こんにちはゲストさん。会員登録(無料)して質問・回答してみよう!

締切り済みの質問

日本を味方と思っていたのか?

第2世界大戦について疑問があります。

参考
枢軸国(すうじくこく)とは - コトバンク

kotobank.jp/word/枢軸国-83272

抜粋
1936年10月にドイツの A.ヒトラーとイタリアのB.ムッソリーニが両国の共同行動について協定を結び,11月ムッソリーニが演説のなかで,ドイツとイタリアの提携関係をローマ・ベルリン枢軸と呼んで以後,ローマ・ベルリン枢軸という言葉が一般的に用いられるようになった。さらに 36年 11月の日独防共協定および 37年 11月の日独伊防共協定の成立によって,日独伊3国の関係についてローマ・ベルリン・東京枢軸という言葉が生れ,それ以後,第2次世界大戦中に日独伊3国側に加わった交戦国を枢軸国と呼ぶようになった。

ムッソリーニの演説では「このドイツとイタリヤを結ぶ絆、ローマ=ベルリン線は他国を隔てる隔壁ではない。協調と平和の意志を持つすべてのヨーロッパ諸国が、その周りを回ることができる枢軸である。」

と表明したとされています。

元々はイタリアとドイツの同盟関係を表す言葉で、そこから日本も含む他の国々がその同盟に加わりましたが、ムッソリーニの演説で「協調と平和の意志を持つすべてのヨーロッパ諸国」とある様に、ムッソリーニからしたら日本の様なアジアの国は本来なら枢軸対象外の国だったって事になるのでしょうか?

そもそもドイツやイタリアは本当に日本を味方と思っていたのでしょうか?

投稿日時 - 2018-07-15 17:46:39

QNo.9518486

困ってます

このQ&Aは役に立ちましたか?

0人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

-広告-
-広告-

回答(7)

イタリアは,ヨーロッパ方面の大戦でも,早くに,降伏していますし,日本(当時の大日本帝国)は,軍事や,方向的にも,ナチス=ドイツとの同盟関係を,重視していたのだと思います..第二次世界大戦前に,日本を訪れた,ヒトラー=ユーゲントの方達は,当時の日本人から,歓迎され,ヒトラー氏の歌も,西條八十氏作詞かで作られ,人気があったようです..しかし,日本を訪れた,ヒトラー=ユーゲントの人の中には,近代化が進み,皆,日本の為,日本の為と叫んでいる中で,ナチスでは,禁忌とされている,トーマス=マンなどの,ユダヤ人作家による書籍などが,普通に,読まれたりしている状況などに,疑問を持っていたとか..ヒトラー氏自身は,いわゆる白人至上主義者や,ドイツ民族優越主義者でしたので,東アジアの島国である日本や,日本人に対しては,基本的に,懐疑的で,あまり,共通点などは,見出だしていなかったようですが,日本とナチス=ドイツが,同盟関係を持つようになってからか,日本は,名誉アーリア人か何かで,ドイツ民族や白人に,勝るとも劣らぬ?人種や,民族の地位に,ヒトラー氏の中では,なっていたとか..特に,ナチス=ドイツやヒトラー氏に心酔していたと言われる,在ドイツ武官の軍人,大島氏なんかは有名ですよね‥‥‥終戦後,A級戦犯指定から脱出か?ヒトラー氏は,ソ連との戦いでも,同盟関係にある日本が参戦しなかったのは,残念だと感じていたようですが,さほど日本を責めていませんし,イタリアとの同盟関係は,日本にとっては,ナチス=ドイツとの同盟関係の,おまけみたいなものだったのかもしれませんし,結局,日本は,具体的に,ナチス=ドイツを,軍事的に支援していないようですし,結局,アメリカやイギリスなどの,民主主義国家などから,軍国主義や全体主義,ファシズムの,過激な日本(当時の大日本帝国)や,ヒトラー氏のナチス=ドイツが,嫌われていたということのようです..

投稿日時 - 2018-07-16 21:19:20

お礼

回答ありがとうございました!!

投稿日時 - 2018-07-17 17:06:18

ANo.6

そもそもドイツやイタリアは本当に日本を味方と思っていたのでしょうか?

 外交での「味方」とは、戦争をしないでおいた方がいい相手、というだけで、それ以上でも以下でもなく、「本当に」〇〇と思う場所ではありません。

 つまり、ドイツやイタリアと文化的に近い国でも、「敵」に回していますから、ただ「その時点では」味方にしておく方が都合が良かったというだけです。

投稿日時 - 2018-07-16 05:25:58

お礼

回答ありがとうございました!!

投稿日時 - 2018-07-17 17:06:32

ANo.5

日独伊三国同盟の元となったのは、日独伊防共協定です。防共協定を格上げして軍事同盟としたのです。

元々、日独伊各国の共通していた敵が共産国であるソ連でした。特にドイツと日本にとってはソ連(ロシア)は直接の脅威だったんですね。「敵の敵は味方」とうのと「相手が大国でも挟み撃ちにすれば有利」という点から日本とナチスドイツは利害が一致したのです。

イタリアのムソリーニはヒトラーより自分のほうが独裁者として国家元首になるのが早かったので、ヒトラーのことを「劣化版の俺」と格下に見ていました。
チャップリンの映画「独裁者」でチャップリン演じるヒトラー(を基にした独裁者)とムソリーニ(を基にした独裁者)が会ったときに自分の椅子を相手より上に上げて自分が格上であることを誇示しようとする場面がありますが、あれは割と史実に基づいていて、ヒトラーとムソリーニが初めて会談したときはお互いに「相手を出迎えさせよう」としました。ムソリーニがヒトラーを格上に見るようになるのは、幽閉されたのをドイツの特殊部隊に助けられてからでした。

ムソリーニもヒトラーも本質は白人至上主義のレイシストですから、彼らの目からすればアジア人は「まあ半分人類みたいなもの」です。ただ二人とも政治家ですから、自分の味方になるなら尊重したフリをするくらいのことはできるのです。
たぶんムソリーニの本音は「日本が同盟?ほーん。まあソ連を挟み撃ちできるから、ヒトラーがいいっていうんだったらいいんじゃないの?」くらいだと思いますよ。

ちなみにアメリカもまあ似たようなもので(当時は黒人差別が堂々と行われていた時代です)、アメリカ軍は日本人を侮蔑する言葉としてJAPANESEにAPEを引っかけた「JAPE」という言葉を使いましたが、これは語感が悪かったのか流行りませんでした。
当時のアメリカ人の多くは、日本兵がジャングル戦に強いのはやっぱ半分猿だからねえと思っていたのです。戦争中に日本軍の収容所に入れられた経験を基に、戦後に「猿の惑星」ってSF小説を書いたイギリス人もいましたねえ。

投稿日時 - 2018-07-15 19:23:46

お礼

回答ありがとうございました!!

投稿日時 - 2018-07-15 19:46:58

ドイツにとって、利用価値の有る国。ソ連を背後から叩いてほしかった。真珠湾攻撃は予想外で、成り行き上、引き返すことが出来ずにアメリカとの開戦を追認。内心はさぞかし日本を恨んだことでしょう。

投稿日時 - 2018-07-15 19:15:36

お礼

回答ありがとうございました!!

投稿日時 - 2018-07-15 19:44:47

ANo.3

戦略上は味方、勝つために共に戦う同盟国とは見ていました。
ただし思想的にはナチスドイツの思想というのは優良たるドイツゲルマン民族が世界(ヨーロッパ)を支配するというものですので、日本人など辺境の野蛮人としか思ってないでしょう。

投稿日時 - 2018-07-15 18:59:24

お礼

回答ありがとうございました!!

投稿日時 - 2018-07-15 19:44:27

少なくともドイツは日本を味方と見ていたでしょうね。

そうでなければ、危険で長大な航路を貴重な潜水艦で往復し、技術交流などしないでしょう。

ドイツからは、工作機械や、ダイムラー水冷エンジン。
アメリカを始め、他国で生産困難だったマウザー砲500丁。
ジェットエンジンなど、
日本からはロングランスと呼ばれ、連合軍を震え上がらせた酸素魚雷や、ドイツの泣き所であった大型戦闘艦の設計技術など。

建造途中で終戦となったドイツ初の空母グラーフツェッペリンは、日本から送られた空母赤城の設計図を元に作られました。

また、ドイツは、日本の対米宣戦布告を受け、分が悪く利の少ない対米宣戦布告を行なっております。
日本を同盟国と見ていなければ、行わない事かと。


因みにイタリアは、ドイツの言うがままだったので、こちらも日本を味方として見ていたということでいいんじゃないでしょうか?

投稿日時 - 2018-07-15 18:40:15

お礼

回答ありがとうございました!!

投稿日時 - 2018-07-15 18:43:49

ANo.1

これは枢軸国に限ったことではありませんが、お互いに利用価値があると認めていただけで、それ以上の感情は無かったはずです。アメリカを太平洋に引き付けてくれていればヨーロッパでは両国はその間はアメリカ軍の介入を無視できるからです。同盟、連合と言ったものはいつの時代もどこの地域も自国の利益のための駆け引きにすぎません。連合国側でもソ連とアメリカが仲が良かったわけではないのは周知のことです。

投稿日時 - 2018-07-15 18:33:49

お礼

回答ありがとうございました!!

投稿日時 - 2018-07-15 18:43:24

-広告-
-広告-

あなたにオススメの質問

-広告-
-広告-