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解決済みの質問

古代インドのヒンドゥー教について

古代インドのヒンドゥー教について調べているのですが、現在のヒンドゥー教と何が違うのかわかりません。
詳しい方ぜひ回答お待ちしています。

特に日常生活に関わりがあることについて知りたいです。(例:食文化や慣習など)
また、古代インド内での社会的影響力についても参考程度に教えていただきたいです。
どれか一つでもいいのでよろしくお願いします!

投稿日時 - 2011-08-30 17:36:42

QNo.6978061

すぐに回答ほしいです

質問者が選んだベストアンサー

慣習に限定すると

古代インド、ヒンドゥー教が国教化されたグプタ朝では
ヒンドゥー教が唱導するカースト制が強化されました
カーストに反対する仏教やジャイナ教は極めて弱体化し
哲学的学派を除きキリスト教、仏教、後のイスラム教のような異端は一掃されたためです

現代インドでは表面上憲法でカースト制による差別撤廃されていますが
実際には社会的に介在しているため現代で下位カーストに属する人々は海外に移住し
医者やIT関連の技術者として高額所得者になる人々も多い
(イギリスの医師の3割、NASAの技術者の2割はインド系)

あとは女性の立場
儒教や封建社会下の日本のように三従が求められました
家では父に、結婚すれば夫に、夫が死ねば子に従属せよとの教えです

現代では撤廃されたはずなのにごくたまにニュースになり驚かされる寡婦焚死も古代ではかなり頻繁に行われたようです

あとはグプタ朝での公用語がサンスクリット語、現代インドの公用語はヒンディー語であることですかね


長文失礼致しました

投稿日時 - 2011-08-30 22:49:02

お礼

「撤廃」とはいってもやはり水面下には残ってしまうものなんですね・・・
でも海外に移住して成功している方がそんなに多いとは!
まさに知りたかったことにドンピシャだったのでBAにさせていただきます
ありがとうございました!

投稿日時 - 2011-08-30 23:51:10

ANo.2

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回答(2)

ANo.1

歴史
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%BC%E6%95%99#.E6.AD.B4.E5.8F.B2

ヒンドゥー教はキリスト教やイスラム教のような、特定の開祖によって開かれたものではなく、インダス文明の時代からインド及びその周辺に居住する住民の信仰が受け継がれ時代に従って変化したものと考えられている。したがってヒンドゥー教がいつ始まったかについては見解が分かれている[12]。


インダス文明時代

インダス文明(紀元前2,300年 - 1,800年)のハラッパーから出土した印章には、現代のシヴァ神崇拝につながる結跏趺坐した行者の絵や、シヴァ神に豊穣を願うリンガ崇拝につながる直立した男性性器を示す絵が見られる[13]。しかしインダス文明の文字は解読できていないので、後代との明確な関係は不明である。


ヴェーダ聖典

ヴェーダはインドで最古の聖典類である。最も古い『リグ・ヴェーダ』は紀元前1,200年から1,000年頃にインド北西部のパンジャブ地方でアーリヤ人によって成立したと考えられている。ヴェーダの内容は下記のように分類されるが、狭義にはサンヒターのみを指す。
サンヒター(本集) 『リグ・ヴェーダ』(賛歌)
『サーマ・ヴェーダ』(歌詠)
『ヤジュル・ヴェーダ』(祭詞)
『アタルヴァ・ヴェーダ』(呪詞)

ブラーフマナ(祭儀書)
アーラニヤカ(森林書)
ウパニシャッド(奥義書)

ヴェーダには多数の神が登場するが、その中で重要なのは雷神インドラ(日本では帝釈天)、アグニ(火の神)、ヴァルナであった。現在では前述のヴィシュヌ神等に押されて影が薄い。ヴェーダの宗教がバラモン教と呼ばれる。『リグ・ヴェーダ』に登場する神々は、各々が独立した個性を有しているわけではなく、属性や事績を共有することが多い。また後のヒンドゥー教で見られる人格神的な形態を取らず、神像や恒久的な寺院建造物の存在も確たる証拠は見つかっていない。バラモン教の祭祀は具体的な目的に対して行われ、バラモンが規定に則って空き地を清め、そこに目的に応じた特定の神を招き、供物や犠牲を祭壇の火炉に捧げる「供犠」が主体であった[14]。

現在のヒンドゥー哲学の基本となる「因果応報」「霊魂不滅」「輪廻転生」などの諸観念の淵源は、ウパニシャッドが完成した頃まで遡れる[15]。ウパニシャッドは紀元前800 - 500年頃にガンジス川流域で作られたインド古代哲学の総称である[16]。なおヴェーダに登場するヴィシュヴァカルマン神(造物や工巧の神)は、現在でも物造りの神様として、インドの各工場で祀られている。現在この神の祭りは毎年9月17日に行われている。


バラモン教からヒンドゥー教へ

バラモン教はインドを支配するアーリア人の祭司階級バラモンによる祭儀を重要視する宗教であった。紀元前5世紀頃に、バラモン教の祭儀重視に批判的な仏教とジャイナ教が成立した。更にインド北西部は紀元前520年ころにはアケメネス朝ペルシア、前326年にはアレクサンダー大王に支配された。その後仏教はアショーカ王(在位紀元前268年頃 - 紀元前232年頃)の帰依などにより一時期バラモン教を凌ぐ隆盛を示した。この時期にヴェーダを基本とする宗教であるバラモン教は「支配者の宗教」からの変貌を迫られ、インド各地の先住民族の土着宗教を吸収・同化して形を変えながら民衆宗教へ変化していった。このため広義のヒンドゥー教にバラモン教時代を含める場合もある。ヒンドゥー教にはバラモン教の全てが含まれているが、ヒンドゥー教の成立に伴って、バラモン教では重要であったものがそうでなくなったり、その逆が起きたりなど大きく変化している。 紀元後4世紀頃、グプタ朝がガンジス川流域を支配した。グプタ朝はチャンドラグプタ2世(在位紀元385年 - 413年)に最盛期を迎えるが、このころに今もヒンドゥー教徒に愛されている叙事詩『マハーバーラタ』と『ラーマーヤナ』がまとめられるなど、ヒンドゥー教の隆盛が始まった。

バラモン教は上記のように具体的な目的に対して神に「供犠」を捧げる、いわば「ギヴ・アンド・テイク」の宗教であったのに対し、ヒンドゥー教ではヴィシュヌ神のような至高の神への絶対的帰依(「バクティ」と呼ぶ)に基づく信仰態度が多くの大衆に受け入れられ始めた。この時期に六派哲学と呼ばれるインドの古典哲学が確立し、互いに論争を繰り広げた[17]。
ヴァイシェーシカ学派:多数の実在を認め、物質を無数の原子からなるものと規定した。
ニヤーヤ学派:実在を認めつつ、主宰神「シヴァ神」の証明を試みた。
サーンキヤ学派:世界は精神と物質から成るとした「二元論」を展開した。純粋精神が物質から離れた時に「解脱」が達成されるとし、最高神の存在を認めない。
ヨーガ学派:教説のかなりの部分をサーンキヤ学派と共有するが、最高神の存在を信じる。「解脱」の手段としてのヨーガの行法を発達させた。
ミーマーンサー学派:ヴェーダの「供犠」を受け継ぎ、正しい祭祀が(神を通さず)直接果報をもたらすものとした。
ヴェーダーンタ学派:根本聖典『ブラフマ・スートラ』に則り梵我一如を追求した。この学派がその後のヒンドゥー教の正統派の地位を継続している。


不二一元論とバクティー

ヴェーダーンタ学派の思想の中で最も有名なものに不二一元論がある。これは、精神的実在であるブラフマン(梵)またはアートマン(我)以外に実在する物は無い、言い換えれば「今目の前にある世界は幻影に過ぎない」という思想。この思想を突き詰めてゆくと、シャンカラ(700年 - 750年頃)の説くように「ブラフマンは人格や属性を持たないもの」となり、無神論的一元論に達する。この教義は現在でもヒンドゥー教の正統派としてインドの5箇所の僧院で代々「シャンカラ師」の名を継承する学匠によって不二一元論の法灯が維持され続けている。この頃南インドでは「至高の神への絶対的帰依」、「自己犠牲をいとわない神への奉仕」を信仰の柱とするバクティと呼ばれる信仰形態が顕在化し始めた。このバクティに関して、12世紀から13世紀にかけてヴェーダーンタ学派の学匠達によって「ヴィシュヌ神」を崇拝する信仰が理論化された。バクティーは一般庶民の信仰形態として現在まで広く行われている[18]。不二一元論とバクティは正反対とも言える形態だが、現在のヒンドゥー教の中では問題なく同居している。


その後のヒンドゥー教

カジュラーホーのヴィッシュワナータ寺院(1002年頃)シヴァ神を祀る。寺院の壁面には多数の彫刻が浮き彫りされている
その後北インドではイスラム教徒の征服王朝が交代する時代に入る。タージ・マハルなど北インドの著名な文化財はイスラム教様式である。しかし庶民や南インドの王朝はヒンドゥー教を信奉した。ヒンドゥー教では ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァが3大神とされた。各神は多様な側面を持ち、その性格は一様ではない。その中でヴィシュヌやシヴァは民間宗教の神を取り込んでゆき、多様な神話を通じて多くの信徒を有している。

ヒンドゥー教の複雑さ・分かりにくさの一例として、たくさんの神々を崇める多神教としての姿、シヴァまたはヴィシュヌを至高の神とする一神教的な姿、教理を哲学的に極めた不二一元論のような無神教としての姿、のをすべてを内在している点が挙げられる。さらには19世紀の著名な聖者ラーマクリシュナは、厳しい修行の末にヒンドゥー教の奥義に達した後、イスラム教やキリスト教の神までも感得し、『世界の全ての宗教は神に至る道』[19]と説いてインド社会に大きな影響を与えた。


現代のヒンドゥー教

詳細は「ヒンドゥー教徒」を参照
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%BC%E6%95%99%E5%BE%92

投稿日時 - 2011-08-30 20:51:23

お礼

お早い回答ありがとうございました!
とても内容が詳しくて助かりました。wikipediaうっかり確認していなかったので…!
やはり宗教は難しいですね。とても参考になりました!

投稿日時 - 2011-08-30 23:48:32

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