Staff—Vice Admiral Doveton Sturdee—who instead agreed to place only lighter forces consisting of Cruiser Force K (Rear Admiral Gordon Moore) with the battlecruisers HMS New Zealand and Invincible 40 mi (35 nmi; 64 km) to the north-west and Cruiser Force C comprising the Cressy-class armoured cruisers, HMS Cressy, Aboukir, Bacchante, Hogue and Euryalus, 100 mi (87 nmi; 160 km) west.
The attack was planned for 28 August; the submarines were to sail on 26 August, while Keyes would travel on the destroyer Lurcher and the surface ships would depart at dawn on 27 August. Tyrwhitt, aboard the brand new light cruiser HMS Arethusa, would command the 3rd Flotilla of 16 modern L-class destroyers, whilst his subordinate, Captain William Blunt, aboard the light cruiser HMS Fearless, would command the 1st Flotilla of 16 older destroyers. Tyrwhitt had requested the replacement of his cruiser HMS Amethyst because she was too slow to keep up with his destroyers but Arethusa did not arrive until 26 August. Her crew were inexperienced and it was discovered that its new 4 in (100 mm) Mk V guns jammed when fired.

投稿日時 - 2019-06-27 20:35:15

QNo.9629693

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

字句を一部訂正しましたので再送いたします。
訂正箇所:「大型のドイツ艦船を待ち受ける」→「大規模なドイツ艦船団を待ち受ける」、「攻撃は8月28日に計画された」→「攻撃は8月28日に(実行するものとして)計画された」。

>The bulk of the British ~ seeking the Home Fleet.
⇒8月12日から21日までの間に英国遠征隊(BEF)の大部分がフランスに輸送された。その際ヘルゴラント(北海にあるドイツ領の小島)湾を巡視する英国軍の駆逐艦と潜水艦による護衛を受けた。そこはドイツ軍船団が巡航するので、それによって攻撃された時のためであった。(英国)大艦隊は南に移動する準備を整えておいて北海の中心海域に残ったが、攻撃は来なかった。ドイツ方面軍は英国軍がフランスへ急速移動するものと予想していたが、ドイツの海軍計画者は英国軍が移動に必要とする時間を過大に評価し、ドイツ軍潜水艦隊は英本国の艦隊を巡回捜索していた。

>At Harwich, Commodore Roger ~ destroyers as they returned.
⇒ハリッチ(英国エセックス州の港町)で、ロジャー・キーズ艦隊司令官は長距離潜水艦の1個戦隊にヘルゴラント湾の定期巡回を命じ、レジナルド・ティルウィット艦隊司令官は1個駆逐艦隊に(海上)巡視を命じた。彼らは、ドイツ軍の駆逐艦が毎晩巡洋艦の護衛を受けて出航し、夜間英国艦船と出会わないうちにあたりを巡視して、翌朝また護衛を受けて帰還するという、規則的な行動パターンを採っていることを観察した。キーズとティルウィットは、ドイツ軍の駆逐艦が帰還する際に暗闇の中で待ち伏せて奇襲するために、より優れた部隊の派遣を提案した。

>Three British submarines would ~ daytime patrol was preferred.
⇒3隻の英国潜水艦が(帰還中の)敵駆逐艦を海方向へ引き戻すような位置に浮上し、その一方で9隻の潜水艦を伴う31隻の駆逐艦という大規模な英国軍団が彼らをドイツ(本国)から遮断し切り離すこととした。他の潜水艦は、ヤーデ河口を離れて援助に来る一層大規模なドイツ艦船団を待ち受けることとした。キーズはその大胆な計画によって海軍大臣ウィンストン・チャーチルに感銘を与えたが、一部変更が採用された。(例えば)ドイツ軍の日中巡回である午前8時の攻撃が優先された。

>Keyes and Tyrwhitt requested ~ and Euryalus, 100 mi (87 nmi; 160 km) west.
⇒キーズとティルウィットは、彼らの作戦行動のための支援、特に大艦隊の南への移動と、ウィリアム・グッドイナフ艦隊司令官が指揮する軽巡洋艦6隻の戦隊による支援を要請した。これは、参謀長 ―ダブトン・スターディ副総督― によって拒否され、代りに彼は以下の2個部隊からなる軽量軍団のみによる支援に同意した。すなわち、巡洋艦HMSニュージーランド号とインヴィンシブル号を伴う巡洋戦艦部隊K(後衛提督ゴードン・ムーア)を40マイル(35海里;64キロ)北西に配置し、クレシー艦級の装甲巡洋艦であるHMSクレシー号、アブーキア号、バカント号、ホーグ号、ユーリアラス号からなる巡洋戦艦部隊Cを100マイル(87海里;160キロ)西に配置することを承認したのであった。

>The attack was planned ~ guns jammed when fired.
⇒攻撃は8月28日に(実行するものとして)計画された。潜水艦隊は8月26日に出航する予定となり、一方キーズは駆逐艦ラーチャー号に乗艦して、(それを含む)水上艦船隊は8月27日の夜明けに出発することとなった。ティルウィットは最新型の軽巡洋艦HMSアレツーサ号に乗艦して新式のL級駆逐艦16隻編成による第3艦隊を指揮する一方、彼の配下のウィリアム・ブラント海軍大佐は軽巡洋艦HMSフィアレス号に乗艦して旧式の駆逐艦16隻編成による第1艦隊を指揮することとなった。ティルウィットは、巡洋艦HMSアメジスト号が(彼の艦隊中の)駆逐艦と並進するには巡航速度が遅すぎるため交換を要請していたが、そのアレツーサ号は8月26日まで到着しなかった。その乗組員は(新艦の)経験が浅く、新型4インチ(100ミリ)Mk V型砲を発砲した時に砲身の弾詰まりが露呈した。

投稿日時 - 2019-07-07 11:04:57

お礼

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2019-07-07 20:17:46

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回答(3)

ANo.2

>The bulk of the British ~ seeking the Home Fleet.
⇒8月12日から21日までの間に英国遠征隊(BEF)の大部分がフランスに輸送された。その際ヘルゴラント(北海にあるドイツ領の小島)湾を巡視する英国軍の駆逐艦と潜水艦による護衛を受けた。そこはドイツ軍船団が巡航するので、それによって攻撃された時のためであった。(英国)大艦隊は南に移動する準備を整えておいて北海の中心海域に残ったが、攻撃は来なかった。ドイツ方面軍は英国軍がフランスへ急速移動するものと予想していたが、ドイツの海軍計画者は英国軍が移動に必要とする時間を過大に評価し、ドイツ軍潜水艦隊は英本国の艦隊を巡回捜索していた。

>At Harwich, Commodore Roger ~ destroyers as they returned.
⇒ハリッチ(英国エセックス州の港町)で、ロジャー・キーズ艦隊司令官は長距離潜水艦の1個戦隊にヘルゴラント湾の定期巡回を命じ、レジナルド・ティルウィット艦隊司令官は1個駆逐艦隊に(海上)巡視を命じた。彼らは、ドイツ軍の駆逐艦が毎晩巡洋艦の護衛を受けて出航し、夜間英国艦船と出会わないうちにあたりを巡視して、翌朝また護衛を受けて帰還するという、規則的な行動パターンを採っていることを観察した。キーズとティルウィットは、ドイツ軍の駆逐艦が帰還する際に暗闇の中で待ち伏せて奇襲するために、より優れた部隊の派遣を提案した。

>Three British submarines would ~ daytime patrol was preferred.
⇒3隻の英国潜水艦が(帰還中の)敵駆逐艦を海方向へ引き戻すような位置に浮上し、その一方で9隻の潜水艦を伴う31隻の駆逐艦という大規模な英国軍団が彼らをドイツ(本国)から遮断し切り離すこととした。他の潜水艦は、ヤーデ河口を離れて援助に来る一層大型のドイツ艦船を待ち受けることとした。キーズはその大胆な計画によって海軍大臣ウィンストン・チャーチルに感銘を与えたが、一部変更が採用された。(例えば)ドイツ軍の日中巡回である午前8時の攻撃が優先された。

>Keyes and Tyrwhitt requested ~ and Euryalus, 100 mi (87 nmi; 160 km) west.
⇒キーズとティルウィットは、彼らの作戦行動のための支援、特に大艦隊の南への移動と、ウィリアム・グッドイナフ艦隊司令官が指揮する軽巡洋艦6隻の戦隊による支援を要請した。これは、参謀長 ―ダブトン・スターディ副総督― によって拒否され、代りに彼は以下の2個部隊からなる軽量軍団のみによる支援に同意した。すなわち、巡洋艦HMSニュージーランド号とインヴィンシブル号を伴う巡洋戦艦部隊K(後衛提督ゴードン・ムーア)を40マイル(35海里;64キロ)北西に配置し、クレシー艦級の装甲巡洋艦であるHMSクレシー号、アブーキア号、バカント号、ホーグ号、ユーリアラス号からなる巡洋戦艦部隊Cを100マイル(87海里;160キロ)西に配置することを承認したのであった。

>The attack was planned ~ guns jammed when fired.
⇒攻撃は8月28日に計画された。潜水艦隊は8月26日に出航する予定となり、一方キーズは駆逐艦ラーチャー号に乗艦して、(それを含む)水上艦船隊は8月27日の夜明けに出発することとなった。ティルウィットは最新型の軽巡洋艦HMSアレツーサ号に乗艦して新式のL級駆逐艦16隻編成による第3艦隊を指揮する一方、彼の配下のウィリアム・ブラント海軍大佐は軽巡洋艦HMSフィアレス号に乗艦して旧式の駆逐艦16隻編成による第1艦隊を指揮することとなった。ティルウィットは、巡洋艦HMSアメジスト号が(彼の艦隊中の)駆逐艦と並進するには巡航速度が遅すぎるため交換を要請していたが、そのアレツーサ号は8月26日まで到着しなかった。その乗組員は(新艦の)経験が浅く、新型4インチ(100ミリ)Mk V型砲を発砲した時に砲身の弾詰まりが露呈した。

投稿日時 - 2019-07-06 16:43:48

ANo.1

イギリス海外派遣軍の殆どは8月12-21の間フランスに派遣され,このときドイツ艦が出撃したときのためにヘルゴラント湾を巡視する駆逐艦と潜水艦に護衛された.
グランドフリート(イギリス本国艦隊と大西洋艦隊が統合された主力艦隊)は南方対応の準備を整えながら北海中央海域に残ったものの,攻撃はなかった.
ドイツ陸軍はイギリスが高速輸送をしてくることを予想していて,ドイツ海軍計画立案者はイギリス軍の輸送時間を過剰に想定していたため,輸送終了後も潜水艦隊をイギリス本国艦隊の捜索に派遣していた.
ハリッジ(英)ではロジャー・キーズ代将が長距離潜水艦戦隊にヘルゴラント湾の定期巡視を,レジナルド・ティアウィット代将が駆逐艦一隻に巡視を命じていた.彼らはドイツ駆逐艦が毎晩巡洋艦に護衛されて出港し夜間イギリス艦船が出現する前に巡視し翌朝帰投する規則的な任務を監視していたのだ.
キーズ代将とティアウィット代将はより優位な戦隊を夜闇に紛れ出撃させドイツ駆逐艦が帰投する時に奇襲させることを提案した.
この計画は,
・イギリス潜水艦3隻はドイツ駆逐艦に対し退却を強いる位置に浮上する.
・数的優位な駆逐艦31隻に潜水艦9隻を随伴させ退却に回り込む.
・他の潜水艦はヤーデ河口から援護に来る大型艦を迎撃する位置につく.
というものだった.
この計画は初代海軍大臣ウィンストン・チャーチルによりいくつか改良された大胆なものであり,キーズ代将はこれにひどく感銘を受けた.
攻撃はドイツの昼間巡視の最中である午前8時が好ましかった.
キーズ代将とティアウィット代将は作線支援,特にグランドフリートの南進とウィリアム・グッドイナフ代将に軽巡洋艦6隻から成る戦隊の支援を要求した.
これは参謀長のダブトン・スターディ副総長によって拒否され,代わりにゴードン・ムーア海軍少将のK部隊により構成される軽量部隊のみの支援を承認した.これには巡洋戦艦HMSニュージーランドと航空母艦HMSインヴィンシブルが35海里北西から,C部隊に属する装甲巡洋艦HMSクレッシー,アブーキア,バッカント ,ホーグ,ユーライアスが87海里西から加わった.
攻撃は8月28日に予定された.8月26日に潜水艦が、8月27日の夜明けには水上艦船が出港し,キーズ代将は駆逐艦ラーチャーに乗艦した.
ティアウィット代将は最新型の軽巡洋艦HMSアリュシーザに乗艦し,L級駆逐艦16隻を随伴とした第3艦隊を指揮し,ティアウィット代将の部下であるウィリアム・ブラント大佐は軽巡洋艦HMSフィアレスに乗艦し旧式駆逐艦16隻を随伴とした第1艦隊を指揮した.
ティアウィット代将は巡洋艦HMSアメジストの航行速度が第3艦隊の中で目立って遅かったために変更を要求しHMSアリュシーザが配備される事となったものの8月26日まで遅延した.
HMSアリュシーザの乗組員は練度が低く,新型4インチMk V砲に弾詰まりを起こした.

※戦争史に疎いため名詞に自信がなく,また意訳直訳が混じっています.申し訳ありません.

参考URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%AB%E3%82%B4%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%88%E6%B5%B7%E6%88%A6_(1914)

投稿日時 - 2019-06-29 02:55:26

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