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締切り済みの質問

ドイツ音楽、オーストリア音楽の違いとは?

日本では、
ドイツ・オーストリア音楽と一括りで語ることが多いように思いますが、
 ベートーヴェン VS ハイドン、モーツアルト、シューベルト
あるいは
 ブラームス VS ブルックナー
と対比しますと、
ドイツ音楽とオーストリア音楽は、かなり違っているように思えます。

ドイツ音楽は構成的なのに対し、オーストリア音楽はメロディアスである。
ベートーヴェンやブラームスとは違い、上記4人のオーストリア系の作曲家はメローディーや主題なんかはすぐにいくつも浮かんだに違いない♪
誰だか忘れましたが、「ブラームスにはメロディーや主題と言えるべきものはない」なんてことを言っていた人もいたように覚えております。

また、
ドイツ音楽の音色、響きはよく言えば重厚、悪く言えば、厚化粧の女のように厚ぼったく聞こえる。対してオーストリアの音楽は澄んでいると申しましょうか、透明度が高いような印象を受けます。
誰が言ったのかは忘れてしまいましたが、
ブラームスは、音や音色、響きに対して鈍感と言いますか、音色・響き音痴であり、この部分に関して彼は頭で作曲せざるをえなかった、
といったような内容をどこかで読んだ記憶があります。
また、
オーストリア系の作曲家は音そのものに対して本能的な歓びを感じる、
といった話を読んだり聞いた記憶もあります。
どちらの話もクラシックの作曲家によるものだったと思いますが…。


もっとも、バッハやヘンデルのようなバロック期、R.シュトラウスのような作曲家もドイツにはいますので、ドイツ音楽と単純に一括りできないのでしょうが、シューマンの交響曲やワーグナーの楽劇などをダサいと言いますか、垢抜けしていないように聞こえますし、そう感じられます。

そこで、お尋ねします。

 1 ドイツ音楽とオーストリア音楽の違いとは? 何が異なるのか?
 2 何故にドイツ音楽とオーストリア音楽はかくも違うのか? その理由は?


「いやいや、オーストリア音楽という分類がおかしいのだ。これは、オーストリア、チェコ、ハンガリー、ルーマニア、イタリアの一部というハプスブルク帝国の枠組みで考えるべきなのだ」
「いやいや、ベートーヴェン、ワーグナー、ブラームスの毛色が変わっているだけなのだ」
「プロテスタント VS カトリックだ」
などなど、自由な視点、観点からの回答も大歓迎です。

学生の頃から長年抱きつづけている疑問です。
ヨロシクお願いいたします(ペコリ)。

投稿日時 - 2015-01-17 11:55:42

QNo.8894274

暇なときに回答ください

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回答(14)

ANo.14

こんにちは。

>plapotaさんが「gooに移る」とおっしゃってますから、
>gooを使いつづけようと思います。

私もgooを退会するつもりはありません。実は、入会時には、OKWaveのことや提携サイトのことも知りませんでした。ただNTTという大企業への信頼から選んだだけです。画面の表示もここが一番見やすいですし、OKWaveの問題点は、すでにplapotaさんが指摘なさっている通りです。
ただ、哲学カテが好きな人は、とりあえずgooにすぐ移るということはないでしょう。しかし、同意しないボタンに反発する人が多かったので、リニューアル後の状況によっては、こちらの方がいいと大移動が起こらないとも限らず、今の時点でgooを退会するのは得策ではないですね。plapotaさんの「枕詞」のスレッドに書きましたが、googleのGmailなどで、無料のメールアドレスを取得すれば、今すぐにでもOKWaveに登録はできます。27日以降、完全に分離されるのであれば、同一のメールアドレスで両サイトに登録できるようになるのかもしれません。ただ、過去のスレッドは両サイトに残るのでしょうから、同一IDはたぶん取得できないのではないかと推測しています。少なくとも現在は不可能で、私は「Tastenkasten_」と、線を一本だけ加えてあります。あとで変えるかもしれません。
ぶらげろさんが突然音楽の質問をお出しになったのですが、タイミングが最悪です。金曜日までは時間が取れませんし、そのあとは、まずこのページで、オーストリア文化について是非お話ししておかなければなりません。もし、ぶらげろさんのページにいかれるとしても、10日後ぐらいになりそうですし、OKWaveのIDで回答しなければならないでしょう。すでにだいぶ回答がついているようですが、よろしくお伝えください。

投稿日時 - 2015-01-25 11:19:53

お礼

リニューアル後、どうなるのかわかりませんので、
googleでアカウントを作り、メルアドを取得しました。

プロバイダのwebメールを利用しようかとも思ったのですが、タダじゃなかった(ポリポリ)。
毎月、お金を払って、質問者ではなく回答者を続けなければならないのだろうか!!
質問者ではなく回答者がお金を払うなんて優良サービスがどこの世界にあるのだ!!!!

googleには多少の不信感を抱いておりますので、本当はgoogleにアカウントを作りたくなかったんですけれどね。

gooも前は無料のwebメールサービスをやっていたんですよね。
これも有料になってしまうし…。
私の契約しているプロバイダーも無料でやっていたのに、知らないうちに有料になっているし…。
ネットの中も世知辛い世の中になったもんだ。


☆しかし、同意しないボタンに反発する人が多かった
◇同意ボタンが導入されてから、私の回答に対する「役に立った」の数が減ったんですよ。
導入以前は、2、3付いていたのに、最近は0続きです。
ということは、
私の書いた回答を読んでいる人の数は、「教えて!goo」よりパートナーサイトの方が多いということ?
私の回答に共感する人は、パートナーサイトの方が多い??

思えば、昨年の後半にOKwaveの表示法などの度重なる変更は、今回のリニューアルを踏まえてのものだったのかもしれませんね。
いやいや、
gooから回答を寄せた時「教えて!goo」に回答が反映されない、
他のパートナーサイトから「教えて!goo」の登録者(わたしです)の質問に回答を送信したとき、
パートナーサイトとgooにも回答が反映されない、なんて時期も、昨年ありましたね。
 ───このため、私の質問に対して同一の回答が多数送られてきた。反映されていないので、何度も回答者さんが回答を送りつづけた───
この頃から、すでに何らかの動きが水面下であったのかもしれませんね。

OKwaveの利用者から「OKwave、使い辛く、見づらくなったよね」なんて声も結構あがってましたよね。



ところで、
1/27以降、すでにパートナーサイトさんが投稿されている回答をベストアンサーに選んだら、この時のありがとうポイントはパートナーサイトに反映されるのだろうか。お礼は反映されるのだろうか。
疑問はますます深まるばかりで、1/27のリニューアルを楽しみにしています。

1/27以降に、質問の補足蘭などで回答に対する疑問や質問があったとしても、たとえ、これが表示されたとしても、おそらく、これに答えることができなくなるんですよね。
何か嫌だな~、これ。



回答、ありがとうございました。

投稿日時 - 2015-01-25 19:54:17

ANo.13

オーストリアは、厳密な区別をしない、といふ点について、もう少し。

私はクラシック音楽の純宗教曲はほとんど聴きません。曲はただ暗いだけで、歌詞もくだらないものが多いからです。聖書のどんな読み方をすれば、あんな歌詞をつくりたくなるのか見当もつきません。例外中の例外が、モーツァルト「戴冠ミサ」第6曲「Agnus Dei」(ふつうにラテン語読みすると、アーグヌス・デイー)です。同じメロディーが、「フィガロの結婚」第3幕で伯爵夫人のアリアとして登場します。

おごそかな宗教的情景と、恋への憧れとが、区別されてゐません。これがモーツァルトのやり方です。と同時に、聖書そのものの表現でもあります。以前NemurinekoNyaさんが、雅歌について投稿なさつてゐたとほりです。

https://www.youtube.com/watch?v=VtsBbx1Zfn4

回答番号12のgooの問題は、困りました。もしgooとOKWaveとが分離されたら、gooのほうへ移動するつもりです。やはり「区別」は望ましくありません。

投稿日時 - 2015-01-24 19:59:30

お礼

こんばんは。


☆回答番号12のgooの問題は、困りました。もしgooとOKWaveとが分離されたら、gooのほうへ移動するつもりです。やはり「区別」は望ましくありません。
◇ブラゲロがね、「教えて!goo」の運営側と喧嘩して、退会せざるをえなくなったという前科持ちらしい。
それで、biglobeに移ったらしい。

ブラゲロもgooに移ってこないかな。

このあたりは相談してみないと♪


ところで、『フィガロ』はいいですよね♪
私もこのオペラは大好きですよ。
『ドン・ジョヴァンニ』も捨てがたいですが、
おそらく『フィガロ』が一番好きです。
『コジ・ファン・トゥッテ』は、私はフェミニストなので、ちょっと…(笑い)。


回答、ありがとうございました。

投稿日時 - 2015-01-24 23:29:40

ANo.12

途中ですが、気になることがあるので、御連絡します。教えて!gooでは、27日にリニューアルがあるそうなのですが、下のように書かれています。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
質問や回答の投稿につきましては、リニューアル以前は、教えて!gooサイト上だけでなく、株式会社オウケイウェイヴの運営するOKWaveパートナーサイト上にも同時に投稿されていましたが、リニューアル後は教えて!gooのみに投稿となります。
http://blog.goo.ne.jp/oshietegoo/e/f6a65a8fb8884c7c7b069b9c2ef9c04b
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
説明が不十分で、どういうことなのか意味が分からず、問い合わせているのですが、現在混んでいるという内容の自動返信が来ました。回答が来ないとわからないのですが、文面通り受け取ると、私やネコさんは、OKWaveの会員の質問には回答できなくなるのでしょうか。というか、OKWaveの質問自体が教えて!gooには表示されなくなるのでしょうか。もしそうなったら、どうされますか。OKWaveに移られるのなら、このスレッドを2月まであけておいていただくのは無理ですね。私は念のために、Gmailのアドレスを使って、OKWaveにも登録はしておきましたが、複アカは嫌なので、状況がわかるまでは使用しません。教えて!gooとOKWaveが切り離されるのだとすると、ちょっと面倒です。お気に入りユーザーも廃止されると書いてあります。しかし、昨年のOKWaveのリニューアルが反映されるという情報はありません。いったいどういうことなのでしょうか。場合によっては、改めて質問を出し直していただくようになるかもしれませんね。
以上。御連絡まで。

投稿日時 - 2015-01-24 16:52:11

補足

plapotaさんが「gooに移る」とおっしゃってますから、
gooを使いつづけようと思います。

問題は、ブラゲロですが…。

投稿日時 - 2015-01-24 23:49:54

お礼

こんばんは。



☆回答が来ないとわからないのですが、文面通り受け取ると、私やネコさんは、OKWaveの会員の質問には回答できなくなるのでしょうか。というか、OKWaveの質問自体が教えて!gooには表示されなくなるのでしょうか。
◇gooさんの説明を読むと、出来なくなりそうですね。



☆もしそうなったら、どうされますか。
◇ブラゲロはbiglobeで、plapotaさんはOKwaveでしたね。
弱ったな~、どうしましょう。

ブラゲロやplaptaさんや他の人たちのために、OKwaveに登録することになるんでしょうね。
「教えて!goo」の方が質問、回答が見やすいですし、愛着もありますから、
退会はしないと思います。


リニューアルがあることを知りませんでしたので、
教えていただきまして、ありがとうございました。

投稿日時 - 2015-01-24 23:14:43

ANo.11

お待たせしております。
オーストリアの友人も今ちょっと時間が取れないようで、もう少しお待ちください。私もあと一週間ほどは落ち着きません。しかし、ウィーナー・シュメーのことを調べたり、オーストリア文学に関する本を読んだりして、いろいろわかったことがあります。ドイツとオーストリアの違いが少しずつ浮き彫りになってきています。ウィーナー・シュメーの関連で、ウィーンで最も天才的な地下鉄運転士というのが出てきました。車内放送が爆笑もので、ドイツや日本ではこのような車内放送はできないでしょう。いずれ御紹介しますので。

投稿日時 - 2015-01-23 18:44:28

お礼

こんばんは。


☆車内放送が爆笑もので、ドイツや日本ではこのような車内放送はできないでしょう。いずれ御紹介しますので。
◇何でもお笑いにしている大阪は分かりませんが、
日本でこのようなことをしたら、「フザケている」という怒りの声がすぐに上がるのでしょうね。
是非、ドイツ語で。ジョークやユーモアは何かと難しいので、解説付きでお願いします。


答えをすぐに欲しているわけではないので、首を長くして待っております。
しかし、ここまで広がりをもつ質問になるとはまったく予想しておりませんでした。


回答、ありがとうございました。

投稿日時 - 2015-01-23 19:03:19

ANo.10

回答番号8のplapotaです。いつも丁寧な「お礼」をありがたうございます。こちらのほうが勉強になります。

>>ベートーヴェン、重いですかね。

ベートーベンは軽重、両方ありますね。ピアノ協奏曲第5番はだれの演奏でもすばらしく聞こえます。NemurinekoNyaさんのグルダ贔屓はいまだによくわかりません。私のベートーヴェンはフルトヴェングラーなので、交響曲はやはり重いと感じます。

>>モーツアルトの手紙って読んだことがありますか。

岩波文庫のものを持つてゐます。あらかじめ把握しておかなければ、読むにたへない内容です。くだらない冗談の裏に、優しさがあるのが見てとれます。

回答番号3に「モーツァルトの初期の交響曲は、あまり知っている人はいないでしょう。」との記載がありますが、オススメはどれですか。Charles Mackerrasの交響曲全集のCDはあつて、第1番はときどき聴いてゐます。単調なのですが、ワクワクさせてくれます。アベルの曲を紹介してくださつてゐますが、まさしくモーツァルトの雰囲気です。

Tastenkastenさんには、以前モリエールの質問の際に、リュリの曲を紹介していただきました。劇音楽関連の書物ではしばしば登場する名前なので、頭にはあつたのですが、実際の曲ははじめて聴きました。

Tann3さんは、ときどき私の音楽の質問に回答していただいてゐます。物理学カテゴリでもおもしろい回答をなさいます。

投稿日時 - 2015-01-19 23:44:03

お礼

☆NemurinekoNyaさんのグルダ贔屓はいまだによくわかりません。
◇私もなぜグルダが好きなのかわかりません(ポリポリ)。
たぶん、この曲のグルダのピアノの音があまりにも衝撃的だったので、参ってしまったんじゃないですか♪
あと、ブレンデルも好きなんですよね。
そして、どちらも、オーストリア系のピアニストであります。

ウィーン・ブランドだからこの二人が好きというわけではなく、たまたまなんですがね。
ほら、私、ベームもカラヤンも好きでし♪
好きな指揮者や演奏家には、何故か、オーストリア系の人が多いんですよ。


☆私のベートーヴェンはフルトヴェングラーなので、交響曲はやはり重いと感じます。
◇ベームのベートーヴェンの録音は、何故か、いい録音がないので、
私は60年代のカラヤン(70年代、80年代のカラヤンのベートーヴェンはダメです)、
そして、
一般の知名度は低いですが、フリッチャイのベートーヴェンを好んで聞いております。

ベートーヴェン 運命 第1楽章 フリッチャイ ベルリンフィル 1961
https://www.youtube.com/watch?v=SUUu5yCvUl4

フリッチャイもまたオーストリア・ハンガリー帝国のハンガリー出身ということで、オーストリア系の指揮者。
別に狙ったワケじゃないんですが、だいぶ前に、たまたまNHK-FMでこの演奏を聞いて好きになった。
何故か分かりませんが、こうなってしまうんです。

余談になりますけれども、一般の知名度は低いですけれど、
ハンス・シュミット=イッセルシュテットとウィーン・フィルのベートーヴェンの交響曲全集なんて意外にいいですよ。
たとえば、
https://www.youtube.com/watch?v=aqbGHpPYz5I

ドイツの指揮者なので、かなり重厚なベートーヴェンですけれど、好きな演奏の一つです。
一番聞いているんじゃないかな、イッセルシュテットのベートーヴェンの録音。


☆回答番号3に「モーツァルトの初期の交響曲は、あまり知っている人はいないでしょう。」との記載がありますが、オススメはどれですか。
◇私、モーツアルトの交響曲全集を持っておりません。
「お前、それでもベームファンか」と言われそうですが…。
ですから、これはTastenkastenさんに丸投げします。

最近、海外のクラシック専門チャンネル(ネットラジオです)をよく聞いていて、クラシックのCDも買わなくなってきております。
たとえば、
 OTTO's CLASSICAL MUSIK RADIO
http://www.1.fm/station/classical
とか。

そうでなければ、アニソン専門局を聞いております。
私の中では、アニソンとクラシックの間で軽重や優劣はありません♪


☆Tastenkastenさんには、以前モリエールの質問の際に、リュリの曲を紹介していただきました。劇音楽関連の書物ではしばしば登場する名前なので、頭にはあつたのですが、実際の曲ははじめて聴きました。
◇リュリですか…。FMなどで何曲か聞いた覚えはありますが、私も名前程度しか知りません(ポリポリ)。
確か、こんなエピソードを持っている人ですよね。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13101577568


リュリよりも、バロック以前のジョスカン・デ・プレやギョム・デファイの名や曲をよく覚えているというのは、どういうことであろうか。
大学の時に受講した西洋音楽史でリュリも習ったはずなのに、このエピソードしか覚えていない(ポリポリ)。

Josquin Desprez - "Ave Maria"
https://www.youtube.com/watch?v=LUAgAF4Khmg

Guillaume Dufay: Missa l'Homme Armé Agnus Dei
https://www.youtube.com/watch?v=GWyGfK4k2bs


回答、ありがとうございました。

投稿日時 - 2015-01-20 02:02:45

ANo.9

夕べ、オーストリアの友人にメールを出すつもりでしたが、エアコンの設定を間違えて、四台一度についてしまい、ブレーカーが落ちて、書きかけのメールが吹っ飛んでしまいました。今日の午後書きました。他の用事も一緒なので、すぐには返事が来ないかもしれません。
plapotaさんのおっしゃる「ただ、辛いときにこそ、ユーモアは必要なのではないでせうか」に関連しますが、この点については、オーストリア人はドイツ人の比ではありません。例えば、ウィーンの伝統として、Wiener Schmäh(ウィーナー・シュメー)というものがあります。訳しにくいのですが、直訳すると「ウィーン風誹謗」です。誹謗といっても、このサイトで時々あるようなあれではなくて、ユーモアの一つです。極限の状況でもユーモアでかわす、とか、そんなことです。ウィーンのコミュニティーサイトに、ミュンヘンに住むドイツ人が「ウィーナー・シュメーとはなんですか」という質問をしていました。ウィーンの人たちが答えています。ウィーンの新聞の記事も見つけました。やはり、ドイツにはない文化なのですね。今日は無理なので、そのうちこれらの内容を訳して御紹介します。
モーツァルトの軽やかさには、フランスのギャラント様式からの影響もありますね。オーストリア人は、フランス的なしゃれたものとか、イタリア的な明るさを取り込むことができます。だから純粋にオーストリア的ではないということではなくて、そうやって独特の文化を醸成するのです。こういう点で、ドイツはどうなのか、ということですね。
ということで、また少し時間を下さい。2月まであけておいていただけるとありがたいですが、そうもいきませんかね。

投稿日時 - 2015-01-19 22:39:14

お礼

☆plapotaさんのおっしゃる「ただ、辛いときにこそ、ユーモアは必要なのではないでせうか」に関連しますが、この点については、オーストリア人はドイツ人の比ではありません。例えば、ウィーンの伝統として、Wiener Schmäh(ウィーナー・シュメー)というものがあります。訳しにくいのですが、直訳すると「ウィーン風誹謗」です。誹謗といっても、このサイトで時々あるようなあれではなくて、ユーモアの一つです。極限の状況でもユーモアでかわす、とか、
◇なるほど、伝統として、文化としてあるのですね。

昔、『アマデウス』という映画があったじゃないですか。
ここに登場するモーツアルトは、時に「こいつバカじゃないのか」と感じさせますが、なるほど、なるほど。



☆ということで、また少し時間を下さい。2月まであけておいていただけるとありがたいですが、そうもいきませんかね。
◇特に急いで答えを欲しているわけではないので、質問期間いっぱいの4週間、開きっぱなしでも構いません。


回答、ありがとうございました。

投稿日時 - 2015-01-19 23:14:35

モーツァルトは、やはりオーストリアです。ブラームスは、ドイツです。この二人は、はつきりさういへるやうな気がします。

モーツァルトの天国的な、言つてみれば、軽くてそのまま空高く昇つてゆきさうな感覚は、ドイツ人には書けません。ピアノ協奏曲第23番、交響曲第38番、フィガロの結婚、これこそがオーストリアそのものです。好んで取り入れたクラリネットのまろやかな響き、クラリネット協奏曲、三重奏曲、五重奏曲、どれもが傑作です、決して重くならない。

ブラームスの交響曲第1番、第3番、弦楽六重奏曲第1番のやうにポップスで歌はれるメロディアスな曲もありますが、やはり重い。ベートーヴェンもブラームスほどではないにしても、やはり重い。囲碁用語では、「重い」は悪い意味になりますので、「厚い」のほうがふさはしいかもしれません。

回答番号3でTastenkastenさんがお示しくださつた内容は、このサイトのQ&Aベスト10に入れてもよいくらゐの名回答です。私自身、何度も別の回答でこれを引用しました。ドイツ人は、ユーモアと真面目を厳密に区別する、これがキーワードです。ドイツ人とオーストリア人が、実際にどの程度の違ひがあるのかは、私では判断しかねます。「ユーモアと真面目の区別」が良いか悪いかもわかりません。ただ、辛いときにこそ、ユーモアは必要なのではないでせうか。そしてそれを表現できる最高の人物がモーツァルトです。

投稿日時 - 2015-01-19 21:12:10

お礼

お久しぶりでございます。


☆囲碁用語では、「重い」は悪い意味になりますので、「厚い」のほうがふさはしいかもしれません。
◇最近、碁を打っていませんが、私はかなり「薄い」碁を打ちます。
「厚い」のは、どうも性分に合わない。
地に辛いわけではないのですが、「厚い」碁は、なんか自分だけ損をしているような気分になってしまって、薄いのは承知で他のところを打つ。そして、後でこの薄みをつかれてイジメられる(ポリポリ)。
攻めるのも好きなのですが、同時に、イジメられてシノグのも好きなのでありました。

寄せが苦手なので(結構、寄せでポカをする。時に、うっかりしていて死んでしまう!! 死なないまでも大損をしたりする)、先行していないと負かされてしまう。


なんの話をしているんだ…。


☆モーツァルトの天国的な、言つてみれば、軽くてそのまま空高く昇つてゆきさうな感覚は、ドイツ人には書けません。ピアノ協奏曲第23番、交響曲第38番、フィガロの結婚、これこそがオーストリアそのものです。
◇本当、モーツアルトは軽やかですよね。


☆ベートーヴェンもブラームスほどではないにしても、やはり重い。
◇ベートーヴェン、重いですかね。
弦楽四重奏曲は重いと思いますけれども、私なんかは、ベートーヴェンの交響曲や協奏曲は、結構、軽いように感じられますが。

Beethoven Piano Concerto No.5 "Emperor" Gulda/Stein
https://www.youtube.com/watch?v=0582H1fdMos

グルダさま~、愛しております♪



☆ドイツ人は、ユーモアと真面目を厳密に区別する、
◇モーツアルトならば、悲しいとき、涙を流したいときでも、ユーモアを交えて明るく、笑いながら語るに違いない。

ところで、
モーツアルトの手紙って読んだことがありますか。
下ネタ満載で、オフザケに満ちあふれていて、思わず笑い出してしまいますよ。
ホント、ひどいですから。
モーツアルトの音楽以上に、あ~した下らない冗談に満ちた手紙はドイツ人(作曲家)に書けやしない。

投稿日時 - 2015-01-19 23:01:21

ANo.7

wy1

音楽に限らず いわゆる ドイツ と オーストリアの一般的な文化に関して、そんあに厳しく区別せずに
なんとなく ドイツ として考えているのではないでしょなうか。 文学の方面では、ドイツ語で書かれたものをドイツ文学として、大学では扱っているようですね。カフカはプラハのユダヤ系ですが、ドイツ語で書いていたためドイツ文学の中で扱われているのでは。 音楽でもいわゆるクラシック音楽ではあまりドイツ(現在のドイツ連邦共和国)とかオーストリア(ハプスブルク帝国)とかきっちり区別できないのでは。その中には当時のチェコ、ボヘミア、ハンガリーなど様々な地域出身者が含まれるのではないでしょうか。 オーストリア=ウィーンのオペレッタにレハールのようなハンガリー系(?)のような人もいますね。

投稿日時 - 2015-01-19 13:52:34

お礼

こんばんは。



☆音楽に限らず いわゆる ドイツ と オーストリアの一般的な文化に関して、そんあに厳しく区別せずになんとなく ドイツ として考えているのではないでしょなうか。
◇この質問では、あえて、ドイツとオーストリアと区別しましたけれども、
普段は、この二つなどを一括りにして、
ドイツ音楽といっています。
特に、ドイツ的なもの、オーストリア(ハプスブルク帝国)的なものと分けて考えることも、これらの音楽を聞くこともないのですけれども、
それでも、何気なくBGM的に聞いていても、
「やっぱり違うよな~♪」
と思うことがよくあります。

特にシューベルト以降の作品になりますけれどもね。


☆文学の方面では、ドイツ語で書かれたものをドイツ文学として、大学では扱っているようですね。
◇文学面においての違いは、まったく、わかりません。
ただ、No.3のTastenkastenさんのお示しになったリンク先などを読みますと、
なるほど、と思ってしまいます。
確かに、ドイツとコメディー、お笑いは結びつかない(ポリポリ)。
ドイツとお洒落、ファッションも結びつかない。

ただ、哲学などでは、結構、違いがあるようですけれどもね。



回答、ありがとうございました。

投稿日時 - 2015-01-19 16:58:15

ANo.6

皆さん、お知り合いなのでしょうか。
ちょっと割り込ましていただきたいと思います。

音楽が下手な横好きのシニアです。
若いころアマオケで、シニアになり市民オペラ合唱で
ステージに立ちました。
だから「おれの方が上だ」などというものではありません。
自己紹介でした。

さて、ローマ帝国が東西に分裂し、西ローマ帝国はその後
フランク王国を経て西、中部、東フランク王国に分裂。
西フランク王国が後のフランス、中部がイタリア、東フランク
王国がドイツである。

ドイツ王は後、ハプスブルグ家(オーストリア王国)の神聖
ローマ帝国皇帝が務めた。地域としては南部であり、その都が
ウイーンである。
北部は多数の王国の群雄轄拠にあった。
宗教的には南部のカトリック、北部のプロテスタントという関係になる。
民族的には南北ともゲルマン民族でありドイツ語である。

やがて近代を迎えドイツの統一としてハプスブルグ家のオースト
リアを含む「大ドイツ」とするか、プロイセンを中心とした北部
主体の「小ドイツ」とするか二分したが、「普奥戦争」を経て
「小ドイツ」が新しい「ドイツ」として成立した。
オーストリアはドイツから除外されたのである。
日本で言えば「徳川を含む新政府」か「薩長を主体とする新政府か」に
似る。

さて音楽との関係であるが、出身地もさることながらやはり宗教との
関係が強いのではなかろうか。
      カトリック       プロテスタント
       ハイドン        バッハ
       モーツアルト      ヘンデル
       ベートーヴェン     ブラームス
       ブルックナー      ワーグナー
       マーラー
        (上記は必ずしも正確ではありません)
    参考のお話し:
    http://chevaliersanssouci.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-73d6.html

音楽の歴史をちょっとおさらいしてみましょう。
ルネッサンスからバロックへと発展。
イタリアでは主に(バロック)オペラが発展。
フランス(ラモー等)でもドイツ(バッハ等)でも発展。がフランスは
革命により一時停滞します。
この間、それまでの音楽は「モーツアルト」という大河に流れ込みます。
イタリアやフランスへの旅行により器楽、オペラ(声楽)等を吸収。
CPEバッハと交友し、ミカエルそしてやがてヨーゼフ・ハイドンと交友。
やがてモーツアルトの音楽はドイツ語オペラ、交響曲、協奏曲、ピアノ曲
として支流に分かれ始めます。
舞台は安定していたウイーンを中心に発展。
イタリアにはヴェルディ、ドイツにはワーグナーという両雄の時代に
なります。ロマン派後期でしょうか。
そしてイタリアの、ドイツの統一が起こる、こういうわけです。

余り「ドイツ音楽」、「オーストリア音楽」を意識しない方が
よいのではないでしょうか。
ただし「ワーグナー」は特筆なのでしょう。各方面に多大の影響を
与えました。

以上です。

投稿日時 - 2015-01-18 16:44:16

お礼

こんばんは。

ベートヴェーン第九「合唱付き」って傑作なの?
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/8851697.html?pg=1&isShow=open
への回答(No.6)、ありがとうございました。


☆皆さん、お知り合いなのでしょうか。
◇Tastenkastenさんとは、昨年、哲学カテにおけるbragelonneの質問への回答で知り合いまして、
それから「教えて!」で交流させていただいております。
No.1の回答に出ているplapotaさんとも「教えて!」で交流させていただいております。
ですから、
知り合いということになるのでしょうか。

Tann3さんのお名前も記憶にあります。


☆ちょっと割り込ましていただきたいと思います。
◇どうぞどうぞ、皆さん、私の質問を自由に使っておりますので、
ご自由に活用なさってください。

数学や哲学に始まって、ペット供養、身の下相談まで私の守備範囲であります。


☆さて音楽との関係であるが、出身地もさることながらやはり宗教との関係が強いのではなかろうか。
◇これは今回の質疑応答を通じて、そう思うようになりました。
現代のように、誰もが簡単に録音や放送、ネットなどで音楽に降れることのできなかった時代ですので、
教会音楽の影響を強く受けているのかも知れませんね。
これが原体験となり、その後の作風などに無意識的な影響を与えているのかもしれませんね♪



☆ルネッサンスからバロックへと発展。
◇ルネサンス期は、
ブリュゴーニュやフランドルですかね。



☆イタリアにはヴェルディ、ドイツにはワーグナーという両雄の時代になります。
◇ヴェルディはかなり微妙ですよ。
ヴェルディが本格的に音楽を学び、活動の中心になったミラノはハプスブルク領ですから。
ミラノが含まれるロンバルディアは、ロンバルド人(ゲルマン民族の一派)の地の意味ですから、ここは純粋なイタリアと呼べないかもしれない(ポリポリ)。



回答、ありがとうございました。

投稿日時 - 2015-01-18 19:02:09

ANo.5

えーと、今、時間的余裕があまりなく、国家や民族についてはややこしくなるので、できれば簡単に済ませたいと思っております。私としては、音楽の性格を考える場合、政治的な地図と文化的な地図の両方を考えなければいけないと思います。政治的な地図から、ドイツ的、オーストリア的とは何かと問えば、疑問が出てくるのは当然と思います。ただ、この二国に限らず、そもそもこの世界に、混じりけのない純粋な文化というのは無いでしょう。オーストリアの場合、民族的にはいろいろなルーツがある上、ハンガリーやチェコなど、東欧からの移民が入っています。当然いろいろな文化があるわけですが、それらを吸収、融合した独特な文化をオーストリア文化ととらえてかまわないと思います。日常的にも、言語や生活習慣に、隣国の文化の影響を感じます。民族的なルーツの一つとして、ケルトを考える人もいまして、私の師も、ケルトの音楽を研究していました。すでに書きましたが、実際、民族音楽に関しては、ドイツとオーストリアではかなりの違いがあります。そして、ドイツには当然ドイツの事情があり、ベースとなった文化、影響を受けた文化は、オーストリアとは当然性格を異にします。明確な線引きはできないとしても、オーストリアから南ドイツにかけてと、それ以北の地域とでは、文化、言語、気質などにある程度はっきりした差があるという印象を持っています。そして、作曲家が異国に移住したとしても、やはり生まれ育った土地の気質というのは変わらないもののようです。さらに、ある作曲家の国籍がドイツであったとしても、たとえば両親がポーランドから移住してきたような場合には、やはりどこかポーランド的なものを受け継ぐものなので、ドイツ的な作曲家とみなすわけにはいきませんね。
また、「ドイツ・オーストリア音楽」と呼ぶ場合は、音楽伝統が形成された地域について言っているわけで、分けて考えようとするときは、「ドイツ的な音楽」「オーストリア的な音楽」と、音楽の性格や内容そのものが問題となりますので、純粋に音楽上の特徴を比較して考察する必要があります。そのあたりも明確にしておかないといけないと思います。
オーストリアが自国の音楽文化について紹介するときは、やはり、ハイドン、モーツァルト、シューベルト、ブルックナー、マーラーなどを自国の作曲家として紹介し、そのうえで、多くの作曲家の活躍の場となったということで、ベートーヴェンやブラームスの名前を出します。オーストリアの人たちは、自分たちはドイツ人とは違うという意識、特にウィーンでは「ウィーン的なもの」へのこだわりがあるようなので、ドイツの作曲家に対しては、微妙な距離は保っているかもしれません。自分たちはドイツ人とは違う、という意識は結構持っています。
気質の違いを一つ上げると、例えば、ドイツ人と話をするときは、こちらの言うことをちゃんと聞いて、正面から答えてくれるのですが、オーストリア人の場合は、ジョークではぐらかされることが多く、聞きたいこともなかなか聞き出せないことがあります。
それから、気質の違いと関係があると考えられるのは、ドイツでは、娯楽的な音楽と芸術的な音楽が結構乖離していったのではないかということで、オーストリアはこの点では、もう少しゆるいかなと思います。あの、新ウィーン楽派の三人も、ヨハン・シュトラウスのワルツを編曲して、自分たちで演奏したりしているのが面白いところですね。
ちょっと脱線しますが、オーストリアは多民族国家だったので、異文化に対しても柔軟なのか、私の知り合いたちはみな、緑茶や寿司が好きで、一緒に食事に行くとなると寿司屋へ行こうとするので、迷惑しました。日本人にとっては、向こうの寿司はそんなに食べたいものではありませんから。
また話が飛びますが、私は普段あまりブルックナーを聴かないので、少し聞き直して見ました。時間の都合で、ごく一部ではあるのですが、やはり、ドイツの作曲家のように、有機的に展開しませんね。フレーズがいつも偶数小節のグループで割り切れていて(笑)、細切れで、静かな部分が長くて、音が薄くて、盛り上がるかと思うとしぼんでしまう。音の薄さは、明らかにオルガンの書法からきていると思います。オルガンならば、音符の数が少なくても大きな音が出ますし、ストップの選択で、オクターブ、2オクターブ上下の音も一緒に鳴らすことができます。しかし、オーケストラで2声部だけだと頼りない。第1番と第8番を少し聞いて、どうもピンとこないので、一番良い印象が残っている第7番を少し、久しぶりに聞いてみましたが、やはりこんなに静かな曲だったのかと今更ながらに思いました。メロディアスという点では、第1や第8よりずっといいのですが、メリハリが少ないので、時々我慢が続かなくなります。ブルックナーについて書くには、版の問題も含めて、もっとしっかり聞き込んでからでないとダメそうです。
今ちょうど用事があって、オーストリアの友人にメールを書こうとしているところです。今日書けるか、明日になるかわかりませんが、ついでに、ドイツ音楽、オーストリア音楽をそれぞれどのようにとらえているか聞いてみましょうか。お知らせするのに数日かかると思いますし、例によってはぐらかされるかもしれないのですが、それもまた一興ということで。

投稿日時 - 2015-01-18 15:25:39

お礼

☆ちょっと脱線しますが、オーストリアは多民族国家だったので、とりわけ、異文化に対しても柔軟なのか、私の知り合いたちはみな、緑茶や寿司が好きで、一緒に食事に行くとなると寿司屋へ行こうとするので、迷惑しました。日本人にとっては、向こうの寿司はそんなに食べたいものではありませんから。
◇ハプスブルク帝国は、単にヨーロッパだけではなく世界帝国でしたから、異文化に対する憧れなども強いのでしょうね。
今日、ちょっとネットで調べたのですが、
19世紀半ばのオーストリア・ハンガリー帝国の発足時、現在のオーストリア地域に占めるドイツ系住民の割合は半数以下だったといいますから、オーストリアはドイツ系住民の国家ということもできないようですね。


☆細切れで、静かな部分が長くて、音が薄くて、盛り上がるかと思うとしぼんでしまう。
◇音楽評論家はこのことを「息が長い」や「大きな呼吸」などと表現します。
そして、この「息の長さ」や「大きな呼吸」がブルックナーの魅力です。ここがいいんですよ♪


☆、一番良い印象が残っている第7番を少し、久しぶりに聞いてみましたが、やはりこんなに静かな曲だったのかと今更ながらに思いました。
◇「7番は作り物めいていてダメだ」と言えて本物です。
7番は、ブルックナーらしさが最も欠如した作品です。
 ───釈迦に説法の真似をする───

個人的におすすめの演奏は、
youtubeですと
https://www.youtube.com/watch?v=4M3WFaACyQk
でしょうか。

この曲に関しては、
いい音の演奏、特にウィーンフィルの演奏は、砂糖菓子の上にさらに大量の砂糖を振りかけたように、甘ったるくて、冒頭の数小節を聞いただけで危懼機が失せてしまいます。



☆今ちょうど用事があって、オーストリアの友人にメールを書こうとしているところです。今日書けるか、明日になるかわかりませんが、ついでに、ドイツ音楽、オーストリア音楽をそれぞれどのようにとらえているか聞いてみましょうか。お知らせするのに数日かかると思いますし、例によってはぐらかされるかもしれないのですが、それもまた一興ということで。
◇オーストリアの方の生の声をぜひ聞きたいと思います。
ドイツに対する、オーストリア人の積年の恨みつらみなどを聞きたいものです。
首を長くしてお待ちしております。



回答、ありがとうございました。

投稿日時 - 2015-01-18 20:15:26

ANo.4

 面白そうな議論ですね。一口かませて下さい。
 私には、ドイツ人、オーストリア人の知人はあまりいないので、あくまで日本人として見ている立場での一意見です。

 まず、この議論で言っている「ドイツ」「オーストリア」が何を指すか、はっきりさせる必要があるでしょう。
 ドイツ語を話す同じ文化圏と考えれば、同じまたは類似の文化圏といえるでしょう。
 中世からナポレオンによって消滅されるまで、同じ「神聖ローマ帝国」を構成する国家群でしたから。ドイツ各国は皇帝となりうる「選帝侯」でしたが、後半はオーストリアのハプスブルク家がほとんど「神聖ローマ帝国皇帝」を独占していました。
(その意味で、ヒトラーは、神聖ローマ帝国を第一帝国、1871年の統一ドイツ帝国を第二帝国、自分の政権を第三帝国と呼びました)


 逆に、「ドイツ」と「オーストリア」とは違う、という立場に立つと、次のような疑問が生じます。
(1)「ドイツ」とは何か。1871年の「ドイツ帝国」誕生までは、「ドイツ」という国家はなく、プロイセンやバイエルンやザクセンやハンザ同盟自由都市が割拠していた。当然、バッハ、ベートーベン、シューマンからワーグナーの最晩年まで、こんな状況だった。(ワーグナーのパトロンだったのは、バイエルン王国の国王であったルートヴィヒ2世)
(2)「オーストリア」は、1918年までは、中欧の小国ではなく、ハンガリー、チェコ、ユーゴスラヴィアの半分(スロヴェニア、クロアチア、ボスニアなど)、北イタリアまでを含んでいた。

 この辺を現在の地図をベースに取り扱うと、架空の議論にしかならないと思います。


 これに加えて、「音楽家」と「国家」の関係は、さらに複雑です。
 質問者さんは、音楽にも歴史にも詳しいようなので、下記のような疑問にどう答えるかの回答をお持ちのようですが、私にとっては答えが出せません。

(1)ベートーヴェンは、ドイツのボンで生まれ育ちましたが、音楽家としての活躍はもっぱらウィーンだった。

(2)ハイドンは、オーストリア人と言われるが、生まれた所はハンガリーとの国境近くだし、人生の大半を奉公したエステルハージ公はハンガリーの貴族である。

(3)ブラームスも、生まれ・育ちはハンブルク、作曲のほとんどはウィーンである

 私にはオーストリア人の知り合いはいませんが、オーストリア人(特にウィーンっ子)は、ベートーヴェンやブラームスを「おらが作曲家」と思っているのではないでしょうか。
 ベートーヴェンやブラームスは「ドイツの作曲家」か「オーストリアの作曲家」か、こは答えがないのではないですか?

(4)生粋のウィーンっ子ヨハン・シュトラウス2世も、代表作「こうもり」の仮面舞踏会で「チャルダッシュ」を歌わせているし、ハンガリーを舞台とした「ジプシー男爵」というオペレッタもある。ウィンナ・ワルツとして人気の高い「宝のワルツ」はこのオペレッタの音楽。
 ヨハン・シュトラウスの意識では、「ハンガリーはオーストリア」ということだったのだろうと思います。

(5)マーラーも生まれはボヘミアだが、「チェコ人」と呼ぶ人はいない。


 似たような例に、ドイツ生まれのゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルがあります。日本では「ドイツの作曲家」と教わりますが、イギリスに行くと「ジョージ・フレデリック・ハンデルは英国の作曲家である」とされています。確かに、音楽の勉強はイタリアで、イギリスに帰化して人生の2/3をイギリスで過ごしていますし、代表作「メサイア」は英語のテキストに作曲、「水上の音楽」はテムズ川での舟遊びのために、「王宮の花火の音楽」もロンドンの祝典のための音楽です。

 このような「人の移動」に加え、ヨーロッパでは上のオーストリアの例のように「国境の移動」というのもたくさんあります。
 現在のフランスの都市ストラスブール Strasbourg は、かつてはドイツの都市シュトラスブルクでしたし、ブラームスが名誉博士号を授与されて「大学祝典序曲」を贈ったブレスラウ大学は現在のポーランドにあります。


 なんか、とりとめもなく書いてしまいましたが、私なりの考えは、音楽は「国家」「国土」に帰属するのではなく、あくまで作曲家個人に帰属する、ということです。もちろん、「民謡」のような音楽は土地に根付いていますし、特に「歌曲」は言語に依存する部分が大きいと思います。また、作曲家も人間なので「気候・風土」「育った環境」「伝統」の影響を多分に受けるとは思います。でもそれは「環境」であって「国家」「国土」ではないと思うのです。
 従って、現在の地図上の国家、国土としての「ドイツ」「オーストリア」に基づく議論なら、あまり意味がないのではないか、というのが私なりの判断です。


 質問者さんは、音楽に対する造詣が深いようですので、まだお読みでないなら下記の本をお勧めしたいと思います。どちらも一般向けの新書・文庫本なので、安いし入手も容易です。ちょっと斜に構えた、ドイツ音楽以外からの視点が新鮮です。


岡田 暁生・著「西洋音楽史~「クラシック」の黄昏」 (中公新書)
http://www.amazon.co.jp/%E8%A5%BF%E6%B4%8B%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E5%8F%B2%E2%80%95%E3%80%8C%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%80%8D%E3%81%AE%E9%BB%84%E6%98%8F-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E5%B2%A1%E7%94%B0-%E6%9A%81%E7%94%9F/dp/4121018168/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1421546678&sr=1-1&keywords=%E8%A5%BF%E6%B4%8B%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E5%8F%B2

石井 宏・著「反音楽史~さらば、ベートーヴェン」 (新潮文庫)
http://www.amazon.co.jp/%E5%8F%8D%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E5%8F%B2%E2%80%95%E3%81%95%E3%82%89%E3%81%B0%E3%80%81%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%B3-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E7%9F%B3%E4%BA%95-%E5%AE%8F/dp/4101332916/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1421546702&sr=1-1&keywords=%E3%81%95%E3%82%89%E3%81%B0%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%B3

投稿日時 - 2015-01-18 11:21:57

お礼

こんにちは。


☆。ドイツ各国は皇帝となりうる「選帝侯」でしたが、後半はオーストリアのハプスブルク家がほとんど「神聖ローマ帝国皇帝」を独占していました。
◇ですね。
カール6世(1740)がなくなったときに、ハプスブルクは神聖ローマ帝国皇帝の地位を、一度、失っちゃいますけれどもね。
そして、有名なマリア・テレジアの旦那さんが神聖ローマ皇帝になった(1745)。
この時、皇位継承を巡って、プロイセンなどとは戦争までしています(オーストリア継承戦争)。

歴史的に見て、
ハプスブルク家とフランス、そして、プロイセンとは仲が悪いんですよ。
特にフランスと…。
だから、マリー・アントワネットはフランスに嫁いだ。

マリー・アントワネットとモーツアルトには、ちょっとしたエピソードがありまして、
神童モーツアルトがマリア・テレジアの前で御前演奏をしたあとに、モーツアルト転んじゃうんですよ。
そして、
転んだモーツアルトが起きるのを手助けしたのがマリー・アントワネットで、
この時、7歳のモーツアルトは「大きくなったら、僕のお嫁さんにしてあげる」とプロポーズした♪



☆(1)「ドイツ」とは何か。1871年の「ドイツ帝国」誕生までは、「ドイツ」という国家はなく、プロイセンやバイエルンやザクセンやハンザ同盟自由都市が割拠していた。当然、バッハ、ベートーベン、シューマンからワーグナーの最晩年まで、こんな状況だった。(ワーグナーのパトロンだったのは、バイエルン王国の国王であったルートヴィヒ2世)
◇そう、だから、これらの音楽をドイツ音楽と一括りで扱うのはかなり無茶なのかもしれません。
そして、こうした文化・風土的な違いは、今日のドイツにも色濃く残っているようです。


☆(2)「オーストリア」は、1918年までは、中欧の小国ではなく、ハンガリー、チェコ、ユーゴスラヴィアの半分(スロヴェニア、クロアチア、ボスニアなど)、北イタリアまでを含んでいた。
◇18世紀までは、スペインもハプスブルク帝国だったんですよ。



☆(2)ハイドンは、オーストリア人と言われるが、生まれた所はハンガリーとの国境近くだし、人生の大半を奉公したエステルハージ公はハンガリーの貴族である。
◇第一次世界大戦後に、オーストリア・ハンガリー二重帝国が解体するまで、オーストリアとハンガリーは一つの国ですよ。
少なくとも20世紀以前の歴史や文化を考えるとき、
たとえ異なる民族、異なる言語を話していたとしても、
一人の王をいただく一つの国であって、この両者を分けて考えるべきではないのでしょうね。
ドイツ、オーストリア、そして、オーストリア、チェコとはかなり事情が異なるように思います。



☆ 私にはオーストリア人の知り合いはいませんが、オーストリア人(特にウィーンっ子)は、ベートーヴェンやブラームスを「おらが作曲家」と思っているのではないでしょうか。
◇ですよ。
そして、
ウィーン・フィルのメンバーは、ドボルザークも「オラが国の作曲家だ」と思って弾いているに違いない♪


☆ ヨハン・シュトラウスの意識では、「ハンガリーはオーストリア」ということだったのだろうと思います。
◇です。
少なくともこの時代はハンガリーとオーストリアは一体ですから、分けて考えるべきではないのでしょうね。


☆(5)マーラーも生まれはボヘミアだが、「チェコ人」と呼ぶ人はいない。
◇マーラーは、ボヘミア出身とはいえ、ドイツ語文化の色濃い村で生まれ育ち、そのために幼少からドイツ語を話していましたから。
さらに、ウィーンで音楽教育も受けていますしね。
マーラー自身には、自身がオーストリア人であることに対して何の違和感もなかったんじゃないですかね。
小さい頃からキリスト教の教会にも通っていたようですから、ユダヤ人としての自覚も薄かったんじゃないですかね。

ただ、彼の周囲の多くの人は、そうは考えていなかったようですけれど…。


回答、ありがとうございました。

投稿日時 - 2015-01-18 14:19:56

ANo.3

お礼有難うございます。今回は、一度にたくさん書けないので、少しゆっくりやらせていただきます。

>それはそれとしまして、
>なぜ、日本では、ハイドンの人気が今ひとつないのでしょう。
>世界的に見ても、モーツアルトやベートーヴェンと比較すると、ハイドンの人気はかなり落ちるように思います。

ハイドンは、作品があまりに多いので、私も把握していないのですが、数年前にちょっと気になって、それまでほとんど弾いたことがなかったピアノソナタを数曲弾いてみました。面白いことは面白いのですが、様式的にはまだ、モーツァルトのように確固たるものが完成されておらず、まとまった印象を得にくいような感じもあります。初期のものは、やはり前古典派からの過渡的な様式なのだろうと思いますが、これはモーツァルトの初期の作品にも言えることです。モーツァルトの初期の交響曲は、あまり知っている人はいないでしょう。たぶん、ハイドンの作品の多くは、非常に素朴で、発展途上のものだと思います。自分より若いモーツァルトの才能に感心して、その作品を学んだというのも有名なエピソードです。ハイドンについては、もう少し考えてみますが、もっと聞かれてもいいですね。ついでに言えば、バッハの息子たちの曲ももっと聞かれるべきだと思います。そうすれば、ドイツ・オーストリア音楽の成立の流れが把握しやすくなるはずです。ところで、モーツァルトは、C.P.E.バッハのほかに、アベルというドイツの作曲家も影響を受けているのですが、御存じですか。以前聞いたときは、つまらないと思ったのですが、下の曲などは、楽想はかなり平凡ではありますが、やはりモーツァルトを先取りしていると思います。

https://www.youtube.com/watch?v=TTVk_e0YlzE

ドイツとオーストリアの違い、ブルックナーについては、追々書くとして、カトリックとプロテスタントという見方も面白いのかもしれませんね。そうなると、同じドイツでも、ベートーヴェン、ワーグナーと、バッハ、メンデルスゾーン、シューマン、ブラームスの二つのグループに分かれますし、うなずける部分もあります。ベートーヴェンはカトリックではありましたが、教会にも行かないような自由人でしたし、ドイツ人でありながら、オーストリアに結構同化できた人ではないかという気もしています。一般的に気難しいイメージがあると思いますが、これは耳の障害のせいであったことは、ベートーヴェン自身が書いています。生まれつきは、結構明るく、冗談好きの性格だったと思います。バカ話が好きで、そういうことをよく知っている友人と一緒に散歩をしながら、「何か面白い話はないのか」と尋ねる。友人が話すと、大声でゲラゲラ笑う、という記録も残っています。むしろ、ブラームスの方がとっつきにくかったに違いない。ベートーヴェンには、結構洒脱でユーモアのある曲もあるんですよ。ワーグナーも「マイスタージンガー」のような喜劇が書けたわけですし、のちの時代に大きな影響を与えた二人がプロテスタントではないというのは、偶然ではなさそうですね。それに比べると、ほかのドイツの作曲家はやはり、禁欲的という気がしないでもありません。今ちょっと思いついて、ブラームスのセレナード第1番というのをYoutubeで探して見て、楽譜もちらっと見たのですが、モーツァルトのセレナードのようなわけにはいきませんね。重すぎる。まじめすぎる。やはり、ドイツ的な作曲家は、ある意味完璧主義で、作品全体の古典的完成度を目指しているような印象です。ベートーヴェンやワーグナーは、思い切りはみ出しますからね。
今日はこれくらいにします。つなぎとして、昨年plapotaさんがなさった御質問を参考に紹介しておきます。
http://okwave.jp/qa/q8801805.html

投稿日時 - 2015-01-18 00:33:09

補足

現在、2:44p.m.

ルイジ・ケルビーニの弦楽四重奏曲の6番なんてマイナーな曲を流しております。
たぶん、はじめて聞く曲だな。

この作曲家の名前くらいは聞いたことがあるのですが、いい曲ですね♪
まっ、名曲だから流しているんでしょうけれど。

投稿日時 - 2015-01-18 14:50:05

お礼

こんにちは。


☆そうなると、同じドイツでも、ベートーヴェン、ワーグナーと、バッハ、メンデルスゾーン、シューマン、ブラームスの二つのグループに分かれますし、うなずける部分もあります。
◇ベートーヴェンとワーグナーはカトリックですか。知りませんでした。
「ベートーヴェンとワーグナーは、他のドイツ人作曲家と少し毛色が違うよな~」
と、特にベートーヴェンなのですが、
7番や8番シンフォニーなど、他のドイツ人作曲家にはない明るさと快活さ、軽快さがありますでしょう、
ベートーヴェンとワーグナーの扱いに苦慮しておりました(ポリポリ)。

であるとすると、
☆のちの時代に大きな影響を与えた二人がプロテスタントではないというのは、偶然ではなさそうですね。
◇というのも、何となく納得できるような気がします。
無調、12音階など音楽が産まれたのも、ウィーン、カトリック的土壌ですので。
バロック後期のバッハ、新古典主義(?)のブラームスは、
新しい音楽への開拓者というよりも、それまでの音楽の大成者的な位置ですしね。

私の頭の中にあった構図としましては、
 オルガニスト  バッハ VS ブルックナー
 レクイエム   ブラームス VS モーツアルト
といった漠然としたものであると同時に、
プロテスタントとカトリックの宗教音楽が彼らの作曲活動に何らかの影響を与えたのではないか、という曖昧模糊な推測だったのですが。
宗教的、教会音楽的な土壌の違いが作風に影響を及ぼしているのかも知れませんね。



☆ブラームスのセレナード第1番というのをYoutubeで探して見て、楽譜もちらっと見たのですが、モーツァルトのセレナードのようなわけにはいきませんね。重すぎる。まじめすぎる。やはり、ドイツ的な作曲家は、ある意味完璧主義で、作品全体の古典的完成度を目指しているような印象です。
◇私だけなのかも知れませんが、
バッハとブラームスの曲は、
居住まいを正さないと聞けません(ポリポリ)。
聞くのに「これから聞くんだ」という気構えが必要です。

「ゴールドベルク変奏曲」や「音楽の捧げ物」などは、BGMにならない(笑)。


ところで、
現在、とあるクラシック専門のネットラジオ(OTTO's CLASSICAL MUSIK RADIO)から
 SCHUBERT - Sonata for Piano and Arpeggione in A minor, D. 821
が流れておりますが、
いい曲ですね♪
やっぱ、好きなんだな、シューベルト。特に室内楽系ですが…。
オーストリア音楽の方が性に合っているんでしょうね。

このチャンネル、
ハイドンやC.P.E.バッハの曲とかよく流れているんですよね~♪
そして、
わたし、結構好きですよ、C.P.E.バッハ。

この音楽チャンネル、結構、いいチャンネルですよ。
名前を聞いたことのない作曲家の名曲なんかもよく流れているので、重宝しております。



☆ベートーヴェンやワーグナーは、思い切りはみ出しますからね。
◇この二人は、結構、洒落っ気がありますよね。



回答、ありがとうございました。

投稿日時 - 2015-01-18 12:35:52

ANo.2

お久しぶりです。今年もよろしくお願いします。

この問題は、いつかちゃんと取り組みたいと思っているのですが、今月は仕事の都合で時間がありません。中途半端になりますが、現時点で大雑把にお話しできることだけ書きます(何回かに分けるかもしれません)。
ドイツとオーストリアの音楽を、一つの様式的ジャンルとしてまとめるというのは、ヨーロッパでもしていることではありますが、日本では、その意味をあまり理解せず、そのまま受け売り的に使用している人が多いと考えられます。日本で、「ドイツ・オーストリア音楽」と、あまり考えもなしにひとまとめにされる背景には、二つの事情があるのではないかと思います。
一つは、「ウィーン古典派」の音楽が、国境を越えて、その後の西洋音楽の規範になったということ。ヨーロッパの音楽大学の楽理科などで音楽研究を始めるとき、やはり一番の基礎として研究対象にされるのは、「ウィーン古典派」様式です。これは、ハイドン、モーツアルト、そしてベートーヴェンに代表されます。つまり、この様式の発展、形成には、オーストリア人もドイツ人も関わっているということです。
もう一つは、日本では、ドイツ、オーストリアそれぞれの文化そのものは意外に知られていないというか、差異を明確に把握している人が少ないということでしょう。もちろん、ドイツ文学や哲学は昔から知られているわけですが、それでは、ドイツ文学とオーストリア文学の違いは何か、などということを把握している人は少ないと思います。ドイツとオーストリアでは、民族も違いますし、気質が全く違います。しかし、日本にいる限り、あまり意識されないでしょう。どちらも同じドイツ語を話す、同じような人達だと思っている人が多いに違いありません。だから「ドイツ・オーストリア音楽」という名称をそのまま疑問を持たずに使っているのだと思います。
最初の問題に戻りますが、ウィーン古典派も、もとをたどればドイツのマンハイム楽派などに行きつくでしょう。バッハの息子たちの名前も当然挙がってきますね。これをより洗練された様式に発展させたのが、ハイドンとモーツァルトということになります。「ドイツ音楽は構成的」という言い方はよく聞くのですが、古典派からロマン派の基礎になった様式、構成美学を確立したのは、ハイドンとモーツァルトといっていいと思います。ベートーヴェンは、モーツァルトへの尊敬の念からウィーンへ行き、ハイドンに学び、古典派の様式をさらに拡大発展させました(もっとも、ハイドンのレッスンにはあまり満足していなかったようで、アルブレヒツベルガーやサリエリに習っています。シューベルトもサリエリに習っているので、ウィーン古典派にとって、サリエリは結構重要人物なのでしょう)。ドイツ人とはいっても、ハイドンとモーツァルトの精神をしっかり受け継いだわけですが、拡大発展した部分につては、やはりドイツ人ならではのスケールの大きさがあると思います。結局のところ、同じドイツ語を話し、隣国同士でもあったドイツとオーストリアの交流が、ほかの国との交流より密であったことはたしかです。そして、西洋クラシック音楽の基礎となった古典派の様式は、ドイツ人だけ、もしくはオーストリア人だけではここまで充実しなかったと思います。両者のいいところが補完し合った結果の発展だと思いますし、それが、ほかの国を先導するほどの勢いを持ったという意味では、「ドイツ・オーストリアの伝統」といっていいのだと思います。
その一方、やはり気質の違いから、ドイツ人とオーストリア人の発想には当然違いが生じてきます。私はオーストリアとの付き合いが長く、ドイツ人との交流もありましたが、やはり全然違います。生真面目で理詰めのドイツ人から比べると、オーストリア人は、よく言えば柔軟、悪く言えばいい加減な部分があります。面倒くさいことは嫌いで、物事を感覚的に楽しむ気風があると思います。「ドイツ的」なものに対する抵抗も結構持っています。ハイドンやモーツアルトの軽妙洒脱さも、こういう気質からきているでしょう。オーストリアの場合、なんといっても「音楽的であること」がまず評価されます。そして、近隣の国の民族的な要素も入ってきます。ドイツ文学には、喜劇の傑作がほとんどないといわれますが、オーストリアには喜劇作家がいて、風刺やユーモアの伝統もありましたから、ヨハン・シュトラウスのワルツや、オペレッタなどの文化が発展したのも当然で、これらはみな、オーストリア、特にウィーンならではのものです(余談ですが、ヨハン・シュトラウスとブラームスの話はよく出るのですが、ワーグナーもヨハン・シュトラウスの音楽は評価していました)。シューベルトの場合も、小さなモティーフを組み合わせて、論理的、有機的に展開することよりも、旋律や和音一つ一つの色合いの方に意味があったと思います。また、歌曲などの場合、どの国の作曲家も、ある程度自国の民謡などをよりどころとすることが多いと思うのですが、昔、世界の民族音楽を研究していた折、ドイツの民謡だけ、旋律に装飾がないと読んだことがあります。つまり、一シラブル対一音符という感じです。オーストリアの民謡には、以前ねこさんのスレッドに動画を張ったような気がするのですが、ヨーデルのような裏声や豊富な装飾を伴ったものがたくさんあります。さらに、ボヘミア的なものやハンガリーの音楽も古くから入っているはずですね。オーストリア人の方が、感覚に訴える旋律を好むと思います。
ドイツの作曲家の場合、やはり主題労作による有機的構成が優先的になります。ベートーヴェンもそれを推し進めたわけで、第5交響曲の第1楽章の、短い一つのモティーフで曲全体が構成する方法がその極致です。ワーグナーのライトモティーフの考え方なども、こういうところから始まっていると思います。このような作曲法に適しているのは、短くても特徴のあるモティーフ、「音型」で、流麗な旋律ではありません。旋律としては魅力的でも、そこから一小節だけを切り出した時にあまり特徴がないと、展開に耐えません。両立できれば一番良いのですが、それは至難の業だと思います。「ブラームスにはメロディーや主題と言えるべきものはない」というのは極端な意見で、ちょっと思い出すだけでも、第1交響曲の主楽章や第3交響曲の第3楽章など名旋律はいくらでもあります。ベートーヴェンもまた然りなのですが、実は、私も一時期、ベートーヴェンの曲は分散和音と音階ばかりで、旋律がないではないかと思ったことがありました。しかし、これは、旋律を書く才能があるかないかではなく、曲全体の展開を考えて主題を考えだすか、とりあえず書きたい旋律を書いてしまうか、個々の作曲家の創作態度に左右されるものだと思います。私にとって今一つ把握できないのがブルックナーで、もちろん嫌いではないのですが、流麗華美な旋律を書く人ではないと思っています。むしろ、短いモティーフを多用しているようですが、それでいて、有機的な展開に徹することもできなかったようで、オーストリア人の良いところと悪いところが同時に出ているようでもあります。
音の厚みについては、一般的に、時代とともに厚くなっていくということもありますので、時系列でも見なければならず、一概にドイツの作曲家の特徴とすることはできないと思いますが、ある程度そういう傾向があるとすれば、やはり、ドイツ人は何事も頭で考える傾向がありますから、複雑になるということはあるかもしれません。しかし、メンデルスゾーンなどは風通しも良く、整ってすっきりしていますよね。シューマンも、重厚というほどではないように思います。ブラームスは重いですが、やはり北ドイツ的なのでしょうか。リヒャルト・シュトラウスは南ドイツで、文化圏としてはややオーストリアと近い地域です。よく、ドビュッシーやラヴェルなどのフランスのオーケストラ音楽が色彩的だといいますが、オーケストラの色彩的な扱いに関しては、リヒャルト・シュトラウスが名人的です。そして、ドイツの作曲家よりも、オーストリアの作曲家の方が、音の色彩的な扱いに興味を持っていたような気がします。
もっとも、リヒャルト・シュトラウスやマーラーになると、二人とも指揮者であり、毎日のようにチャイコフスキーやヴェルディ、プッチーニなどのオペラも指揮していたわけで、すでに国際派ですね。いろいろなものから影響を受けていますし、ドイツ・オーストリアの枠にはすでにおさまらなくなっています。もちろん、マーラーは、ボヘミア的でもありユダヤ的でもあり、しかしやはりオーストリア的でもある。リヒャルト・シュトラウスには、結構イタリア的な部分もあると思います。
じっくり書く時間がないので、やはり話がまとまらなくなりました。ここでいったんやめます。時間があったらまた回答します。

投稿日時 - 2015-01-17 17:37:59

お礼

こんばんは。
そして、
少し遅くなりましたけれども、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。


シューベルトに関する質問に対するTastenkasutenさんの回答で、
ドイツとオーストリア音楽などの違いについて軽く触れられておりましたので、
「やはり、この両者には大きな違いがあるのだな」
と確信し、
時間を隔てて、今回この質問をさせていただきました。



☆これは、ハイドン、モーツアルト、そしてベートーヴェンに代表されます。つまり、この様式の発展、形成には、オーストリア人もドイツ人も関わっているということです。
◇ベートーヴェンがいなくても、おそらくウィーン古典楽派はインターナショナルなものになりえたのでしょうね。
創始者であるハイドンによってそのスタイルは確立されていましたから。
ただ、ベートーヴェンがいなければ、その後の隆盛や発展はなかったのでしょう。

それはそれとしまして、
なぜ、日本では、ハイドンの人気が今ひとつないのでしょう。
世界的に見ても、モーツアルトやベートーヴェンと比較すると、ハイドンの人気はかなり落ちるように思います。


☆もう一つは、日本では、ドイツ、オーストリアそれぞれの文化そのものは意外に知られていないというか、差異を明確に把握している人が少ないということでしょう。
◇はい、この差がよくわかりません。
華やかなハプスブルク文化については多少の知識がありますが、小国の乱立していたドイツの文化についてはまったく知りません。
そもそも、19世紀後半のプロイセンによるドイツ統一以前に、ドイツ文化という、広いドイツ国土共通の文化が存在するのかについてさえ、かなり懐疑的です。
そして、私たちがドイツ的と思っているのは、プロイセン的なそれなのであろうと。
ドイツに住んだことはもちろん、ドイツに旅行したこともありませんので、
北ドイツとバイエルンなどの南ドイツでは、気質も文化もかなり異なっているのでしょうね。
ベートーヴェンとブラームスの音楽的違いなども、こうしたドイツの気候・風土、文化的土壌や気質の違いなどが反映されているのでしょうね、きっと。



☆西洋クラシック音楽の基礎となった古典派の様式は、ドイツ人だけ、もしくはオーストリア人だけではここまで充実しなかったと思います。両者のいいところが補完し合った結果の発展だと思いますし、それが、ほかの国を先導するほどの勢いを持ったという意味では、「ドイツ・オーストリアの伝統」といっていいのだと思います。
◇ドイツとオーストリア音楽の幸せな結婚があったのでしょうね、きっと。


☆その一方、やはり気質の違いから、ドイツ人とオーストリア人の発想には当然違いが生じてきます。私はオーストリアとの付き合いが長く、ドイツ人との交流もありましたが、やはり全然違います。生真面目で理詰めのドイツ人から比べると、オーストリア人は、よく言えば柔軟、悪く言えばいい加減な部分があります。面倒くさいことは嫌いで、物事を感覚的に楽しむ気風があると思います。
◇かなり違うらしいですね。
ハプスブルク帝国は、基本的に多民族、多文化の世界ですし…。

ところで、これはネットで聞いた話なのですが、
ドイツ人は海水浴に行くと、決まって、何時間もかけて砂浜に穴を掘りつづけるそうですね(笑い)。

http://www.all-nationz.com/archives/1006874141.html

「ドイツ人は砂浜で穴を掘り、オランダ人は川でダムを築く」とも言われているらしいですよ。
http://blog.livedoor.jp/drazuli/archives/7734463.html

ドイツ人の習性は理解できない(ポリポリ)。



☆ハイドンやモーツアルトの軽妙洒脱さも、こういう気質からきているでしょう。オーストリアの場合、なんといっても「音楽的であること」がまず評価されます。そして、近隣の国の民族的な要素も入ってきます。
◇R.シュトラウスなどは違いますが、こうした軽やかさはドイツ音楽に欠如していますよね。
聞くだけで、心がウキウキするような、心がときめくような音楽は、ドイツ人にはちょっと書けない。
踊りやダンスなど、プロイセン人やドイツ人は苦手そうだし、リズム感が悪そうだし(ポリポリ)。



☆私にとって今一つ把握できないのがブルックナーで、もちろん嫌いではないのですが、流麗華美な旋律を書く人ではないと思っています。むしろ、短いモティーフを多用しているようですが、それでいて、有機的な展開に徹することもできなかったようで、オーストリア人の良いところと悪いところが同時に出ているようでもあります。
◇ブルックナーは、かなりベートーヴェンを意識していますよね。
ワーグナーの影響を強く受けている上に、さらに、彼の根底には教会音楽があり、これらをすべて統一した形式で同時に表現しようとしたからではないですかね。
おまけに、シューベルトの如き、オーストリア人的な音楽的心性、魂がこれに絡む、この統一を邪魔をする、困難にしてしまう…。
ブルックナーの交響曲第3番の第一稿なんか聞くと、何が何だかわからない音楽になっている。
ですが、
実は伝統的技法を取り入れているだけのかも知りませんが、すごく斬新で新しいことをやっているように聞こえ、素人の耳にはスゴい音楽だと聞こえてしまう。

https://www.youtube.com/watch?v=rMxR-FgnK4o

私には宇宙が鳴動しているように聞こえてしまう。
この圧倒的スケールは、ベートーヴェンの第9を超えている???
しかも、曲が終わったのか、終わっていないのかわからない形で終わってしまう(笑い)。

誰が何といおうが、
第一稿の方がノヴァークやハース版よりも断然におもしろくて、ブルックナー的ですよ♪



☆よく、ドビュッシーやラヴェルなどのフランスのオーケストラ音楽が色彩的だといいますが、オーケストラの色彩的な扱いに関しては、リヒャルト・シュトラウスが名人的です。
◇と言いますよね。
そして、R.シュトラウスに匹敵するオーケストレーションの名人、達人は、
「シェヘラザード」の作曲で有名なリムスキー・コルサコフ、
「ローマの松」の作曲家、レスピーギだと。



回答、ありがとうございました。

投稿日時 - 2015-01-17 21:45:00

ANo.1

うーん、
・ドイツ音楽
「音楽の頂点は交響曲。
交響曲と言えば、ベートヴェン!とブラームス!。
特に第九 合唱だ!!ドイツの音楽は世界一!!!」
・オーストリア音楽
「人生はウインナー・ワルツ!
ワルツを聴きながら、踊り、飲み、笑おう!」
という、かんじですかね。

まー、普仏戦争でプロイセン中心のドイツ帝国できるまで、
現在のドイツもオーストリアも、チエコ・ハンガリー、はては現在のウクライナ西端までの
中欧東欧まで含め、、神聖ローマ帝国の残光の ほぼ 一つの国といえなくもない、
状態ですから。多分に
「ドイツ人は理屈っぽい」\(^^;)...
「オーストリアと言えば花のワルツの都ウイーン」(*^_^*)
わかりやすいステレオタイプの思い込みです。
思い込みですから、もっともらしく聞こえる。

※実際には、
ベートーヴェンもブラームスも、一流音楽家と世評高くなると
ウイーンに引っ越してますし。
交響曲の仙人ブラームスとワルツ王シュトラウス二世は
「一度あったら友達で、毎日あったら兄弟だ」的親友で、
演奏会をコラボしてたりしてます。

投稿日時 - 2015-01-17 13:53:16

お礼

ウィンナ・ワルツできましたか♪
確かに、ブラームス、ベートーヴェンにはヨハン・シュトラウスのようなメロディアスで洗練されたワルツや楽曲は書けないでしょうね。
ドイツの作曲家で、こうした曲を書くことができたとすれば、おそらくR.シュトラウスくらいなのではないでしょうか。

ですが、R.シュトラウスは、モーツアルトを尊敬し、神のように崇めていたらしいので、R.シュトラウスをあげるのは間違いなのかもしれない。
であるならば、
『魔弾の射手』で有名なウェーバーあたりになるのかと思って少し調べてみましたら、ウェーバーもオーストリアで音楽教育を受けているようなので、ウェーバーをあげることもできないようですね。
そうなると、メンデルスゾーンあたり以外いないのかもしれない。
やっぱ、ドイツ音楽はダサい、野暮ったい(ポリポリ)。


遅くなりましたが、こんにちは。


☆ドイツの音楽は世界一!!!」
◇ですか…。
ベートーヴェンやブラームスは大好きですが、
私はどちらかと言うとオーストリア音楽の方にシンパシーを感じますし、こちらの方を好んで聞いております。
そして、
ブラームスよりブルックナーの方が偉大だなんて考えております。


☆ウイーンに引っ越してますし。
交響曲の仙人ブラームスとワルツ王シュトラウス二世は
「一度あったら友達で、毎日あったら兄弟だ」的親友で、
演奏会をコラボしてたりしてます。
◇ブラームスとシュトラウスは仲がよかったらしいですね。

~~~~~~
シュトラウスと親交の深かったヨハネス・ブラームスは、後年シュトラウスの娘から彼女の扇子へサインを頼まれた際、この曲の一節を五線譜で書き「残念ながら、ヨハネス・ブラームスの作品にあらず」と脇に書き添えた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%8E%E3%81%97%E3%81%8F%E9%9D%92%E3%81%8D%E3%83%89%E3%83%8A%E3%82%A6
~~~~~~
というエピソードも広く知られています。

また、ブラームスは、ドボルザークとも仲がよかったようですね。
同時代のブルックナーとは関係が良好でなかったようですが…♪

 ベートーヴェン → シューマン → ブラームス
 ベートーヴェン → シューベルト → ブルックナー

交響曲作家としての系統もブラームス、ブルックナーでは異なりますし…。


回答、ありがとうございました。

投稿日時 - 2015-01-17 14:59:07

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