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多様性ってどういう意味ですか?

多様性ってどういう意味ですか?

昔の多様性という表現はグローバル化、国際化という意味で使われていたと思いますが、今の多様性という表現は個を尊重するという意味で使われているように感じます。

投稿日時 - 2019-03-01 23:14:49

QNo.9592702

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

2つの国に、イモ畑がありました。A国の畑には多収量のいくつかの品種が、その品種ごとに整然と植えられていましたが、B国の畑には雑多な多数の品種がバラバラに混ぜて植えられていました。

気候が穏やかで作物の病気も発生しないうちは、A国の畑の方がB国の畑よりずっと効率よく多くのイモが取れました。ところがイモの疫病が発生すると、A国のイモは少数の品種しかなかったのでみな病気にかかり、壊滅的な被害を受けて飢饉が起きました。「遺伝的多様性」がなかったために病気への耐性を持ったイモがなかったからです。多数の餓死者を出し国外に逃れた移民も多数いました。

一方B国では、多数の品種の中には乾燥に強いものや湿地でも取れるもの、病気に強いものや虫害に強いものなどさまざまな特長のある品種があるため、天候不順の年や病気が発生した年でもどれかの品種は無事で、全滅するようなことはなく、飢饉が起きることもありませんでした。これが「多様性」に富むということの利点です。

もちろんこれはたとえ話ですが、19世紀半ばのアイルランドで起きた「ジャガイモ飢饉」(アメリカのケネディ元大統領の先祖がアメリカに渡ったきっかけにもなっています)の本質はまさにA国ですし、ニューギニアやアンデス地方などの伝統的なイモの栽培の方法はB国式です。多様性が失われたために危機を招いたことは現実の歴史の上で何回も起きていますし、それを防ぐための「古人の知恵」も昔からあったということです。

日本の会社や役所などでも、幹部候補として同じような学校を出た同じような経歴の学生だけの採用を続けていたため多様性が失われ、「今までの常識が通用しない危機的状況」の際の対応を誤った事例が数多くあります。企業や官公庁にも「不揃いのイモたち」が必要なのです。

投稿日時 - 2019-03-02 06:02:46

お礼

みんなありがとう

投稿日時 - 2019-03-02 10:12:14

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回答(5)

ANo.5

 とかく定義のはっきりしない曖昧な言葉を掲げて、新説を展開するのが現在の流行りのようです。

 多様性は文字通り、多種多様な人物・生物が存在することで、それ以上でもそれ以下でもありません。異種が混在する場合もあれば、特定の種が限られた環境だけに孤立することもあります。本来はそれに対して善悪はありません。しかし、「多様なものが混在しなければならない」という強迫観念のようなものが世界を覆っているように思います。多様性の中には「孤立」もあっていいと思うのですが、それを認めないのが時代の流れでしょう。

 「グローバル化」も「無国籍化」からさらに進んで、性別のない「無性」や自己のない「無個性」など、全て人類が無色透明で無味無臭の均等な存在でなければならないという考えに繋がっています。それを「平等」と定義しているのです。

 感心しません。

投稿日時 - 2019-03-02 09:24:53

ANo.4

多様性は最初幅広く他国や人種、性別、宗教
考え方を理解して受け入れることと思っていましたが、多民族の国に住んだ経験でちょっと認識が変わりました。全てのことを理解するのは不可能だし同時に相容れない考え方もあります。自分とは違う理解できないことも尊重して認める事と思います。ある意味個を尊重する事も含まれると思いますが、自分と違う人を理解できなくても排除せず尊重して認めることかと。
私はLGBTではありませんからLGBTの人たちの気持ちはわかりません。それを一生懸命理解して受け入れようとするのが大事なんじゃなくて、理解できないからといって排除せず認める事が多様性を受け入れると言うことと思います。

投稿日時 - 2019-03-02 07:16:55

ANo.2

グローバル≒国際化
…日本では、それ自体が殆んど同じ意味で使われています。

様々な状況に世界基準で対応するために、
何か一つにこだわることなく、あらゆる対象にあらゆる角度から適応できる能力、
…「あらゆる対象」「あらゆる能力」、そのどちらに対しても「多様性」という表現が用いられます。

時代によって使われる場面は変化しても、
本来の意味が変化するものではありません。

一つの個で対応できる場面は限られても、
多くの個が参加することで適応できる場面は大きく拡がる。

グローバル化、国際化が進んだことによって、
様々な状況に対応できるだけの「多くの個」が求められる時代になった。

そのような意味が基本的に込められていると考えれば良いでしょう。

投稿日時 - 2019-03-02 01:28:32

ANo.1

 日本は本来、多様性を重んじていた国です。様々な才能を持つ人材を集めて会社を興したり、組織を作るのが常識でした。

 ところが、文部科学省の画一化教育とマスコミの愚民政策が原因で、人材が枯渇し、才能を発揮出来ない病人ばかりが多くなり、国の衰退に繋がっています。多様性を破壊したのは政府やマスコミ自身なのです。

 多様性を失えば、国は滅びます。人種の違いとか、男女の違いとか、そういう問題ではありません。同じ民族でも十人十色で才能が違う人が大勢いるのです。そういう人達の才能を生かす社会に発展の道があるのです。

 多様性は国際化でも、個の尊重でもありません。個人が持つ特性や才能を最大限に生かせる社会環境を作り出す事で、人材を育て、才能を生かすのが多様性が必要とされる理由なのです。

 今のように、統合失調症のような病気にかかった人材ばかり集めても、同じ方法論に固執して、同じ失敗を繰り返す結果しか生みません。人真似しか出来ない人間ばかりでは、才能を生かせるはずもありません。

 多様性を考えるのであれば、まずはマスコミを疑う事です。マスコミからの情報しか知らない人間には多様性はありません。

投稿日時 - 2019-03-02 00:17:23

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