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この詩の現代語訳おねがいします(柳原白蓮)

息子を戦で失った母の詩です。全文は(http://shosuzki.blog.jp/archives/9805276.html)です。
意味の分からない部分に””を付けました。現代語にするとどういう意味になるのか教えてほしいです。

(前略)
”英霊の生きてかへるがありといふ” 子の骨壺よ 振れば音する
かへり来ば 吾子に食はする白き米 ”手握る指ゆこぼしては見つ”
(中略)
かたみなれば 男仕立をそのままに母は着る”ぞも” 今は”泣かねど”
しみじみと泣く日来たらば 泣くことを楽しみとして”生きむか”吾は
”戦ひはかくなりはてて なほ吾子は死なねばなりし命なりしか”
”身にかへて いとしきものを 泣きもせで 何しに吾子を立たせやりつる”

投稿日時 - 2015-02-25 10:57:41

QNo.8924430

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

英霊の生きてかへるがありといふ” 子の骨壺よ 振れば音する

英霊は生きて帰って来ると言う人がいるので、試しに骨壺を振ってみたら音がしたので、ああ、息子は、この中で生きているのだなと思った。

かへり来ば 吾子に食はする白き米 ”手握る指ゆこぼしては見つ”

帰って来たら食べて貰おうと思っている白米がある。その白米で握り飯を握る手を、煎茶などを入れる所作をしながら見ている。茶碗の湯を「湯こぼし」に一旦捨てるのが、美味しいお茶の入れ方。

かたみなれば 男仕立をそのままに母は着る”ぞも” 今は”泣かねど”

息子の形見だからと男用の仕立であるが、それを女仕立てにせずにそのまま着る母。「ぞ+も」は強意の感動。当初は、息子の肩身を着る度に泣きはらしていたものだが、いまは、泣くこともないけれど……。

しみじみと泣く日来たらば 泣くことを楽しみとして”生きむか”吾は

生きむかは、生きるならば、あるいは、生きるため。将来、泣くことで、息子を身近に感じたいということ。

”戦ひはかくなりはてて なほ吾子は死なねばなりし命なりしか”

絶対に勝つものと信じられていた戦争は負けてしまったのに、それなのに、息子は死んでしまって情けない。無意味な戦争なのに、そんなことで命を落としてしまった息子は哀れ。

”身にかへて いとしきものを 泣きもせで 何しに吾子を立たせやりつる”

母(自分)の命に代えても守りたいほど可愛かった息子なのに、涙もこぼさずに、戦場に送り出してしまった母。何の為に、自分の感情を押し殺して息子を戦場に送ってしまったのやら。それが悔やまれる。

投稿日時 - 2015-02-25 15:10:57

お礼

とても分かりやすいです!ありがとうございます

投稿日時 - 2015-02-25 18:13:43

ANo.1

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