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解決済みの質問

大名の一人称

時代劇を見ていると大名の使う一人称に、「わし」と「余(予)」があるみたいです。
位の高い人の方が「余」をよく使ってるように思われます。
また江戸時代より戦国時代の大名の方が「わし」率が高い気がします。
こういう使い分けに何か基準があるのでしょうか?

投稿日時 - 2011-10-14 17:38:33

QNo.7071276

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

>史実における大名はどのような一人称を使っていたのでしょうか?

講談社のHPで「小川恭一翁柳営談」を読むことができたのですが、今は削除されてしまったようです。
面白かったのでプリント(40ページ)していますので、抜粋します。
小川恭一翁に記者が質問した内容をまとめたものです。

(以下抜粋)
殿様は主語をつかわない。
さて、あれこれ殿様のことばづかいを記してまいりましたが、ここでお気づきのことはないでしょうか。
一人称がないのです。
テレビや映画のセリフでは、「予は苦しうない」のように「予」とか、お公家さんなら「まろ」のような一人称代名詞が出てきますが、そんなことはないのです。殿様は大名家の頂点ですから「自分は」と断る必要はない。したいことをいえば、殿様自身のことに決まっているわけです。
60年も前のことですが、三田村鳶魚翁は私(回答者注:小川恭一翁)に向かって、「最後の殿様」といわれた広島藩主・浅野長勲(ナガコト)公にご質問をされた折のことをよく話してくださいました。
「小川君、チョウクンさま(翁は老侯爵をこうお呼びしていました)はね、“殿様は主語をつかわない”とおっしゃるんだよ。」
家臣たちにはむろ一人称が存在します。
(以上抜粋)

小川恭一氏。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%B7%9D%E6%81%AD%E4%B8%80

投稿日時 - 2011-10-15 09:52:19

お礼

ご回答ありがとうございます。

なるほど、そもそも殿様は一人称自体あまり使わないんですね。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2011-10-15 12:04:44

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回答(5)

ANo.4

まぁ、時代劇とか(最近ではNHKの大河ドラマですら)ほとんど時代考証なんて行われておらず、作り手の意図的・無意識的な創作が多く含まれています。
なので、「時代劇=史実」とは思わず、あくまでも「フィクション」として楽しむのが良いでしょうね。
これは別に言葉使いやストーリーだけでなく、町並みや小道具とかも含まれますけどね。
とはいえ、「客観的史実」なんて求めるだけ虚しいだけですけど。

さて、本題ですが、

>こういう使い分けに何か基準があるのでしょうか?
>時代劇においてはおっしゃる通りかと思いますが、史実における大名はどのような一人称を使っていたのでしょうか?


ぶっちゃけ「分からない」が答えなのかもしれません。
その理由としては、日本語に「一人称」と明確に言えるものは存在しないと言えるくらい、一つの言葉で様々な人称や意味をもっているからです。


「一人称」という言葉は、欧州の言語学が日本に入ってきたときに訳されたモノです。
欧州の言語学の中心は、当然欧州諸語となります。
そして、欧州の多くは「一人称代名詞」は一つしか持たない言語が多く(英語なら「I」、仏語なら「je」など)日本語の実状とは大きく異なります。(というより、日本語ってのはどこの語族に所属するか分からない謎の言語なんですよ)


閑話休題。
たとえば、「我(われ)」ということばですが、

・一人称
「我は京人にも侍らず、高き宮仕へなどもし侍らず」
(訳)「私は、都の生まれでもありませんし、高きお屋敷への奉公もしておりません」

・二人称
「我は京の人か。いづこへおはするぞ」
(訳)「あなたは都のひとか。どこへいらっしゃるのか」

と、なりつかう場面で一人称か二人称か変わってきます。

別の例ですと、「麻呂(まろ)」という言葉は一人称ですが、平安時代には身分の上下・男女の差なく使われていたようです。(現代、主に時代小説などのフィクションもので公家言葉として描かれるようになり、そういうイメージが付いた)

因みに「余(予)」は「われ」と読みます。(意味は我に準じる)
こちらも、身分や男女関係なく使われていましたが、戦後の時代小説やフィクションもので「ヨ」と音読みして君主や貴族などの身分の高い人が使う一人称として定着しました。

ということで、件の史実における一人称ですが、これもやはり明確な基準は存在しません。
理由としては、日本語の一人称というのは自分や相手の立場や会話・文脈、男女などの状況によって大きく左右されるからです。
表現豊かといえば豊かですが、曖昧で分かり難いといえば分かり難い。
「言語学者泣かせ」な言語ですね。

ではでは、参考になれば幸いです。

投稿日時 - 2011-10-15 02:39:42

お礼

ご回答ありがとうございます。

言われてみれば日本語は曖昧模糊としてますね。
古典を読んでると、人称代名詞に限らず主語や目的語が省略されてる事が多いようです。

投稿日時 - 2011-10-15 12:03:18

ANo.3

時代劇での表現をあれこれ詮索するのは無意味です

監督や脚本家の好みが反映されているだけです

投稿日時 - 2011-10-14 21:40:32

お礼

ご回答ありがとうございます。

時代劇においてはおっしゃる通りかと思いますが、史実における大名はどのような一人称を使っていたのでしょうか?

投稿日時 - 2011-10-14 23:26:54

ANo.2

 >こういう使い分けに何か基準があるのでしょうか?

 時代劇なので、監督とか脚本家とか演出家の意向です。時代劇なので、時代考証は正確に合わせようとしているでしょうけど、正確でなくても構わないわけです。基準はそのヒトたちが作ってます。

投稿日時 - 2011-10-14 20:48:01

お礼

ご回答ありがとうございます。

時代劇においてはおっしゃる通りかと思いますが、史実における大名はどのような一人称を使っていたのでしょうか?

投稿日時 - 2011-10-14 23:26:25

時代考証をする人間ではないので正確ではありませんが、

時代劇は主役や正義の味方をよく見せるために、悪役の言葉や動作を滑稽なものや下品に変えることが多々あります。

「わし」は、滑稽/下品に見せるためのものと思います。

投稿日時 - 2011-10-14 17:50:04

お礼

ご回答ありがとうございます。

時代劇においてはおっしゃる通りかと思いますが、史実における大名はどのような一人称を使っていたのでしょうか?

投稿日時 - 2011-10-14 23:19:09

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