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解決済みの質問

男性とスカートの関係について疑問です

2つ質問です。
1つ目
どうして男子はスカートを穿かないのでしょうか?
一部ではスカート男子というのが居ますが、ごく少数なのでそれは除いての話です。
元々はスカートは女性だけの物ではなかったと思います。
日本の和服も浴衣等は広い意味で言えば、ワンピーススカートみたいな物です。
スコットランドではキルトという民族衣装が有名ですし、欧州を中心に大昔から中世ぐらいまで着られていた物で、チュニックがありますが、あれも広い意味で言えば、ワンピーススカートみたいな物です。
男女共に着る物です。
どうして現代にそれが繋がらなかったのかが不思議です。

二つ目。
稀に極端な人だと、男がスカートを穿くと言うだけで、「変質者」扱いする人がいますが、なぜでしょう?
確かに少数派だから、変わっていると言えば変わっているとは思いますが、なぜ変質者?と思います。
変わってるとか、少数派という意味と、変質者は全然違うと思います。
スカート男子に対して使うのは適切では無い言葉だと思いますが、どういうことでしょうか?

以上二つ気になります。

投稿日時 - 2011-08-06 15:31:53

QNo.6925252

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

衣服というのは実用以外にも、その人の立場や身分や社会での役目を表す「衣装」であるという機能を持っています。
つまり知らない人を見る場合に、その人の職業等を象徴している服を見て判断するわけです。何かを演じる場合「装う」と言いますけれどその役を表す衣装を着て社会を演じているわけです。
その約束事は合理主義からとは限らず、風習とか伝統とかで決まっているわけですが、現代ではヨーロッパ主導というか単純化単一化という傾向があるのではないでしょうか。
民族独特の衣服体系が死滅しつつあり、過去のあるスタイルのまま保存されるものでしかなくなってしまっているからそのスタイルを元にした今日的発展形態などというのには思いが至らないわけです。
ふんどしが正装であった部族が文明化されてパンツを履いているようなものです。お祭り以外でふんどしで歩くのは恥ずかしい事になってしまったわけです。
世界の社会や経済が今ひとつのスタイル・世界体制に呑み込まれて行っている事と無縁ではないでしょう。

そういうわけで今日男子がスカートを穿くというのは合理主義を理由としていてもそういうふうには受け取られないという状況だと思われます。花森安治は日本の敗戦を契機にして合理主義の見地から男もスカートを取り入れるべきではないかという主張でスカートを穿いて仕事をしていたそうですが、そのような行為は実はそれまでの価値観に対する疑いを、無意識か意識的かはわかりませんが、表現するものであったろうと、今からは考えられるのです。

というわけで「変質者」という非難に対して単に美観から、合理主義からという反論を用意していたとしてもそこには敢えてその非難を受けるという挑戦が含まれている事は否定できないんではないかと考える次第です。
また非難する側にもスカートそのものよりもそのような挑戦に対する反動・反発というのは充分意識されているわけです。

しかしながらそのような文化的な反乱というのは実際の社会的反乱とは必ずしも一致しない、もっと微妙でねじれた様相もあって複雑です。

投稿日時 - 2011-08-07 02:36:59

お礼

ありがとうございます。
単一化、服に対してもかなり進められてしまっている感じがしますね。

投稿日時 - 2011-08-07 03:07:42

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