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解決済みの質問

やりたいことがない

こんにちは。閲覧してくださってありがとうございます。

今私はとある国立大学の文学部2年生です。最近私が文学部にいていいのか悩んでいます。

高校時代からやりたいことが無く、理系か文系を選ぶ際も、数学が苦手だからという理由で文系にいき、大学を選ぶ際も、二次試験に数学が要らないところで、ある程度の学力のある大学に、ということで決めました。
しかし、いざ入ってみると、全くやりたいことが見つかりませんし、文学部の授業も面倒くさいとしか思えません。(一年次は専門の勉強ではなく、二年次から専門の勉強に入るので、そう判断するのは早とちりかもしれませんが。)
高校時代までは、××大学に行くという目標を決めさえすれば、そこに向かって勉強するだけで他に何も考える必要はありませんでした。今していることが将来に繋がるからです。しかし、大学では今の勉強が将来何の役に立つのか、また、それが就職に直接的に影響するのかを考えると、全く何も思い浮かびません。

今まで消極的に生きてきたせいもあり、自分で何かやりたいことを見つけることに対して億劫になっているのかもしれません。しかし、このままなんとなく過ごしてなんとなく大学生活を終えなんとなく就職するのは自分の中で納得は行きませんし、そもそもこのような態度で、就職できるかと言われたら、そんなに甘くないと思うので、とても不安です。ここで聞くこと自体、自分で考えようとしていないところが消極的かもしれません。

今医学部の部活のマネージャーをやっていることもあり、周りが医学科や看護の子ばっかりです。彼らは将来のことは決まっていますが、私は...と考えてしまいます。

文章めちゃくちゃですみません。心に思っていることをつらつらと書いてしまいました。相談できる友達も少ないので...

つまるところ、やりたいことを見つけるためにはどうしたらいいのでしょうか。

投稿日時 - 2014-04-16 13:56:59

QNo.8556697

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

ここで「やりたいこと」というのは大学の学部や専攻のことなのでしょうか。
もし、今のまま文学部でやっていくのがいやなので転部をしたい、あるいは受験をし直したいというなら、少しでも興味を持てそうなことがらについていろいろ本を読み、しっかり勉強したいという分野をみつけるしかないでしょう。
ではそういうものがみつからなかったらどうするか、といえばこれは仕方がないことなので、今の学部の中でいちばん興味の持てそうな分野を専攻してとにかく卒業するということしかなさそうです。
あなたのように積極的に「これを勉強したい」という気持ちが持てないままで卒業していく学生はたくさんいるでしょうし、そのこと自体はあまり問題ではないと思いますよ。「今の勉強が将来何の役に立つのか」「就職に直接的に影響するのか」などということは考える必要はないでしょう。特に文系学部の場合、何を勉強したって「就職に直接的に影響する」ことはあまりないでしょうし、勉強が「将来何の役に立つのか」分からないのもある意味では当たり前のことです。
あなたは多分とてもまじめな人なので、「積極的な意思を持って勉強しなくちゃ」と思っていらっしゃるのでしょうが、「私は絶対にこれを勉強する」という強い気持ちを持てる人は少数派でしょうから、「とりあえずこれをやろう」というような決め方をしたってかまわないと思います。「医学科や看護の子」は当然のこととして将来の職業のために勉強しているわけですから、そういう人と自分を比べる必要はありません。
「なんとなく過ごしてなんとなく卒業」するのが納得できないというのはわかりますが、意欲を持って勉強する分野がみつからないのであれば、勉強以外のことで卒業までの日々を充実したものにする道もありますよね。
勉強以外のことも含めて自分が何をやりたいのかわからない、ということなのかもしれませんが、その場合いちばん役に立つのは多分人との繋がりでしょう。自分と考えがあい、深い話ができる人、積極的に何かに取り組んでいる人と多く知りあえば、そういう人たちから刺激を受けて自分のやりたいことがみつかるかもしれません。また、繰り返しになりますがいろいろな本を読み、興味を持ったことがらについてはさらに読書を重ねていけばそれが糸口になるということも考えられます。ひとりで「私は何をしたいんだろう」と考えていてもわかるものではないので、人とのつきあいにせよ読書にせよ、自分が刺激を受ける機会を多く作るのがいいのではないでしょうか。

投稿日時 - 2014-04-16 16:08:17

お礼

人だったり本だったり、自分に刺激を与える機会を設けるのは大切なことですよね。そういった機会を自分で作ってこなかった結果がこうなのかもしれません。今から頑張ってみます、


なんとなく大学生活を過ごすのが嫌なのは、せっかくの4年もの長い期間があるのに、自信を持って遂げた、これがやりたくてやった、ということが無いのが勿体無いと思ってしまうからです。また、親に学費を出してもらってますので(奨学金を借りているのでその分は返しますが)、何も得られないまま大学生活を終えるのは申し訳ないと思います。

投稿日時 - 2014-05-14 13:15:20

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回答(7)

ANo.7

「やりたいことを見つけるためにはどうしたらいいのでしょうか」、ということですが、やりたいことというのは、「人生の仕事」と考えてもいいように思います。それが見つかればOKですね。(笑)

「一億総自己ベストの時代~人生の仕事の見つけ方」(三宝出版)という本がありますので、それを読んで視点を新たにしてはどうかと思いました。

投稿日時 - 2014-04-17 18:39:42

お礼

なるほど。
しかし、年をとってからでは遅いこともあると考えてしまい、どうしても不安です。将来やりたいことが見つかったとしても、それはもう年齢や状況的に不可能になるのではないかと思うと、つらいです。

本の紹介ありがとうございます。

投稿日時 - 2014-05-14 13:03:32

ANo.6

社会に存在する全ての仕事は業種と職種に分類されています。その中から少しだけ関心がある仕事を選び、必要な情報を集めれば有意義な時間を過ごせます。

特定の仕事に強い関心を持っていれば働くことが快楽になりますが、そのような仕事がない場合は趣味や人間関係に快楽を求めるしかありません。

投稿日時 - 2014-04-16 19:36:17

お礼

そうですね。実は私は趣味も無く、人間関係も保つのが面倒くさくて必要以上に関わることを拒んできましたので、もしかしたら、それが原因なのかもしれません。そこに快楽を求められるように新たなことに挑戦する必要がありますね。そういったことに対してエネルギーを使うことすら億劫になってしまっているので、それをなんとか直したいと思います。
ご回答有難うございました。

投稿日時 - 2014-05-14 13:06:57

ANo.5

>ここで聞くこと自体、自分で考えようとしていないところが消極的かもしれません。

さすが国立大に行くだけあって、賢いですね・笑。そのとーり!といえばその通りです。
だいたい、簡単になれるもの、できることならそんなに強くは思いません。車の免許を取るのが俺の人生のテーマなんて人はいませんよね。しかしある程度以上のことであればそう簡単に見つかるというものでもありません。

はっきりいってしまえば、大人たちもそんな偉そうなことはいえないのです。新橋駅前のサラリーマンのおじさんに「あなたがいる会社はやりたかった業界で、やりたい仕事をやっていますか?」と聞いたなら、多くの人が「なんとなく入った会社で与えられた仕事をなんとかかんとか頑張ってきたらここまできた」と答えると思います。またサラリーマンなら、希望しない部署に配置されるのもよくあることです。企画だの広報だのなんてそんなに簡単にやらせてはくれません。また、「配置を熱望した部署を命じられて、ついに叶ったと夢と希望に燃えてその部署に行ってみたら、現実はまるで違っていて失望した」なんてことも実によくある話です。誰だって、多かれ少なかれそういう経験をしています。

さりとて、国立大にまで行くほどの頭の人がただ「与えられた仕事をこなすだけ」ではちょいと人生寂しいですね。
やりたいことが見つからないのはしょうがないです。私たちは、そういう教育を受けてきたのです。お前の任務は勉強をしてテストで良い点を取り、偏差値の高い学校に行くことだと教えられて大学まできたわけです。それに順応すれば順応するほどよい成績がとれます。「なんで僕は勉強しなければいけないんだ。こんなことをやる意味は何だ」なんて考えちゃったら受験の戦いから落伍してしまいます。何も考えずにそれに従ったからこそいい大学にも行けたわけです。皮肉といえば皮肉だよね。

では今後ですが、聖書にも「求めよ。さすれば与えられん。探せ。さすれば見つからん」とあります。
自分なりに探せばいいのです。若いうちは失敗が許されます。ちょっとやりかけて「やっぱり違った」と辞めてもあまりダメージにはなりません。自分のやりたいことはなんだろうと悩みながらいろんなことにちょっかいを出してみるが良いです。
文学部なんて、はっきりいって何の役にも立たないじゃないですか・笑。いや失礼。まあ金になる学部ではないです。ただ、いろんな人生経験をすれば文学への取り組み方もまた変わってくるものですよ。
Eテレの番組で「幸福論」についてやっていたのを見たのですが、そのときに井原西鶴の「好色一代男」と「好色一代女」を取り上げていたんですね。わたしゃそれまで井原西鶴ってのは単なるエロ小説家だと思っていたのですが、実はすごい作家だったのだなあというのを知りました。それが分かるようになったのも、男女の様々な経験をしたからです。好色一代男では英雄譚ぽい展開なのに、好色一代女は若い武士が尼僧になった老齢の彼女の元を訪ねるところから始めるなんて憎いよなあ。男女の幸福感の違いがちゃんと分かっていらっしゃる。

投稿日時 - 2014-04-16 19:14:15

お礼

ご回答ありがとうございます。

経験ですか。私は何事にも消極的なので明らかに経験が足りていません。探すことさえ面倒になってしまっているので、なんとか気合を入れ直して探してみたいと思います。

投稿日時 - 2014-05-14 13:10:45

ANo.3

確かに、「学歴」は無いより有るに越した事はないよね。
ただ、それが全てって訳でも無い。

物語には「ハッピーエンド」があるものだけど、「現実」は「続いて行く」のだから、実際どんな答えが出るのかは、誰にも分からなかったりする。
ただ、「今」の時間を正解にしようと努力し続ける者だけが、いつかその答えに辿り着けるのかも知れないね。

>つまるところ、やりたいことを見つけるためにはどうしたらいいのでしょうか。

君は、「やりたいこと」は分からないでいるようだけど、逆に「やりたくないこと」だけはハッキリと分かってるんだろ?

だから余計に、「やりたいこと」が見つけられないんじゃないのかな。

大学に行く事で、職業の選択が高卒よりも広がる事は確かだけど、その反対に、「やりたくない」「やれない」事も増えていったりするのではないかと思う。

変な言い方だけど、「せっかく大学まで行ったのに」とか「何の為に大学に入ったんだ」とか、そういう意識は、今の学歴社会、自身にも周りにも、少なからずあるのではないかと思う。
そういう意識は、本当に自分のやりたい事や、好きな仕事を見つける際に、逆に選択の幅を狭める事になるのではないだろうか。

自分、思うんだけど、「やりたい事が見つからない」からと言って、「やりたい事以外」の事、全てが「やりたくない事」とは決まっていないのではないかと思う。

どうしても答えが見つからないような時は、確かに「消去法」を使う事もあるけれど、それらは本当に自分自身で納得して、絶対後悔しないと思えるものを選んで消していっているのかな?

消極的な人にはありがちだけど、「ただ何となく」で避けていたものは、本当はたくさんあったのではないだろうか?

やって見れば意外と面白かったり、始めて見れば意外とハマったり、そんなものはこの世にたくさんあるんだよ。

「考えるだけ」では何もしない事と一緒だし、「考えない」事は可能性を見過ごしているのと同じ事。

「君自身が可能性そのもの」なんだから、それを自分で探して色々と試してごらんよ。
君自身がまだ気付いていない可能性は、もっとたくさんあるのだと思うよ。

やりたい事が見つからないと言う事は、これから見つけるチャンスがあると言う事だろ。

逆にやりたい事が見つかれば、その為に他の可能性が狭まる事になるけれど、それでも構わないと思えるくらい、努力に値する可能性が見つかるといいね。
心の視野を広げたり狭めたりしながら、これからも頑張って欲しいと思う。

投稿日時 - 2014-04-16 15:49:01

お礼

回答ありがとうございます。

やりたくないこともはっきりはしていません。面倒くさいことはひたすらやりたくないのです。そういう意味では考えることすら放棄して、自分のことなのにも関わらず、全部他人任せになっているのかもしれないです。

でも、やってみて意外に面白かった経験は今までもあるにはあると思います。結局、やってみないとわからないということですよね。
もっと色々な可能性を考えて行動したいと思います。

投稿日時 - 2014-05-14 13:21:30

tanayahi さん、こんにちは。

ご質問読ませていただきました。全体に「甘え」が漂っていますが、タイトルの「やりたいことがない」というのは、「人生なんてそんなもの」とは言いませんが、そんなに気にすることはないと思います。

人生には、岐路が常にあります。その時、あなたのご質問にもあるように、消極的というか、「苦手に対する消去法」で選んでしまいます。しかし、ほとんどの人が、「これは苦手」とか、「これは無理」とか、「いろいろ考えたけど、これしか道はない」とか、そういうことで、生きているのです。ただ、一生懸命生きているか、不真面目に生きているかの差だけです。

普通誰でもぶつかる壁なのですから、特に、「消去法的選択」をしてくると、「全くやりたいことが見つかりません」という壁にぶつかるのは当然です。むしろ、「よく、気がつきましたね」という気がしますし、大学生の時で良かったと思いましょう。考える時間も、反省する時間も、有り余るほどあるのですから。それだけでも幸せだと思い、しっかりと考えましょう。皮肉ではなくて、「文学部」には、最も大切なカリキュラムだと思って、1週間くらい徹夜で考えましょう。(*^_^*)何かが見いだせると思いますよ。

「××大学に行く」というのも、目標ですから、「目標があって良かった」と考えれば良いのです。

「将来何の役に立つのか」とか、「就職に直接的に影響するのか」とか、そんなくだらないことを考えるのが「文学部」なのでしょうか?あなた次第で、人生で、もっとも、自由で、想い出に残る4年間になります。無為に過ごせば「青春の無駄遣い」ですが。

「目的」なんて、これから、嫌でも「目的」の方から、あなたが消化しきれないくらいに襲ってきます。

最後に一言。「ここで聞くこと自体、自分で考えようとしていないところが消極的かもしれません。」……「消極的」というよりも、「文学部失格」ですね。「目的も、あてもなく、ただ考えること」が文学部の目的かも?知れません?
<(_ _)>

投稿日時 - 2014-04-16 15:11:34

お礼

回答ありがとうございます。
よく色々な人から甘えるなと言われます汗。

友達の話を聞いたり先輩の話を聞いたりすると、やはりこれこれがやりたい!といっている人の方が少ない気がします(医学科生でさえです)。それが普通で、それに甘えてなんとなく日々を過ごしている自分がいけないのだと思いました。

人との関わり合いも勉強もずっと嫌いだった自分にとって、それを克服する最後のいい機会なのかもしれないです。そのために青春を使ってもいいのかもしれないと思いました。

投稿日時 - 2014-05-14 13:27:19

ANo.1

先週 ハノイ長期滞在の子の処に行って来ました
部屋数が幾つか在る住まいなので 色んな人が宿泊する様

日本でニートだった子等が ハノイで仕事見つけた事も聴きました

日本企業の現地社員になってる人は 雇用条件が悪いに関わらず
次の外国地に今年は 行くのだとも聞きました

日本では 就活条件だとか 何の為に生きるのだ とか
此の欄の質問 又 失敗して落ち込んだとか 有りますが
ハノイで元気な 意欲満々な若い人に出会って来ました 

投稿日時 - 2014-04-16 14:15:22

お礼

回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2014-04-16 14:20:08

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