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戦後の日独伊の国民の変わり様について

第三帝国と呼ばれていた時代、ドイツの国民は「ジーク・ハイル!」や『ハイル・ヒットラー!』を連呼していましたが、ドイツが戦争に負けたあと、コロッとナチを取り締まるようになりました。
いまでも、ナチ賞賛は厳罰だそうですね。
(日本人がドイツで片手を上げる習慣をだしてしまったときも誤解されるという話を聞いたことがあります)

日本でも、老いも若きも「天皇陛下様!」だったのに、連合国軍が進駐して、あっというまに国民主権が浸透しました。
これは、昭和天皇とマッカーサーの並ぶ写真に衝撃を受けたからでしょうか・・・・。

イタリアも連合国に負けたあと、ころっとナチスドイツに宣戦布告しました。

ドイツ人はなぜ『ハイルヒットラー』をころっとやめて、逆にヒットラーのナチを罪とするようになったのでしょうか。
日本人はなぜ、「天皇陛下様!」をころっとやめることができたのでしょうか。
イタリアはなぜ、敗戦後ころっと同盟国だったナチスドイツに宣戦布告したのでしょうか。

私はその「コロッと手のひらを返したように変わった」理由がわかりません。

投稿日時 - 2011-01-10 20:02:37

QNo.6438772

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

 天皇は現人神であり、日本は神州不滅の国であるという国家神道は、せいぜい明治中期に確立し、敗戦とともに権威を失墜しました。

 もっとも、官僚や実業家など、新しく勃興した支配層の間で、どこまで本気で神国思想が浸透したのか、疑わしく思われます。また、江戸時代を懐かしむ東京の住民の間では、京都からきた朝廷にたいする警戒心が強かったことは身近な体験からも証言できます。

 ただし、明治前期には、農民人口が8割を占めていて、この階層を富国強兵のために動員するに、国家神道の強力なイデオロギーが必要でした。マッカーサーが国家神道を解体したのもそのためですが、神州不滅の幻想が崩壊したために、国民はその変化をこだわりなく受け入れました。昭和初期生まれの私も、その一人です。

 ドイツの場合は、第1次世界大戦の悲惨な体験が、心理的なバネになったことは見逃せないと思います。

投稿日時 - 2011-01-10 23:55:05

お礼

ご回答ありがとうございます。

欧米の自由主義が入ってくるタイミングと、日本の天皇絶対視が崩壊したタイミングが見事にあっていたというわけですね。

投稿日時 - 2011-01-11 12:34:56

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回答(8)

ANo.8

イタリアに関しては、クーデターが起こり政権が変わった為です。その政権が降伏をし、新たに連合国側で参戦しました。降伏に関してはイタリア内でも意見がわかれており、北部では引き続き枢軸国として戦うべきだと言っていたらしいです。連合国にもちゃっかり戦勝国として認められて、ドイツと日本に賠償を請求しています。

ドイツに関しては、それが情報操作によるものであったとしても、一般国民は強制されていたのではなく、本心から支持していました。
WW1の敗戦による屈辱的な条約や、その後の恐慌から一時的かもしれませんが、救ってくれてドイツ人に誇りを与えてくれたのはナチスだけだったからです。
また世界的にも当時ファシズム=悪ではありませんでした。当時の世界は民主主義ですら評価が定まっておらず、他にも共産主義があり、政治形態についてはいろいろな体制が試行錯誤されていた時代でした。
それに、情報操作自体はどの国でも行っています。戦前戦中のアメリカが国民に知らせていた日本の情報も正しいとは言えないと思います。


>日本人はなぜ、「天皇陛下様!」をころっとやめることができたのでしょうか。

何か勘違いをしているようですが、最初から現人神というような個人崇拝はされていません。国の象徴や国家元首として敬愛はされていましたが、それは戦後もかわらず続いています。
天皇が現人神として教えられたのは終戦前の一時期だけです。
戦前の日本が自由のないファシズムの国であったとか、現人神と教えられたとか言う人達は、そんな時期の教育を受けてしまったり、調べもしないで上記の極僅かな期間を過剰に言っているだけです。
戦争とは、国の全てを戦争の継続の為に動員しなければ行えないものです。
そのためには、愛国心を盛り上げる為に、自国の正義や民族の優秀性をアピールするなど、使えるものは何でも使います。歴史が浅くそれが出来ない国は、他のものを使います。(宗教心・正義・自由等)
同時に、情報を統制し、敵国に利する言論は宣言されます。
これらはどこの国でも行っていました。スパイや工作員による情報漏洩やプロパガンダを許す国など、平時でもありません。
アメリカは自由の国であるなど自賛していますが、終戦後に公然と共産主義者を弾圧しています。

当時は、法に拠る統治が出来ない国は未開の野蛮人とされ、国家とは認められず文明国(欧米)の支配による指導(植民地)を受けた方が、その国にとっても良い事だという列強の理屈が通っていた時代です。
日本はそれを避ける為に、立憲君主制である大日本帝国憲法を制定し、国家元首(天皇)の権力を制限(実質無力)し、個人の感情で政治が左右される専制君主国家ではないという事を以って、外国に日本が文明国であるということを示しました。
である以上、敬愛されてはいても、神格化された絶対権力者とは認識されてはいませし、そのような教育を継続して行い、国民に現人神という認識を植え付けた事実はありません。

戦後についてですが、連合国は日本とドイツに戦争の責任は全て枢軸国にあるという宣伝を行いました。
ドイツのニュルンベルグ裁判や日本では東京裁判が行われ戦犯が裁かれましたが、今日では両裁判は戦勝国によるリンチに過ぎず、裁判と呼べるような公平なものではないという評価が主流です。
しかし、連合軍は国民に対しては罪を追及せず、むしろ政府に騙されていた被害者であるとしました。
これにより、連合軍は単なる戦勝国ではなく、悪い政府から助けてくれた正義の解放者になることができます。
一方で、国民は罪悪感からは解放されますが、国に対する愛国心やアイデンティティを喪失し、以後自虐史観による連合国に対する劣等感を抱えることになり、連合国は戦後も影響力を保持できます。

GHQ・戦後サヨクの情報操作
http://www.youtube.com/watch?v=twxtQ6_qTIU&featu

投稿日時 - 2011-01-11 00:32:47

お礼

ご回答ありがとうございます。

イタリアはクーデターだったんですね。

ナチスが国民に受け入れられて絶対視されたのは、困窮を極める国情を打破する唯一の存在と思われていたということですね。

戦前の時期に天皇が神格化されていたのはわかりましたが、それ以前にはあまり(名目上は)そういう教育をしていなかったんですね。

投稿日時 - 2011-01-11 12:37:58

ANo.6

アドルフ・ヒトラーがドイツのみならず欧米諸国において実は英雄視されていたことは現代史のタブーであるといえるのではないでしょうか。なにしろ彼は「独身」で「女遊びはせず(どうも従姉妹を愛していたようで、彼女の自殺後に心を許したのはあのエヴァ・ブラウンだけで浮気は一切しなかったのでムソリーニは「つまらん男だ」と評していました。またヒトラーが最後の瞬間にエヴァと結婚するまで独身を貫いたのは国民の女性人気に応えるためだったとか。彼が首相になったときにドイツの女性たちは出産するときに「ハイル・ヒトラー!」と叫んだそうです。別にそれは強制されたのではなく、そのくらい女性人気があったのです)」また「一切私腹を肥やさず(彼は女だけじゃなくお金にも清潔で、ナチスが各地で行った美術品や財宝の略奪はナチ高官たちの私利私欲によるものでした)」、しかも「菜食主義者」だったのです。ついでにいっておくと、彼ほど「公約を守った」政治家も滅多にいません。「ドイツを欧州一の大帝国にする」「共産主義者を打ちのめす」「ユダヤ人問題をなんとかする」など、その公約は実行に移されています。
ヒトラーの狂気は、つまるところ我々凡人の想像をはるかに越えたスケールにあると思います。なにしろ、ひとつの民族を本気で根絶やしにしようとしたのですからね。少し前にアメリカの高校生が「ナチのホロコーストで殺された人たちと同じ数のクリップを集めよう」と思い立ち実行に移しました。その一部始終はドキュメンタリー映画になりましたが、貨車(当時実際にユダヤ人を運ぶことに使われた貨車に展示されることになりました)に満杯になるほどの量のクリップを見ると圧巻されますよ。全く何の罪もない人たち、しかも子供も女性も老人もみんな殺されたと思うとね。
ドイツ人とすれば、その狂気の政治家を自ら民主的な手段で選んでしまったという忸怩たる思いはあったのだと思います。

また日本人は、別に戦後に限った話じゃなくって割ところっと転向するところがあります。私は、そこは日本人の長所だと思っていますけどね。
明治の元勲もほとんどは若者のときは攘夷論者でした。若い頃は「異人斬るべし!」とかいっていたのですよ。でね、ここが私は日本人の長所と思うところですが、彼らがね、「外国のほうが優れている」と知るところっと「かなわないんだから、外国に学ぶべきだ」と180度変われるしなやかさを持っていたのです。
実際太平洋戦争でアメリカにボッコボコにされて「アメリカにはかなわない」と骨身に沁みたら「じゃ、そのアメリカに学ぼう」とさらっと転向できたんですね。このプライドのなさが日本人の強みですよ。私は今こそいっそ外国人を首相にしてしまったらいいと思いますけどね。マッカーサーに限らず、サッカーのクラマー氏、日産のゴーン社長、ロッテのバレンタイン監督など外国人リーダー(ただし白人系に限りますが・苦笑)の下で成功する例がしばしばあります。

なお、イタリア人のしたたかさは日本人にはチト真似はできません。彼らは、連合国に負けるなと分かるとすかさずドイツに宣戦布告することで、なんとイタリアを「連合国側」にしようとしました。そうすると「敗戦国側」にならないから戦後賠償を受けずにすまず、しかもあわよくば賠償金を受けることさえできますから・笑。「我々が連合国側につけばイタリアも戦勝国だよね」といわれたときはさすがの英米軍も唖然としたそうですが・笑。

投稿日時 - 2011-01-10 22:09:36

お礼

ご回答ありがとうございます。

ヒトラーはたしかに英雄視されてましたよね。
「解放者の雄々たる~」とかラジオとかでも平気で言ってたと聞きました。
それを選んだのは自分たち・・・なんですものね。。

日本についてもそうですね。
ただ、元勲についてはそうですが、幕末には新政府軍と旧幕府軍が戦争までしてましたよね。
でも、第二次戦後、占領軍が引き上げても戦争は起きませんでしたよね。。。
あ、東大安田講堂の攻防はありましたが・・・。

イタリア人については・・・・、私も唖然とします・・・ね。

投稿日時 - 2011-01-10 23:45:51

そんなものですよ。
今の世論だって、「コロッと手のひらを返したように変わっ」てるじゃないですか。
前の衆院選で民主党に投票した大多数の人々は一体どこへ行ってしまったのか?
そこを考えれば、当時の民衆がコロッと変わったのも納得いくのでは?
(ちなみに、私は、コロッと変わること自体は、それほど悪いことだとも思っていません。)

投稿日時 - 2011-01-10 21:59:23

お礼

ご回答ありがとうございます。

あ~、たしかにそうですね。
でも、私が伺いたいのは、こう、なんていうか、イデオロギーまで変わってしまうその変わり様なんです。。。
うまく言い表せなくてごめんなさい(^^;)

投稿日時 - 2011-01-10 23:40:23

ANo.4

戦争に負けたからです。

今まで「ハイル・ヒトラー!!」「天皇陛下万歳!!」と皆言っていた。
それが当たり前だったが、いざ戦争に負けてしまったら
「誰が悪いんだ?」
と戦勝国は戦争責任を誰に負わせるかやっきになった。
そこでナチスや当時の指導者達をスケープゴートに差し出した。

誰だって自分が可愛いんです。
だからナチスに、A級戦犯達に罪をおっかぶせた。
自分たちは強制されて彼らに従っただけの被害者面をしようと一生懸命だった。
だから手のひらを返して戦勝国以上に彼らを批判し、自分たちは被害者なんですと保身に走っただけのことです。

投稿日時 - 2011-01-10 21:40:06

お礼

ご回答ありがとうございます。

明快な回答ですね。
それはあるかも知れませんね。
占領軍も「国民はそう教えられ抑圧されただけ」と思っていたのかも知れません。

投稿日時 - 2011-01-10 21:48:49

こんにちは。

ドイツ・イタリアについては詳しくはわかりませんが、おそらく当時からヒトラーなどの独裁政治に反発している人も多かったからではないでしょうか?あのユダヤ人虐殺も多くの学者たちが反発心を持っていたのだが、反発をする自由を与えられていなかったという文章をどこかで読んだことがあります。
それが、戦争の結果独裁政権が倒れ、反発を持っていた人が一気に勢力を高めたからとか・・・?あくまで予想ですが・・・

日本については、実質的に言えば「天皇陛下様!」をやめてはいません。むしろその逆です。日本人(特に政務にかかわる人間)は従来の天皇を敬う姿勢・・・つまり「国体維持」を図ろうとしました。その名残はおそらく今でも我々現代人に大きく根付いていると思います。今だって私たちは天皇を「日本の象徴」だとみなしているでしょ?もし天皇を敬う気持ちがなければ「天皇陛下」なんていわないだろうし、天皇が変わるごとに日本の年号が変わったりもしません。これは世界でも非常に例を見ない強い忠誠心だと、世界が日本における強い関心のひとつでもあるのです。
でも、なんとなく我々が「天皇」に対してぼんやりとしたイメージを持つようになったのは、民主化が進んだというのあるでしょうが、それよりも大きな原因は「教育制度」が劇的に変化したからだと僕は思います。戦後日本のこれまでの教科書や「地理・修身・日本歴史」の授業と「教育勅語」の奉読が停止された以降、アメリカの教育使節団が1946年に来日して、日本の教育が自由主義化したことが、質問者様のいう「天皇陛下万歳!」がなくなった大きな原因だと思います。
昔の人は「天皇は神様だ!」とずっと教え込まれてきたのに対して、我々現代人はそのような教育は受けていません。我々は国語・英語・数学を重心的に教え込まれました。歴史なんて選択科目になっています。教育の自由主義を図った結果・・・自国の歴史を顧みる機会が少なくなっているというのが、我々現代人を形成しているのです。それが、いいのか悪いのか?僕にはわかりませんけどね。

でもそれでも、やはり天皇に対していまだにどこか敬う姿勢を見せ続ける日本人はやはり世界的にも例を見ない「強い忠誠心を持つ」人種だと僕は思うのですが、あなたはどう思うでしょうか?

投稿日時 - 2011-01-10 20:25:07

お礼

ご回答ありがとうございます。

日本人の天皇に対する忠誠心というか心の拠り所とするところは、マッカーサーも認めていたらしいですね。
オーストラリアの『天皇処刑論』にも、「日本を円滑に統治するには天皇が必要不可欠だ」と言って、回避したとか。

英国民の英国女王に対する敬愛神と、日本国民の天皇に対するそれとは、違うものなのでしょうか。

投稿日時 - 2011-01-10 20:31:57

ドイツ人は
強制されていたんです
やらなければ自分の命がない
その恐れがないのであれば敵視します

日本人にとって天皇は神の様な存在で実際に当時見た人は少ないでしょう
見た事もない人すぐに忘れられます

要するに強制されてきたから反発も強いんです

投稿日時 - 2011-01-10 20:15:23

お礼

ご回答ありがとうございます。

抑圧されていた分、反発も強かった、ということでしょうね。

投稿日時 - 2011-01-10 20:29:45

ANo.1

表は「ハイルヒトラー」「天皇陛下万歳!」でも、内心は「何がハイルヒトラーだ。このチョビヒゲ親父!」「天皇陛下万歳?はぁ~!?さっさと自由よこせよ!いつまで戦争してやがるんだクソ軍部ども!」とか思っている国民が大半だったのかもしれません。

戦争に負ければ、当然敗戦国であり戦争犯罪を犯した国の国民のレッテルが貼られます。そのレッテルを払拭する為には、過去の罪を素直に認め未来に向かって歩き出そうとした国民があの時代たくさんいたのでしょう。
それに、敗戦国ですから日本であればGHQの思うがままに出来たのです。思想を崩す事は用意だったと思います。あの当時、負けるはずが無い"神国日本"という意識を持っていた日本国民ですから、負けた時点で今までの思想や天皇崇拝の精神は崩れ去っていたと思います。

投稿日時 - 2011-01-10 20:12:39

お礼

ご回答ありがとうございます。

やはり、おっしゃるとおり「強制されていた」が大きな理由なのでしょうね。
推し進めていた指導者は末端まで逮捕された・・・と。

自分が信じていた物が何であれ、崩れ去るのはあっけないものですね。

投稿日時 - 2011-01-10 20:29:07

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