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中国で少数民族の割合が少ない理由

wikiによれば、中国は92%が漢民族で、残りが55の少数民族とされています。中国で少数民族の割合が少ないのは何故ですか?

中国の少数民族
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%AE%E5%B0%91%E6%95%B0%E6%B0%91%E6%97%8F

投稿日時 - 2015-10-28 00:08:42

QNo.9070972

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

これ、サルの社会と同じですよ。
大陸のちょっと歩けば隣国。という場所は民族同士が戦って負けたら滅ぼされるんです。
つまり、殺されるってこと。
そうやって漢民族は生き残って拡大きたし、ほかの民族は滅ぼされてその末裔だけが「少数民族」と呼ばれて少数で細々と暮してるんです。
これが国民性に現れるわけですね。自分中心に主張しなければ負けってこと。
さすがに現代では戦争に勝ったからって滅ぼしはしないですけどね。
現にヨーロッパだってアメリカだってオーストラリアだってそうでしょう。

投稿日時 - 2015-10-28 11:54:58

お礼

漢族とほかの民族の末裔が生き残ったと言うご意見ですね。

投稿日時 - 2015-10-28 22:57:22

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回答(3)

ANo.2

 昔、NHKが特集をしていました。そのときの受け売り(私の理解)ですが、

 秦が統一したとき、反乱を抑えるために、他国(戦国七雄)の国民も含めた国民に対して、「おまえも俺も、栄えある『夏』の子孫、同じ夏の民である」という思想を広めて行ったそうです。夏というのは、殷(商)に先立つ伝説的な中国の王朝です。

 夏の伝説にたいしてみんなが誇りに思っていたので、みんな悪い気はしなかったようで、以後の王朝もそれを利用し、意識を統一し、やがて「夏」が「華」になったという話(ここまでNHK)。

 また、春秋時代、つまりまだ「周」が王朝として崇敬されていた時代、他の国々の王様は王様とは自称せず、「公」と言っていました。王と名乗れるのは周の王様だけ。

 そのころ「楚」という国がありました。後の「項羽」の出身国です。

 楚の王様が、「王」を自称しました。当然、他国の「公」はこれを非難しました。「王と名乗れるのは、周の王様だけだ!」

 そのとき、楚の王様はこう言い返しました。「我は蛮夷なり!」。俺様は蛮族だから、中国の秩序は関係ないね、と。

 つまり、異民族だったんですね。

 しかし蛮夷だった楚も、やがて中国の爵位(子爵)を得て中国入りし、項羽の時代には漢族(華の民)となっています。

 いろんな国からやってきた人々がいつのまにか「大和民族」になったように、中国もいろんな民族が漢族になった結果、最後まで残ったのが「今の少数民族」だというだけで、いろんな血筋がまざっているのが漢族だと言えるでしょう。

 つまり、中国に少数民族が少ないのは、長い歴史の間にごちゃ混ぜして、「みんな華の民」にしてしまったから。

投稿日時 - 2015-10-28 10:37:26

お礼

いろんな民族が漢族になったから、多いというご意見ですね。

投稿日時 - 2015-10-28 22:54:35

ANo.1

 wikiによれば、中国は92%が漢民族で、残りが55の少数民族とされています。中国で少数民族の割合が少ないのは何故ですか?

 漢民族中心の、帝国主義、経済圏、政治力などが長く続いたからでしょう。下記のように他の国にも居ます。

 5世紀あまりの間に、ヨーロッパからの侵略で米大陸の先住民が少数民族になったのは周知の通りです。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/少数民族

投稿日時 - 2015-10-28 01:45:58

お礼

漢民族中心の国家が長く続いたからなんですね。

投稿日時 - 2015-10-28 02:49:48

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