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(6) On March 15, the day known in Rome as the Ides of March, Caesar went to a meeting of the Senate. As usual, he had no bodyguards. On the way, a soothsayer─a “truth teller” who can tall the future─stopped him with a warning: “Caesar, beware the Ides of March.” (The Romans called the middle day of the month the “Ides”; it usually fell on the 15th.) The dictator ignored him and walked on. But when he arrived at the meeting place, a group of senators─mostly old friends and men he had pardoned and promoted─surrounded him. They quickly closed in and, drawing their knives, began to stab him. Bleeding from 23 brutal wounds, Caesar fell and died at the base of a statue he had commissioned: a statue of Pompey─his rival and friend.
(7) Who was this man who stirred such a powerful mix of love, admiration,fear, and hatred?
(8) Julius Caesar was born into a noble family, but he always supported the rights of the common people. He was the plebeian's favorite politician. They believed that he understood and cared about their needs. He did, but he was no saint. He was practical, strong willed, and hungry for power. Street-smart, he made very few mistakes, and he knew how to take advantage of the mistakes of his enemies.
(9) In 60 BCE, Julius Caesar wanted to become a consul, but he was broke. He had already spent everything he had (or could borrow) to pay for his political career up to that point. He needed money and he needed help. So he made a bargain with two other men who also needed something: Cicero's friend Pompey and Crassus, the richest man in Rome. The three formed the First Triumvirate.

投稿日時 - 2013-05-29 20:46:27

QNo.8110902

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(6) 3月15日、この日は、イデス・オヴ・マーチ(3月の中日)として、ローマでは知られていましたが、シーザーは、元老院の会議に出席しました。いつも通り、彼は護衛をつけていませんでした。途中、予言者 ─ 未来を告げる「真実の語り部」が、彼を止めて警告しました:「シーザー様、イデス・オヴ・マーチ(3月15日)にはお気をつけなさいまし。」(ローマ人は、月の中日を「イデス」と呼び; それは、たいてい15日に当たりました。)ディクタトル(独裁官)は、彼を無視して、歩いて行ってしまいました。しかし、彼が議場に到着すると、一団の元老院議員 ― 大部分が、彼が特赦したり、昇進させた古い友人や部下でした ― が、彼を取り囲みました。彼らは、素早く襲ってくると、ナイフを引く抜き、彼を突き刺し始めました。23個所の酷い傷から血を流しながら、シーザーは倒れて、彼が依頼した像:彼のライバルであり友人であったポンペイウスの像の台座の所で死にました。

(7) 愛情、賞賛、恐怖、憎悪のこれ程入り混じった強い感情をかき立てたこの男は、どんな人物だったのでしょうか?

(8) ジュリアス・シーザーは、貴族の家に生まれましたが、彼は常に平民の権利を支持しました。彼は、平民の大好きな政治家でした。彼らは、自分たちの要求を彼が理解し、気にかけてくれると信じていました。彼は、実際そうしました、しかし、彼は、聖人ではありませんでした。彼は、実際的で、強い意志があり、権力に飢えていました。世なれた抜け目のなさがあったので、彼はほとんど間違いをしませんでした、そして、彼は敵の間違いを利用する方法を知っていました。

(9) 紀元前60年に、ジュリアス・シーザーは、執政官になることを望みましたが、彼は、破れました。その時点までに、彼の政治経歴を築くために払わなければならなかった(あるいは、借りることができた)すべてを、彼はすでに費やしていました。彼は資金を必要としました、また、彼は援助を必要としました。それで、彼は、同様に何かを必要としていた他の2人の男と取引をしました:キケロの友人ポンぺイウスとローマで最も金持ちの男クラッススでした。この3人は、第1回三頭政治を組織しました。

投稿日時 - 2013-05-30 02:07:43

お礼

ありがとうございます。

投稿日時 - 2013-05-30 08:33:02

ANo.1

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