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締切り済みの質問

因果応報

因果応報という言葉がありますが、酷いことをした人って本当に自分に返ってくるんでしょうか?

最近、この先これ以上傷つくことはないだろうという出来事がありました。
相手に対して、憎い、怨み、復讐という言葉が出てきて頭の中でぐるぐるしています。

でも私がこういう思いをしているのも因果応報なのかと思い始めました。
相手を深く傷つけた記憶はないけれど知らず知らずのうちに誰かを傷つけて、それが返ってきたのかな…と。

私が傷ついているのを見て、周りの人はそんな奴絶対痛い目見るよと言います。
私も第三者ならそう思うかもしれません。
当事者の立場だとそんなこと言われても…と思ってしまいます。

気持ちがぐちゃぐちゃで何が言いたいのがよく分からない文章ですみません。

私を傷つけた相手は状況や事柄が違っても同じような酷い目に遭うんでしょうか。
どんな理由があっても復讐することはいけないことなんでしょうか…。

みなさんの考えを聞かせて下さい。

投稿日時 - 2019-05-14 00:55:45

QNo.9616383

暇なときに回答ください

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回答(15)

ANo.15

因果関係とは違うかもしれませんが(^-^;
私の義理の父は、「人を泣かすと本人でなくても子・孫まで祟る」
と話していました。
偶然かもしれませんが。。悪い死に方をしたり、病気になったりして
苦しんでいる人もいるようです。
私なら、
相手にハッキリと言うか、バカみたいな話と思いサラリと流すか?
どちらかを考えると思います。
(今の気持ちを別の角度から考えるのもありかもですね)

投稿日時 - 2019-05-30 21:30:35

ANo.14

何があったのか知りませんが、復讐したいと思っている人は、それが人間として当然の感情であろうと、神経症=ノイローゼです。
例えば、恋敵が振られたことを喜ぶのは合理的です。なぜなら自分にチャンスが回ってくるからです。ところが、赤の他人が不幸になるのを喜ぶのは非合理的な感情です。だって、その人の不幸は自分の幸福とは因果関係がないからです。
非現実的なことを現実だと思う、不可能なことを可能だと信じる、こういう心理状態のことをノイローゼと言います。肉親を殺された人が犯人の死刑を望むのは人として当然の感情であるとは思いますが、その遺族が幸福になれるかどうかと、犯人が死刑になるかどうかは、理論的には無関係です。中には『犯人が死刑になろうと、もう娘は帰って来ません』とのみコメントする遺族もいます。こう言う人は神経症(ノイローゼ)を回避している人だと思います。
そもそも人間は神経症的な性質を有しているのです。想像力があるからです。理想を持って邁進するのも神経症的性質のおかげです。非現実を現実だと(実現できると)思うことは、一概に悪いことではありません。
何が“現実”で、何が自分が与えた“解釈”かは、きちんと認識しておきましょう。

投稿日時 - 2019-05-15 21:48:41

ANo.13

因果応報はおそらく質問者様が
想像しているよりも、
シンプルで複雑なものだと思いますよ。

相手が質問者様に対し酷いことをした
→質問者様が傷付き、相手に恨みをもった
これも因果応報です。

そして物事には自分の主観では
捉えきれない多面性があるため、
自分が気付いていないような所でも
様々な影響を与えています。

様々な要素が絡み合っているため、
良い事をしたつもりが、
(自分にとって)悪い結果につながったり、
その逆も起こりえます。

しかし、このような因果は積もり重なるので、
相手が今後も同じような事を続けていけば、
良くない結果に結び付く可能性が高いでしょうね。

復讐についても同様です。

投稿日時 - 2019-05-15 08:46:49

ANo.12

天罰的なものとして捉えるのだとしたら、返っていくことも返ってくることもない気はしますね。
そこに結び付けようとすることは可能かもしれませんけど。
被害者の感情に配慮した言葉なのかななんて・・

>復讐することはいけないことなんでしょうか…。
その不幸の元凶みたいな人達に拘り続けることが自身の不幸に繋がることにはなると思います。

投稿日時 - 2019-05-14 17:06:01

ANo.11

ye-abc様

★回答者(婚活、人間関係、専門家)の「NISHISHINJUKU」と申します。私は東京で長年、結婚相談所をやって来た経験を活かし専門家としての立場で客観的に回答させて頂きます。


❶<因果応報という言葉がありますが>・・・とのこと

A)極めて良い質問ですね!

✚私は高齢者ですが、この言葉ほど「今になってから痛感する言葉も有りません」・・貴方の内容とは違うと思いますが大意として捉えると全体像としては全く同じ結果になりそうです。



❷<最近この先これ以上傷つくことはないだろうという出来事がありました。>とのこと


A)それは災難でしたね! でも皆、同じような経験で大人になって行くのです。貴方だけの話では有りません。

✚「相手に対して、憎い、怨み、復讐という言葉が出てきて頭の中でぐるぐるしています。でも私がこういう思いをしているのも因果応報なのかと思い始めました。相手を深く傷つけた記憶はないけれど知らず知らずのうちに誰かを傷つけて、それが返ってきたのかな…と。」・・・とのこと

*違うとは思いますが、そういう無意識に相手にダメージを与えている事も有る事を後で聞かされることも有るので、そういう配慮で考えていた方が間違い有りません。


❸<私が傷ついているのを見て、周りの人はそんな奴絶対痛い目見るよと言います。>・・・とのこと

A)上記の通りお互い様の可能性だけは思っていた方が良いです。。何も理由が無いと言う事は有りませんから。

✚「私も第三者ならそう思うかもしれません。当事者の立場だとそんなこと言われても…と思ってしまいます。」・・・とのこと

A)私だって全く同じですが、上記の通り「お互い様」‥と言われる様な事が無い様に注意しましょう!


❹<気持ちがぐちゃぐちゃで何が言いたいのか?>・・・とのこと


A)いえいえ、良く分かります・・・とにかく誰でも同じ経験をするからです。

✚大事な事は上記の通り「お互い様」になっていないか?です・・

💛したがって、
「私を傷つけた相手は状況や事柄が違っても同じような酷い目に遭うんでしょうか。どんな理由があっても復讐することはいけないことなんでしょうか…。
みなさんの考えを聞かせて下さい。」・・・を言う前に先ずは自らは相手を傷付けて無いのか?を先に確認する癖を付けましょう!

✚「復讐」なんて言っても、快く出来た例を知りません・・・どうぞ、冷静になる事です・・


★ちなみに「ダリア」の花をテーマ写真にしている理由は、同じダリアでも、
これだけ種類がある様に人間も無限な「10人10色」を象徴してます。

(PS)
★たまたま、今の瞬間に於いては、私は専門家回答者ランキングTOP(下記URL参照)におります・・・少しでも参考になれば、「お礼コメント」と「ありがとう」をクリック頂ければ励みになりますので、追加質問等があれば、ご遠慮なくお願いします。

参考URL:https://okwave.jp/ranking/professional/month

投稿日時 - 2019-05-14 14:49:00

ANo.10

復讐してはいけないのかはわかりません。

復讐に使う労力を幸せになる労力に変えた方が
人生有意義なものになる気がします。

投稿日時 - 2019-05-14 12:31:50

ANo.9

生きていく中で、許せない事、理不尽な事など幾度となく有ると思うのです この度に嫌な思い、やるせない思いをします これは、誰しもあり、避けては通れないと思います
そして、その後の心の持ち方で人間性が試されると思うのです
やられたらやり返すのか、やられて痛くて、悲しくて、辛い思いをし、こうされたら痛くて、悲しくて、辛いのだと分かる そして、他人には、そんな思いはさせないようにと心がける その様な事を繰り返し人として成長するのかな…と思います
私は、後者でいたいです 多分、知らず知らずのうちに、他人を傷付けてしまう時も有ると思うのですが、そうありたいと思ってます

投稿日時 - 2019-05-14 11:41:41

ANo.8

>私を傷つけた相手は状況や事柄が違っても同じような酷い目に遭うんでしょうか。どんな理由があっても復讐することはいけないことなんでしょうか…。

一番の復讐は同じように相手を傷付けることではなく、
相手よりも数倍幸せになることなんじゃないのかなあと思います。

私の友人Aは30代後半で恋人に裏切られ、同じ職場で働く若いバイトさん(こちらも彼氏もち)と二股をかけられました。
結局友達がすぐにその男性を切って、女性は元カノである友人に対して勝ち誇ったかのように彼と仲良くしている様子を見せつけていたようです。

ですが友人はとても賢く理性的な人なので、たぶん怒ったり恨んだりはしたでしょうがその時はぐっと耐え、自暴自棄にはならず同じ職場でやり過ごしていました。
その傷が日にち薬で癒えてきたであろう頃、友人から一人の男性を紹介されその人と結婚します。
婚約者は偶然同業種の彼女の会社よりもずっと大規模で、いわば元請先のようなもの。そこの幹部候補との結婚ですから元彼よりも人柄も能力も優秀でした。

結婚式ではとても幸せそうで、その後も家族に恵まれ、今も幸せのまっただ中です。

友人Bも夫が浮気や借金を繰り返し、ただ同居しているだけという状態。
頑張れるだけ頑張ったものの、もう無理だと思って離婚したに時はマイナスからの再スタートだったようです。

そこから手に職を付けるためダブルワークで働き、毎週県外の学校まで技術を習得するため車で通学。休みは殆どなかったと。

数年かけての離婚の精算が終わり、一人で生きるつもりだったようですが、
そんな彼女を周りは放ってはおきませんでした。
次々と紹介を持ちかけ、彼女自身ももう一度今度こそ幸せをと考え始めた時にある偶然で一人の男性と出会い、結婚。
元の旦那様とは比べものにならないほど、真面目で心がしっかりとした男性との縁がありました。

AもBも、大きな傷を負った後に、自らの力で立ち上がり、そして幸せを手にしています。

因果応報というのは、悪いことをした人が悪い報いを受けるだけではなく、
降りかかった苦しみを乗り越えて頑張った人には、素晴らしい幸せももたらしてくれるのではないでしょうか。

あなたが受けた傷や痛みを、相手にも味わわせたいと思うことはあるでしょう。
しかし、もしそれがあなたの言うように過去のあなたの行いに対しての報いであるとするならば、報いを自分で最後まで受け切ることなく傷付けた人に転嫁したのではあなたの報いにはならないですよね。

実際にあなたが何かしたかなどは分かりませんし、それが過去の行いに対する報いかどうかも不明です。
何もしていないのに、たまたま不運な目に遭っただけなのかもしれません。

あなたにはあなたの人生があります。
復讐のために大切な時間を使ってしまうより、少しでも早く、幸せを受け止める準備が整うよう、傷を癒やして前を向いて欲しいと思います。

復讐からは何も生まれないなんていう気はありません。
ですが、耐え抜いた後のあなたはきっと前のあなたよりもずっと強く優しくなっているだろうと友人達を見るとそう考えられるのです。
友人達は結婚という形でしたが、あなたにどのような幸せが訪れるのかは分かりません。
ですが復讐にとらわれている時にはそんな幸せが訪れることはなさそうです。

今はまだそんな風に考えられないかもしれませんが、
あなたは復讐なんてしなくても大丈夫です。乗り越えられます。
その痛みはいつか同じ傷を受ける誰かを助ける力になると思います。
今の苦しみのその先に、小さな希望が見つけられるよう、応援していますね。

投稿日時 - 2019-05-14 09:56:25

ANo.7

因果応報が現実にある場合と、無い場合があると思われます。
また、酷いことをした本人ではなく、その子供が因果応報の
罰を受ける事もあります。

一例として、男親が独身時代に数人と殺人を行いました。
その後、結婚して女の子が生まれましたが、すぐに亡くなりました。
男親は自分の罪の罰が、娘に及んだと悩み自首しました。

質問者さんが傷ついたのは因果応報ではありません。
本人に何の落ち度もないのに、傷つけられる事は誰にでもある事です。
程度の差はあれ、私も何度も心身を傷つけられています。

復讐についてですが、どうしても必要だと思うのであれば、
合法・非暴力で行ってください。
非合法・非暴力は自分も罰を受ける覚悟が必要であり、
非合法・暴力だけは考えないで下さい。

投稿日時 - 2019-05-14 09:41:08

ANo.6

たとえ復讐に成功したとしても、酷い傷を受けた過去の出来事の存在自体までが失くなってしまう訳では決して有りません。

だからこそ、他の方の回答にも指摘されている通り、死刑囚が死んでも遺族の思いは晴れないんです。

自分が過去に傷付いた出来事から現在の自分を定義付けしようする限りは、今の自分もまた、いつまでも傷付き続けるしかない存在になってしまいます。

過去の被害を取り戻すために目を向けるべきは、過去ではなくて常に現在です。

自分の過去や未来を、そして他人の人生を変えることは、絶対に絶対に出来ませんから。

あなたの傷付いた過去も、あなたを傷付けた相手の未来も、今のあなたの手には絶対に届かないものです。

誰かに対して、憎いとき、辛いときに、その救済としての因果応報がこの世にあるのか無いのか思索を巡らせることで、傷付いた気持ちの遣り場を求めることは誰でもあると思いますが。

やはりどんな時でも、どんな理由があっても、復讐することは人として適切な行為ではありません。

どんな時でも、常に目の前の幸せを大切にして生きていこうとするのが、人として適切な生き方であると思います。

投稿日時 - 2019-05-14 09:37:42

ANo.5

「因果応報」って、「ひとに悪いことをしちゃいけないよ。いつか自分に戻ってくるからね」という、社会での対人に対する一つの倫理を教えているのだと思います。

教育上の言葉ですから、実際の世の中がその通りになるかどうかは別の問題です。

投稿日時 - 2019-05-14 09:12:09

ANo.4

因果応報・・・あればいいね。
自分の出来事も現世ではなく前世の・・・と思えば嫌な事や辛い事、
苦しい事も納得できない事も 因果応報で片付けられるよね。
それで自分の精神が保てるならそれもありだと思う。

因果応報って あったとしても 必ずしも 現世は現世の内に 
ではないからね。
自分が何か嫌な事されて 自分が生きてる内に相手に・・・
となればいいけど そうとは限らないから。

復讐かぁ。。。
その復讐をやって 
・自分の築きあげてきた物を失う可能性は?
・法律的に処罰されないのかな?

復讐したとこで 一瞬(その時)は気分が晴れるかもしれないけど
罪悪感に襲われない?

そういう人は必ず誰かが見てるから いずれ墓穴掘ると思う。
表面上 うまく付き合ってるように思えても
そういう人は信用ないと思うよ。

また やられたらやり返す は 相手の土俵に降りることになる。
相手と同じ器になっちゃうよ。

>この先これ以上傷つくことはないだろうという出来事がありました。
これを糧にまた一つ大きな人間になれると思えばどうかな。
(中々今はそう考えられないとは思うけど、何事もポジティブに
考えるようにした方が 今後に活かせるよ)

投稿日時 - 2019-05-14 08:13:18

ANo.3

「復讐する事はいけない事なんでしょうか?」私はこれは可笑しい事だと思います。先程の回答者も「復讐?」という事を言われていましたが、結局はアメリカと同じく「目には目を歯には歯を」という考え方になってしまいます。まず「因果」について考えて見ますが、「因」とは原因、「果」とは結果、過去の「因が現在の「果」となって顕われ、現在の「因」がまた未来の「果」を招くというように、過去・現在・未来にわたり一切の事物に必ず原因と結果が存ずる事を言います。そして、現在の身の上に顕われている結果は、過去の自分の一切の行いの集積が業因(ごういん)となって顕われて来たものである。そして更に現在、現在作っている原因は、必ず将来にその結果が顕われて来るのであります。ですから「相手が悪い」、確かにそうですが、現在の結果は貴方にもその「因」があったと反省すべきです。(仏教信徒)

投稿日時 - 2019-05-14 08:02:01

ANo.2

時間が長く掛かる場合も多々ありますが
結局の所、因果応報ではないかと思います。
だって、所詮、人と人の世ですから、人に酷いことをし続ける人間が良い人生を全う出来るとは思えません。

復讐については、どうしても気が済まないのならやるしかないですが
凶悪犯が死刑になっても遺族はあまり気が済まないそうですから
あまり効果は期待出来なさそうです。

投稿日時 - 2019-05-14 05:18:05

ANo.1

仏教語ですので信じるかはあなた次第ですし、信じておいた方が気が楽かと思います。
一般的にも人間関係など悪く振舞っている人はそのうち何かしら失敗をする確率はは高いでしょう。それがあなたの思う因果応報かは分かりませんが。
また、復讐というと言葉が悪いですが、気持ちが落ち着いたら何かしらの手段で戦うという選択肢を取る方が良いと思います。

投稿日時 - 2019-05-14 01:54:20

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