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解決済みの質問

空母赤城の処分について

 ミッドウェー海戦で被弾した空母赤城は自艦の
爆薬が誘爆し焼けただれて戦闘不能になりました。
しかし魚雷は受けていないので浮いています。

 国内では庶民の鍋、釜などの金属供出までして
鉄を集めている状況で、この何万トンもの金属を
魚雷で処分したのはなぜでしょうか。
日本に曳航してスクラップにして再使用することは
考えなかったのでしょうか。

 曳航中に船団が再度米空母の攻撃に晒されるからというなら
近くには戦艦大和など主力部隊もいるし、他の空母を呼び寄せて
赤城曳航を囮にミッドウェー海戦の報復戦をやってもいいように
思うのですが、どうなんでしょうか。

 

 

投稿日時 - 2014-11-05 22:03:57

QNo.8815213

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

popps さん、こんばんは。

 真珠湾も、ミッドウェーも空母の所在が分からなかったから、
囮でおびき寄せる、というのは簡単な話ではないでしょうか。
 まあ、勝ち負けはわかりませんが、準備万端対策を立てれば
劣勢挽回の目もあったのでは。


それは後知恵で不可能だと思います。あちらには空母が3隻健在でこちらは1隻です。当然使用できる航空機も少ないです。ほかの空母を要する部隊との距離もかなり遠くて移動展開をするのに10時間以上かかり、攻撃を仕掛けるには難しいのです。こちらの狙いは水上部隊をできるだけ敵艦隊に近づけるということですが、それでも敵の航空機の餌食になるでしょう。こちらの狙いといえば、潜水艦による捜索攻撃以外は期待できません。
とにかく連合艦隊の作戦立案能力に問題があったとしか考えられません。広い作戦域に薄く艦船をばらまいていますね。こんなのは邪道な考え方だと思います。これでは一つの部隊を攻撃されたときもう一つの部隊が支援に向かわせることができませんね。


国内では庶民の鍋、釜などの金属供出までして
鉄を集めている状況で、この何万トンもの金属を
魚雷で処分したのはなぜでしょうか。
日本に曳航してスクラップにして再使用することは
考えなかったのでしょうか。

これは戦争も後半に入ってからのことですから、時期的にずれていますね。

投稿日時 - 2014-11-08 19:11:37

お礼

 鍋・釜の供出はともかく、作戦立案能力の欠如は、
事前の兵棋演習でミッドウェー海戦は負けると判定
されたものを、参謀長宇垣纏が癇癪を起こし、無理無理
勝つまでやり直させた結果の現実で、おっしゃる通り
だと思います。

 アメリカは日本の暗号を解読していたが、攻撃目標が
特定できなかったので、カマをかけて「ミッドウェー島は真水
が不足している」とガセ情報を流すと、「〇〇は水不足らしい」
と日本がやり取りしているので、「ああ、目標はミッドウェーか」
とバレてしまいました。ババを見せてババ抜きしているような
もんです。

 回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2014-11-08 22:33:57

ANo.8

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回答(9)

ANo.9

>日露戦争時の山本権兵衛・陸軍の児玉源太郎
>のような先見の明は持ち合わせてなかったのでしょう。

ありましたよ。山本提督はアメリカに武官として赴任した経験があるので、アメリカの国力というものを知っていました。だから山本提督は対米開戦に反対していたのです。よりにもよって連合艦隊司令長官が戦争反対の立場なもんだから、当時の右翼は「奸賊山本を斬れ!」と息巻いていて身の危険にさらされたほどです。
また山本提督は開戦を連合艦隊司令長官で迎えるつもりはありませんでした。元々帝国海軍において連合艦隊が常設となって以降、司令長官は一期のみという慣例がありました。それは連合艦隊司令長官は激務であると共にプレッシャーもものすごいので勤められるものではなかったのですが、「どうか頼むからもう一期勤めてくれ」と三顧の礼で迎えられて、そのときに山本提督がもう一期勤めることとの交換条件としたのが一度は「無謀すぎる」という理由で却下された真珠湾奇襲作戦を認めることでした。山本提督は「それを認めてくれないならやらない」といって真珠湾作戦は実行されることになったのです。
またアメリカ軍にわざわざ心配されなくても、あの慣例主義の日本軍において慣例を破らなければならないほど人材はいなかったのです。他の皆さんは「連合艦隊司令長官で対米戦なんて無理」と固辞したのです。

また、ミッドウェー作戦にあたっては機動部隊に対して「上陸作戦の支援をしつつ、敵艦隊を発見したら撃滅せよ」と二重の作戦目標が示されていて、そのどちらを優先するかにおいては「適宜判断せよ」とガイドラインを示しませんでした。それがあの例の兵装転換のミスを招いたのです。
ただこの件に関しては私たちは当時の人々を批判する資格はありません。いま我が国は「景気回復か、それとも財政再建か」という国民生活の将来を左右する重要な岐路に立たされているにも関わらずそのどちらを優先するかを決断することができないのですから。

ミッドウェー海戦の兵力を比較すると、空母の数こそ日本側が1隻多いものの、空母艦載機の数を比較するとほぼ互角です。米軍側にはミッドウェー島の航空機もあるので、空母0.5隻分米軍が有利ともいえます。
日本側は米軍は出てくるまいと楽観視していたためあの奇襲にもつながったわけですが、実は米軍が出てきた理由は「日本軍が米軍は出てくるまいと油断」していることがわかったからでした。もし日本軍が万全の態勢で待ち受けるつもりであった場合は、米軍はミッドウェー島をくれてやるつもりだったのです。
「互角の兵力を用意できたし、日本軍は油断しているから出し抜けるかもしれない」と思ったので米軍は出撃したのです。だから、ニミッツはスプルーアンスに対して「空母を危険にさらすな」と厳命したのです。

そういう命令もありましたから、大破した赤城を米軍がリスクを負って攻撃することはなかったでしょう。炎上するものの浮いている赤城を沈めようとするならば、喫水線下に攻撃をしなければならないので雷撃機が必要ですが、このとき既にデバステーター雷撃機はゼロ戦の餌食になってほぼ全滅していたのです。
赤城を攻撃するとしたら、潜水艦を使ったと思いますよ。あるいはB17による高高度水平爆撃か。

この海戦の後の南太平洋海戦において、日本機動部隊は「最後の勝利」をします。しかしその後日本機動部隊は米軍に勝つことはできなくなりました。その理由は、パイロットが底をついたからです。
どのみち日本軍に残されていた優秀なパイロットの残りは「あと一海戦分」しかなかったといえると思います。

投稿日時 - 2014-11-09 02:08:50

お礼

当時の日米の国力差を認識していたのは山本
だけではないし、対米戦に反対していたのも
山本だけではなく、陛下の意向とはいえ、東条英機
も戦争回避に尽力しています。

 先見の明とは、日露開戦前、司令長官に日高壮之丞が
親補されるべきところを、東郷平八郎に代えた山本権兵衛、
(また、将来はアメリカが敵になると見抜いていること)
また陸軍の児玉は、参謀次長職は降格人事であるにも拘わらず
その職を受け、対露戦を研究し望みのない勝利より、負けない
戦いを考え、戦争が有利の状況でも講和の動きのない政府に、
戦場から帰国しどやしつけるような行動を言っているので、
山本五十六は開戦初頭のハワイ・マレー沖海戦以降どんな
構想を描いていたのか。無理無理ハワイ攻撃を認めさせておきながら
機動部隊の長官に南雲忠一は見る目がなかったとしか言いようがない。
適任者は小澤治三郎ではなかったか、山本はそこまで突っ込んで人事面を
考えなかったのか。先人と五十六の先見の明、どうですか。

 回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2014-11-09 14:51:49

ANo.7

WIKにもでてないですね。

うる覚えで申し訳ないけど、

軽巡長良による曳航が試みられたんじゃなかったかな?
しかし、曳航綱が切れてしまい、何度も試みたが、諦めたんじゃなかったかな?

飛龍のことだったら、ゴメンナサイ。

投稿日時 - 2014-11-06 09:15:26

お礼

 ロープが切れたら束にするとか、ワイヤーは
積んでなかったのでしょうか。最悪アンカーチェーン
でも使えると思いますが。
 結局、本気で曳航する気などなく、やれるだけ
やりましたと、パフォーマンスで言い訳の材料に
しただけですね。

 回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2014-11-08 22:49:33

ANo.6

最終的に、味方の魚雷で処分された「赤城」と「飛龍」の曳航による回収が可能だったのか?ということでしょうが、おそらく不可能だと思われます。

1万トンを超える艦であれば、駆逐艦クラスの艦では重たすぎて引っ張ることが難しくなりますが、空母のような大型艦は、仮に戦艦で曳航しても、出せる速力は最大でも8ノット(およそ時速15km程度)位しか出せませんし、当然ながら舵取りも困難で、敵に攻撃されれば格好の的にしかなりません。

また、炎上して戦場にある大型艦は非常に発見されやすく、曳航する艦だけでなく護衛の艦艇まで危険にさらされます。

主力空母を全て失って制空権も無く、いつ敵機が襲来するか分からない状況下で、この様な事を実行することの危険性を考慮しない指揮官が存在するとは思えません。

それは、「飛龍」を最後に処分に向かった駆逐艦「谷風」が米機動部隊の集中攻撃を浴びて、実に147発の爆弾を落とされたことを考えれば、被弾空母の曳航は無意味な犠牲を増やすだけの結果に終わるかと思われます。

(奇跡的に、「谷風」は全弾回避してみせましたが・・・)

ちなみに、当時の軍艦、特に大型艦は水線下が非常に頑丈だったので、仮に上部構造物が破壊され尽くしても浮かんでいることは普通にありました。

かといって、放置するわけにもいきません。

機関が停止して、浮いているだけの艦というのは相手に発見されれば簡単に鹵獲されてしまいます。

もし鹵獲されれば、消火後に艦内をくまなく調査されて、国の工業レベルに至るまで機密が暴露されます。

調査が終われば、修理されて鹵獲した国の戦力として復帰する可能性もありますし、損傷が激しくて使えない状態であっても、破壊された無残な姿は鹵獲した国の士気を高めるような、逆に鹵獲された国の士気を下げるようなプロパガンダに使うことも可能です。

このような事態になれば、いいことは全くありませんから、被害を最小限にするためにも、魚雷処分によって沈めるわけです。

ちなみに、ミッドウエー海戦が行われたのは、1942年6月5日~6月7日の3日間ですが、

残りの主力空母の内、「瑞鶴」は1942年5月、ポートモレスビー攻略作戦の支援に当たり、米第17任務部隊と交戦しました。

いわゆる「珊瑚海海戦」ですが、この時「瑞鶴」自体には直接損害は受けませんでしたが、多数の艦載機と搭乗員を失い、その再編のため日本本土へ戻っていたので、ミッドウェー海戦には参加できなかったのです。

次に「翔鶴」は「珊瑚海海戦」ではアメリカ海軍の空母「レキシントン」を撃沈、「ヨークタウン」を大破させます。

しかし「翔鶴」自身も数発の被弾を受け戦線を離脱し、しかも、搭載機の航続距離の限界から多数の未帰還機を出す事になってしまいました。

また、飛行甲板の損傷の修理に際して素人の工兵が熟練工を監督するという無茶苦茶な体制で作業が行われた為に、作業能率が上がらなかったという何ともお粗末な事情もあり、「瑞鶴」と同じくミッドウェー海戦には参加できなかったのです。

そのため、呼び寄せたくても無理な話です。

投稿日時 - 2014-11-06 01:03:17

お礼

 応援空母の要請は無理でしたか。

 ドイツでは祖国の名を”ドイッチュラント”と
言うそうですが戦艦「ドイッチュラント」を、
「祖国の名を冠した艦を失うと国民の士気が
下がる」と、ヒトラーの命令で「リュッツオウ」に
改称された例があります。がしかし、ミッドウェー海戦を
勝ち戦と発表する大本営が 赤城鹵獲サル と発表するわけ
ないですが。

 回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2014-11-08 23:10:38

ANo.5

えっとですね、確か右に舵が切れた状態でエンジンが動きっぱなしになっていたはずです。私が昔読んだ本で、大混乱になっていたので総員退艦の連絡が機関員に来ていなくて、閉じ込められて機関員が命からがら脱出したってのがありましたよ。だから機関員の人たちはエンジンをかけたままで脱出したはずです。なぜエンジンを止めなかったのかというと、ああいう超大型艦はエンジンを止めるのひとつも何十分もかかるわけです。そんなことをしている間に逃げられなくなったら大変だから、とにかく自分の命が最優先というわけです。

>国内では庶民の鍋、釜などの金属供出までして鉄を集めている状況で

それは昭和19年か20年になってからで、ミッドウェーの頃の昭和17年はまだそんなに切羽詰っていませんでした。なんせ開戦からまだ半年後の話でさ。まだこんときゃやられる前までは「ハワイまでいっちゃうよ~ん」と景気がいいことを考えていたのです。

投稿日時 - 2014-11-06 00:21:31

お礼

 山本長官の思考はハワイ、マレー沖海戦で
止まってしまったのかも知れません。

 日露戦争時の山本権兵衛・陸軍の児玉源太郎
のような先見の明は持ち合わせてなかったのでしょう。

 ブーゲンビル視察に際し、暗号解読した米軍は
「山本長官機を撃墜してもよいか」と上層部に諮ると、
「ヤマモトより有能な者が司令長官に就任すると困る。
特にタモン・ヤマグチに代わられては」
「ヤマグチは既に戦死しています」「そうか、ならばOK」
と言われる位、可もなく不可もなく程度の指揮官だったのでしょう。

 ミッドウェー海戦での山口多聞の進言、行動を聞くに
彼は非常時に際しても的確な判断が下せる有能な指揮官
だと思います。

 回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2014-11-08 23:51:06

ANo.4

曳航は無理です。
赤城が魚雷により処分された理由は、消火不能だったからです。

赤城はもと元々巡洋戦艦として設計されてますから装甲は厚いです。
この時の赤城は海に浮かぶ鉄鍋の中で、数多の爆弾、魚雷、20.3cm主砲弾を含む各種弾薬火薬、そして何より引火しやすい航空燃料をごっちゃ煮にして燃やしてる状況でした。
断続的に爆発を繰り返し、他の艦は近寄れません。
接舷しなければ消火剤も使えません。

鎮火まで数日は必要でしょうし、その後の安全確認にさらに時間がかかります。

さらに鎮火したとしても、赤城は約4万tの巨艦です。
曳航するには、それなりの艦と体制が必要でしょう。
(最低でも金剛クラスがほしい…)

また、日本が物質不足に陥ったのは補給路を断たれたもっと戦争後半(昭和18年末以降)の話です。
この当時は、日本軍優勢できており、そこまでの状況に陥ってないです。


次に、戦艦大和などの主力水上打撃艦隊についてですが…
おかしいと思いませんか?
なんで虎の子の空母四隻が前衛で、主力艦隊は後方なの?と…
答えは簡単。
主力艦隊が足手まといだからです。
この当時の大和は近代化改装を施されておらず、対空砲がありません。
従って航空機に対する有効な攻撃手段がありません。

だから空母による敵空母全滅を待って、航空攻撃の心配が無くなったあと、悠々とミッドウェー砲撃を行おうとしたのです。

ご存知の通り、対空母の航空戦において、戦艦の活躍の場はないんです。
何故なら、戦艦は空母に追い付けないからです。

大和はあの巨体にしては快速の27ノットを誇りますが、空母はその殆どが30ノット以上です。
また、戦艦がまっすぐ追いかけたとしても、航空攻撃を受ければ回避運動をとらねばならず、ますます追い付けません。
被弾すればそれはそれで速力落ちますし(汗)
仮に航空機を全て撃墜できたとしても、それはそれで空母がトンズラこくので結局一生追い付けないというね…

空母呼び寄せるにも次の日の朝一までに海域到達できる空母どこにいるの?…
しょうかくもずいかくもしゅうりちゅうだよおにいちゃん(;_;)

まごまごしてると制空権とられたまま、米水上艦隊ご到着みたいな死亡フラグ立ちかねません。
下手すると赤城は滷獲されます。

結局、赤城曳航するために敵地に延々留まるよりも、滷獲されないように沈めてさっさと逃げるのが正解だったわけです。

投稿日時 - 2014-11-06 00:09:41

お礼

まあ赤城を処分したのが正解かどうか分かりませんが、
菊の御紋の入った艦を自軍で沈めることに躊躇、葛藤は
なかったのでしょうか。

 回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2014-11-08 22:12:09

ANo.3

popps さん、こんばんは。

空母が自力航行ができない場合、曳航するしかありませんが、赤城位になりますと多分、戦艦を持ってこないと引っ張っていけないと思います。そして、その分速度も遅くなります。そこに敵空母からの航空攻撃や潜水艦の魚雷攻撃を受けるということを警戒しなくてはなりません。ですから足手まといになった赤城を魚雷で処分するというのは当たり前だと思います。
詳細は下記のURLを参照ください。


赤城
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E5%9F%8E_(%E7%A9%BA%E6%AF%8D)

投稿日時 - 2014-11-05 23:24:28

お礼

足手まといになるのを逆手に取った囮作戦は
考えなかったのか、ということです。

 真珠湾も、ミッドウェーも空母の所在が分からなかったから、
囮でおびき寄せる、というのは簡単な話ではないでしょうか。
 まあ、勝ち負けはわかりませんが、準備万端対策を立てれば
劣勢挽回の目もあったのでは。

 回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2014-11-07 23:18:39

ANo.2

外洋で航行不能の梶も動かないような大型船の曳航など危険で出来ません。

大体タグボートも有りませんね、他の艦船で曳航すれば同クラスの船を3隻くらいそのために戦線離脱させなくてはなりませんね。

>他の空母を呼び寄せて赤城曳航を囮にミッドウェー海戦の報復戦をやってもいいように思うのですが、どうなんでしょうか。
囮にはなりませんね曳航船も含めて攻撃防御能力が皆無になっていますから相手にしませんね。逆に囮にされて他の船に攻撃が集中するだけ。

それに金属供出が本格化するのはもっと後だし。

投稿日時 - 2014-11-05 23:11:50

お礼

 鍋・釜の供出は後の話としても、資源の逼迫は
戦争開始と同時に考えておくべきです。またそれが
対米戦の要因じゃなかったのでしょうか。

 囮作戦ですから「そら、アメリカが来なすった」
となれば赤城はほっぽり出して戦闘態勢を取れば
いいのでは。赤城大事に心中する囮作戦なんかは作戦には
なりません。山本長官は海戦中将棋を指していたそうですが、
戦争の次の一手は考えなかったのでしょう。

 回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2014-11-06 22:54:47

ANo.1

少なくとも、危険を冒してまで鉄を回収するのに戦力を使うなら、他の作戦をして、敵艦を奪ったほうがいいですよね。

で、敵国アメリカも戦艦はのっとられたくないのは日本軍と同じ事情だから、アメリカも日本も、戦艦を捨てるからには軍事機密ともども海の底に沈めるのも戦争の戦術ですよね。

投稿日時 - 2014-11-05 22:54:08

お礼

他国はともかく、艦首にある菊の御紋をなんと心得る
畏れ多くも… ということですが、連合艦隊司令長官の
権限は絶大ですが、本国と協議したのでしょうか、
山本長官の一存だったのでしょうか。

 天皇家の家紋の入った艦を友軍が沈めるのに躊躇は
なかったのだろうか。

 回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2014-11-06 22:17:34

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