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解決済みの質問

韓国人は、併合時に日本人に韓国語を弾圧されている間にどうやって後世に韓国語を残したのですか?

日本が韓国を植民地化している間は韓国語が禁止され、日本語と日本風の名前を強制されて同化政策が図られた・・・というのが通説となっております。
日本がハングルを広めたなどと言おうものならネット右翼のレッテルを貼られてしまうのが今現在の状況です。

ですが、そこで疑問があります。日韓併合が行われていた時代は1910年から1945年の35年になります。ですが、35年って結構長いですよね?併合開始時に産まれた人でも30代のいい大人です。終戦間際になると社会進出を果たしていた併合時生まれの大人が大勢いる事になります。
もし併合時に韓国語や韓国名が禁止されているとすると、併合時に産まれた人は韓国語を知ることもできずに日本語ばかりを喋り続け、韓国風の名前はつける事ができなくなります。
まあ、名前ぐらいなら終戦後に韓国風の名前をつければいいでしょう。しかし、韓国名も結局は韓国語に基づくものです。終戦時に独立を果たしたところで新しい世代の大勢の若者たちは韓国語を全く知らないのです。
そういった状態でどうやって独立時に韓国語を習得する事が出来たのでしょうか?民地支配されている間に生まれた世代は支配される前の言葉を知らないのですから、折角独立しても元の韓国語を喋れない人が殆どでしょう。そういった人たちが今まで覚えてきた日本語を捨てて未知の言語である韓国語をどうやって取り戻したのでしょうか?民族の誇り、だけで片付く程簡単じゃないですよね?
だからこそ、かつてイギリスに支配された国々は独立後も英語を引きずり続けることとなり、英語を公用語とする国が世界でもっとも多くなっているのですから。

まあ、これは日本と韓国だけの問題じゃないですよね。植民地支配される事でその国の言語を禁じられた国はどのようにして独立するまでの間に言語を残したのでしょうか?

PS:私は他の質問でネット右翼である事を自称していますが、この質問は日韓併合時に韓国語が禁止されたのは嘘だと決めつけるものじゃないですよ?
ただ単に、日本語が禁止されたのならどうやって独立した後に韓国語を取り戻したのか気になるだけですので、韓国語弾圧肯定説の人も韓国語弾圧否定説の人も自分なりの意見で回答してください。

投稿日時 - 2009-05-15 18:29:25

QNo.4961256

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

 日本の歴史学には2つの系統があります。唯物史観・皇国史観と実証主義です。
 前二者は左翼・右翼系列の学者が自己の思想を正当化するために歴史を利用するという歴史研究学です。この二者は歴史を思想的に語るので読み物としては面白く、表に出やすいのです。簡単に言えば、
   唯物史観
日本による朝鮮統治は過酷を極めた。その代表例に創氏改名と朝鮮語教育廃止がある。
   皇国史観
日本による朝鮮統治で、創氏改名と朝鮮語教育廃止は彼らの希望により行なわれた。

 言っている事は同じです。『創氏改名と朝鮮語教育廃止』は事実であるという点です。これに強制だったのか。希望だったのかという著者の考え方が加わることで真逆の回答が出ます。

 一方の実証主義は、文書や関係者調書を基に事実はどうだったのかのみを探求します。研究論文は堅苦しく、一般人には読みづらいもので、読み物としてはつまらないものです。

 実証主義で上では『創始改名』はどう見られているのでしょうか?
   創氏は強制であるが、改名は自由である
 これは氏の創設です。氏とは源・平・藤原・豊臣など本姓の設定です。日本ではこの制度は完全に廃止されましたが、韓国では未だ生きています。10年前までは本姓が同じカップルは結婚できませんでした。近親結婚と見做されたのです。尚、氏と苗字は別物です。氏は全羅南道・金、姓は高木とするが出来ました。無論、金のままでも構いません。

ただそれだけです。氏と苗字を混同させてはいけません。

 私の私見ですが、日本国政府は韓国人・朝鮮人に対して創氏改名は誤った政策であったと標榜すべきだと思っています。同時に彼らが日本で用いている通名(創始改名の改名の部分)は大日本帝国政府の負の遺産であるので使用禁止とすると発表すべきです。

投稿日時 - 2009-05-17 09:32:42

お礼

歴史の認識という言い方からすれば唯物史観も皇国史観も正しいのかもしれません。
しかし、私たちに必要なのは歴史の認識ではなく歴史の真実なのでしょう。真実さえ理解できてないのに認識もへったくれもあったもんじゃありません。ましてや本当の歴史を知らないのに正当化も美化も捏造もありません。
そのためにも歴史の実証は大切なのですが、意外と軽んじられる傾向にありますよね。歴史の実証がなければ唯物史観も皇国史観も戯言にすぎないと思います。

投稿日時 - 2009-06-06 18:40:51

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回答(21)

ANo.21

#10です。

韓国語が弾圧されていたということを声高に言う人は、現在日本語も英語に(事実上)弾圧されていることをよく考える必要があるでしょう。韓国語が日本語に弾圧されたのは悪だが、日本語が英語に弾圧されているのは善だと考えるのは明らかにダブルスタンダード(二重基準)です。

それと、民族固有の言語というのは、その民族のアイデンティティをもろに示すものなので、そう簡単に消滅するものではありません。その証拠に、アンデスのインディオは未だにケチュア語を使っています。スペインに占領されてから500年(!)も経っているのにもかかわらずです。
個人的に凄いと思うのは、ヘブライ語が死語となって1000年以上後に近代イスラエルが建国されてから、ヘブライ語がユダヤ人の公用語として復活したことです。

投稿日時 - 2009-05-18 06:24:07

補足

スペインがアンデスを支配している間、ケチュア語は禁止されていたんでしょうか?その辺はよくわかりませんが。

それにしても、日本語が英語に弾圧されているというのはある意味面白い解釈だと思われます。日本語によるハングルの弾圧と同列かどうかはわかりませんが。

投稿日時 - 2009-06-06 18:48:32

ANo.20

#8です。
>朝鮮総督府が日本語を教えたというのは事実なんですよね。そこまでは他の国の植民地と変わらないと思います。

朝鮮総督府がハングルを朝鮮半島での小学校教育ではじめて教え始めたというのは事実なんですね。そのことは他の国の植民地と全然変変わっていましたね。

また、井上角五郎が、日本で鋳造したハングル活字を使って1886年に朝鮮半島で一番最初に漢字混じりハングル新聞「漢城旬報」を印刷したのも事実ですね。以下のURLのなかのフルテキストの部分をクリックすると,この新聞発行にまつわる詳細な学者による分析が書かれております。特に、井上角五郎がハングルを使った新聞を発行しようとしていた時の、朝鮮の人達による反対に付いて興味深い分析をしています。

参考URL:https://www.tulips.tsukuba.ac.jp/dspace/handle/2241/13533

投稿日時 - 2009-05-17 22:09:52

お礼

ハングルを教えたのは日本人だと言っても韓国人や左派の人は信用しないでしょう。
ですから、ハングルが公に使用されたのはいつか、しっかりと調べるべきだと思います。
少なくとも、韓国で使われる言葉がハングルだけになったのはそんなに古い事じゃないですからね。
しかし、その実証を公に行おうとする人がいないのが残念でなりません。

韓国の古い文献はみんな漢字ばかりでハングルがないから、現代韓国人は解読が難しいと聞いた事がありますが、本当でしょうかね?

投稿日時 - 2009-06-06 18:46:22

ANo.19

>宮田節子先生

昭和13年を境にすると言う説は正しいと思います。
なぜならば、
朝鮮教育令の第二条は法とは認め難い条文を付加しており、
極めて違法性が高い物になっていたからです。

http://www.geocities.jp/nakanolib/rei/rs13-103.htm

投稿日時 - 2009-05-17 17:51:38

お礼

日韓併合における歴史の認識は確かな実証を経て正すべきだと思います。

ですが、日本が朝鮮に対して行った事全てが正しいなどというつもりはありません。
日本が韓国を強制的に支配した、というのはその過程が良かれ悪かれ事実ですからね。
国としての誇りを奪われた、というのはどう転んでも事実でしょうからね。

投稿日時 - 2009-06-06 18:43:25

ANo.17

>植民地支配される事でその国の言語を禁じられた国はどのようにして独立するまでの間に言語を残したのでしょうか?

 日本敗戦時の韓国は「韓国語を喋れない人が殆ど」という状態はなかったと思いますし、そのほかの植民地も、公用語が宗主国の言葉でも、現地住民の日常会話は現地語だったと思います。現在も宗主国の言語が公用語の国は、国内に複数言語あるから共通語として使っている場合もあります。
 というわけで、ご質問の実例はないのではないでしょうか。ただほとんど使われていなかった言語の回復ならば、ユダヤ民族のヘブライ語が公用語として復活した例があります。おそらく世界唯一の例です。
 残っていた文語をもとに、現代の話し言葉として再構築、その後普及していったようです。

投稿日時 - 2009-05-16 22:45:48

補足

朝鮮総督府が日本語を教えたというのは事実なんですよね。そこまでは他の国の植民地と変わらないと思います。
韓国人が言ってるのは文化の剥奪ですから、肝心なのは現地語を禁止したという事実の有無です。

結局、私自身何が何やらさっぱりわけがわからなくなっています。
初期の朝鮮では二重言語で朝鮮語も同時に教えていたというのは確実なのですが・・・。

投稿日時 - 2009-05-17 05:12:39

ANo.16

情報ソースは平凡社の『朝鮮を知る事典』の『皇民化政策』の項です。

投稿日時 - 2009-05-16 20:03:54

補足

少し気になったのですが、その本は一体どのようなものなのでしょうか?
人から聞いただけの二次資料が記されているだけのものでしょうか?
それとも、当時使われた教科書や総督府からの指示書など、そういった一次資料が記録されていたりするのでしょうか?
できたら後半のような資料が欲しいですね。

とりあえず図書館に行って探すことにします。ありがとうございました。

投稿日時 - 2009-05-17 05:07:21

ANo.15

ここの年表を見れば分かります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E7%B7%8F%E7%9D%A3%E5%BA%9C

日中戦争が勃発すると
「日本の国民(日本臣民)である事を強力に前に押し出します。」

第一次に千名の志願兵を募り、
「たったの一回で千人の志願者です。募ればいつか数万の志願者が出る時が来ると信じて疑いません。」などと言う広報映画を流します。

次に、
朝鮮語教育を必須項目から除外し朝鮮語教育を廃止します。

ので、
朝鮮語教育が禁止されたのは
太平洋戦争突入寸前の1941年3月から敗戦までです。

投稿日時 - 2009-05-16 19:10:07

お礼

まあ、韓国語を禁止した理由、もとい学校の授業で韓国語を廃止した理由としてはそれが正しいのでしょうね。

投稿日時 - 2009-05-17 05:06:58

ANo.14

当時、朝鮮の学校で使われていた朝鮮総督府発行の朝鮮語の教科書が残っています。

参考URL:http://photo.jijisama.org/hg.html

投稿日時 - 2009-05-16 16:36:37

補足

うーん・・・、そこのページは私も見ましたが、他の質問を見る限りは韓国語が禁止されたのは日中戦争以降だそうです。その教科書は日中戦争以前のものですよね?

投稿日時 - 2009-05-17 05:04:16

ANo.13

「韓国語の弾圧が行われていないという証拠にはならない」

「韓国語の弾圧が行われていない」と証明するのは「悪魔の証明」で一般に不可能ですね。

「韓国・北朝鮮の嘘を見破る―近現代史の争点30 (文春新書)」
http://www.amazon.co.jp/dp/4166605208/
では
「『日帝は朝鮮語を抹殺した』と言われたら」
という項目で、
「日本政府、朝鮮総督府は朝鮮語を弾圧したのか」について考察しています。
韓国朝鮮側の「朝鮮語抹殺政策を合法化したのは、朝鮮語を随意科目とした、1938年の第三次朝鮮教育令である」という主張に対し、
「1938年以降も、『朝鮮語の弾圧』が行われたとは判断できない」と、いくつかの証拠を引いて反論しています。この本には参考文献も明記してありますので、読まれると良いでしょう。

「日中戦争以降に行われた創氏改名は創氏が強制で改名が義務であるという話はよく聞きます」

「強制」と「義務」は同じことだと思いますが?質問者さんが良く聞かれるという「話」は事実として不正確である上に、論理上もおかしいようですね。
また「創氏改名」と「韓国語の弾圧」は別な事柄ですよね。なぜこの二つをリンクさせるのですか?

『創氏改名』についてはその内容についていくらでも調べられますから、「話を聞いて」納得しないで、ご自分でしっかりした本でお調べ下さい。

先述の
「韓国・北朝鮮の嘘を見破る―近現代史の争点30 (文春新書)」
にも、
「『創氏改名で民族名を奪われた』と言われたら」
という項で具体的な証拠を示しての反論がなされていますが、より直接の情報として、

「別冊正論 第2号 反日に打ち勝つ! 決定版 日韓・日朝歴史の真実 扶桑社ムック」
http://www.amazon.co.jp/dp/4594604439/
に、
「元朝鮮総督府幹部が語る 『創氏改名』の真相」
として、2名の元朝鮮総督府の当時の若手官僚による、詳細具体的な証言が掲載されております。こちらをお読み頂ければ
「創氏改名は創氏が強制で改名が義務であるという話はよく聞きます」
などというのが「ヨタ話」のレベルに過ぎないことをご確認頂けるでしょう。

なお、ご紹介したいずれの本も新刊で入手できます。

投稿日時 - 2009-05-16 16:29:18

お礼

まあ、確かに日中戦争以前に二重言語だという証拠は存在しますが、日中戦争以降に韓国語が弾圧された証拠は見たことないんですよね。
朝鮮総督府が発行した日本語以外の教科書で日本語が使われていれば確実なんですけどね。

とりあえず、その本は参考文献として読んでみます。

>「強制」と「義務」は同じことだと思いますが?
すみません、創氏が強制で改名が任意の言い間違いでした。気にしないでください。

投稿日時 - 2009-05-16 18:26:02

ANo.12

日韓併合後の朝鮮において
「朝鮮語の使用と教授・学習が禁じられた事実」
「朝鮮人が日本風の名前への改名を強制された事実」
いずれも存在しなかった、というのが史実です。

例えば、日韓併合の期間に、朝鮮人によって多くの私立学校が設立または存続しています。これらの学校は朝鮮人を対象にした学校ですが、日本人による日本語での授業が行われていたとは聞きません。

現在の
高麗大学校:前身校は1905年に設立
梨花女子大学校:前身校は19世紀にアメリカ人宣教師によって設立。1925年に朝鮮総督府によって「梨花女子専門学校」として認可を受ける。

また、日韓併合期間に朝鮮人によって新聞が発行されていました。「朝鮮新報」や「東亜日報」は共に1920年に創刊されています。これらの新聞は朝鮮語で刊行されていたはずです。

当時の朝鮮の教育制度ですが、在留日本人の学校と朝鮮人の学校は分かれており、朝鮮人の学校では朝鮮語での教育が行われていたようです。
そもそも、日韓併合以前の大韓帝国にはまともな教育制度が存在しなかったわけですが…

「創氏改名」が「朝鮮人に日本風の名前を名乗ることを強制する」ものでなかったことは、既に「常識」となっておりますので説明を省略します。

なお、「創氏改名」以前においても、朝鮮人が日本風の名前を名乗ることは、朝鮮人自らの意思により、『私的に』行われていたようです。
これは、現在の在日朝鮮韓国人が、日本政府が認める日本風の「通名」を名乗っていることが多いのと同じ動機によるもののようです。

投稿日時 - 2009-05-16 12:32:12

お礼

うーん・・・私も最初は回答者様と同じ意見だったのですが、こうやって質問をすることで最初は二重言語、日中戦争以降は日本語のみと聞かされた以上、1920年に朝鮮語による新聞が発行されたところで韓国語の弾圧が行われていないという証拠にはならないんですよね。

まあ、同じく日中戦争以降に行われた創氏改名は創氏が強制で改名が義務であるという話はよく聞きます。

投稿日時 - 2009-05-16 14:36:24

ANo.11

私は朝鮮(韓国)で12才の終戦まで育ちましたが、韓国の方同士は韓国語で(特に年長者)で話していましたよ。
市場などに買い物に行くと韓国語が飛び交い日本語は通じませんでしたので自然に韓国語を覚えて韓国語で話していました。
これは地方での話で都会では日本語でしたね。
終戦と同時に全ての人が韓国語を話していましたから、家の中では韓国語で話していたと思います。
また、闇で食堂も開かれ私も父の使用人に連れられて冷麺を食べに行った経験がありますし、マッカリ(ドブロク)酒場が戦後すぐに開かれていましたから、すべてコッソリと引き継がれていたと思います。
話は違いますが、アルミいっせいに屋根にシーツを干していまして聞くと米軍と通じ合って攻撃を受けないのだとの噂を聞きました。

投稿日時 - 2009-05-16 12:06:43

補足

弾圧はあったけど、裏で使える程度の余裕はあったようですね。

すると少し疑問が残りますね。日本軍による韓国語使用の黙認はあったのかどうか、そして、当時の教科書はどのようになっていたのか、というのが気になります。
日中戦争以前の大正時代に使われていた教科書では朝鮮総督府によるハングル使用の教科書がありましたが、日中戦争から終戦の間の教科書はどのようになっていましたか?日本語の授業では日本語だけだったでしょうが、算数や社会などの他の授業でも日本語だけでしたか?

投稿日時 - 2009-05-16 14:33:34

ANo.10

植民地の時の韓国における日本語は、今の日本における英語の地位に近かったのではないでしょうか?

韓国は日本に植民地支配されており、日本はアメリカに植民地支配されていない(日本は米国の植民地だという人もいますが)という違いがありますが、一般に自分のところより進んでいる国・地域の言語を話すことが格好いいとみなす風潮はどこの地域にもあります。現に、今の日本においても英語教育を義務化しようとしている議論がありますし、日本語すらも弾圧されているとみなすことも可能です。

ただ、逆に、だからこそ母国語を大切にすべきという考え方もあり、急に話す言語を変えるのも難しいので、韓国語は残ったのでしょう。
そもそも、一般に現地の住民の母国語を変えるには数百年の時間がかかるのは明らかだと思いますが。

投稿日時 - 2009-05-16 07:55:17

補足

まあ、最初期のあたりは少なくともそうだったのかもしれませんね。

ですが、最後の1行に少し注意を。
アメリカがスペインからフィリピンを奪ってからフィリピンがアメリカから独立するまでの間は50年もありませんが、それでも英語が公用語として使われています。
別に完全に変わるというでもなく、あくまでも公用語として使われるほど一般化するという意味では数十年で十分かと思いますが。

投稿日時 - 2009-05-16 08:37:49

ANo.9

#8です。

>琉球王国は日本の植民地どころか今や日本の一地方、日本語を押し付けられ、元の言語は方言となり、徹底した同化政策が行われた

と、とんでもないことが書かれていたので、それに関して一言。

琉球の言葉の中には日本語の古代の言葉が今でもいっぱい遺されております。また、琉球神道の中にも日本の古代の神道の形式がいっぱい遺されています。変わったのは、日本の本土の方なのです。

方言とは、その地方が生み出した言葉でも何でもなく、昔の京の都で話されていた標準語のことです。腰の軽い新し物好きの京童達は、どんどん流行語を作って、今の都会の若者達と同じ様に親達の言葉を古臭い物に変えて来ました。でも、昔はその流行が地方に伝播するのに時間がかかってしまうので、都会の者が田舎に行くと、聞き慣れないので、それを自分の親やその親達が使っていた言葉だとは想像もできず、「方言」というレッテルを貼っていただけです。ですから、今の日本でも、京都を中心して遠い程、昔の京都の言葉が残っています。

具体的な例として、一つだけ挙げておきましょう。質問者さんは群馬や栃木の「ベーベー言葉」をご存知ですか。「行くベー」とか「そうだベー」とか、「そうだんベー」などと使います。昔、美智子妃殿下が戦火を逃れて群馬に疎開していたとき、妃殿下は「行きましょベー」とおっしゃっていたと言うエピソードを聞いたことがあります。これは、もとは「べし」と言う大変立派な言葉だったのです。それが、少しずつ変化して「べー」に変わったわけです。江戸初期の江戸辺りの足軽言葉では、「べい」と言っておりました。京都よりももっと遠い東北地方では、「べし」の言葉が関東より大分遅れて入って来たので、余り変化する時間がなく、そのためかもしれませんが、今でも「べす」などと、元に形に近い言い方をしています。

琉球の方言や琉球神道と日本の言葉や日本神道との関係は、柳田國男を代表とした日本民俗学者によって、実証的に徹底的に調べられております。沖縄諸島や奄美大島等を調べると、日本の中世や古代、あるいは縄文人達の習慣や考え方が化石のように残っており、日本研究の宝庫になって居ります。明治の頃までは佐渡が島にもそのような文化の化石が残っておりましたが、さすがに交通やテレビ・ラジオの普及で、その化石は殆ど消滅してしまいました。ヤンバルクイナやトキが絶滅危機品種になっているようなものです。

また、沖縄や東北地方や紀伊半島の突端など交通の不便な所に住んでいる人達の間には大変良く似た遺伝子を持っており、その遺伝子は縄文人に近いそうです。意外なことに、東北人やアイヌ人は人種的には南方系に属するのだそうです。日本では、南方系が国の南北の両端に多く分布しており、その間を分けるように北方系の弥生人の遺伝子が、九州や近畿地方を中心に分布しているそうです。機会がありましたら、図書館等で柳田國男などの日本民俗学の本や、人種の分布に関する近年の多くの書物を調べて下さい。

投稿日時 - 2009-05-16 07:31:05

ANo.8

こんなことが書いてありました。

『 朝鮮とその隣邦 』 イザベラ・ビショップ 1897年( 『醜い韓国人 』「 朴泰赫 1993年 光文社より ):
「朝鮮人は、自分に固有のハングル文字を軽蔑して、中国文字である漢字のみをただひたすら尊重するおかしな国民である。政府の公文書はもちろん、普通の手紙にも、会話の間にも努めて中国文を模倣して使用し国粋というべき語学上もっとも発達したハングルは婦人と子供と、下層階級が使用するものときめ込んでいる。」

『韓国 堕落の2000年史』 崔基鎬 平成13年 詳伝社:
「ハングルが全国民に教えられるようになったのは、日帝時代になってからのことである。韓日併合の翌年の1911(明治44)年から、総督府によって朝鮮教育令が施行され、初、中、高等学校で朝鮮人、日本人の生徒の区別なく、ハングルを必修科目とすることに決められた。もちろん、朝鮮教育令は朝鮮人を、忠良な日本国民に仕立てることを目的としていた。私が日帝時代に小学校へ通っていた時は、朝鮮語がよくできる日本人教師は、月2円の加俸があった。当時の1円は今日の日本円の数万円に相当しただろう。もっとも、昭和10年代に入ってから「皇民化教育」が強められると、日本語が強調されて、ハングルが教えられなくなった。だがハングルをはじめて韓国民に教えた総督府の功績も、忘れてはならない。」

朝鮮の人たち自身から蔑視されていたハングル文字を、「朝鮮の独立と朝鮮人の啓蒙には、朝鮮語による新聞の発行が不可欠である」と言った福沢諭吉の言葉に刺激され、その弟子の井上角五郎は、日本で自費で鋳造したハングル活字を使って朝鮮半島で一番最初に漢字混じりハングル新聞「漢城旬報」を印刷した。(下のURL参照)

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/井上角五郎

投稿日時 - 2009-05-16 06:31:20

お礼

後半は二次資料になりますが、前半は本当なら一次資料として役立つでしょうね。
最初の韓国語はあくまでも中国語の方言みたいな存在だったのかもしれません。発音が異なるぐらいですからね。
それがハングルという形を経て中国語とは異なる韓国語として確立したのはいつ頃なのか、そこをよく調べる必要があるでしょうね。

投稿日時 - 2009-05-16 07:13:49

ANo.7

なぜ韓国語が残ったかといえば、日本語を徹底して強制した期間が短かったからでしょう。もし百年続いていたら、今の沖縄ことばのようになっていた可能性は高いと思います。
日本による皇民化政策が、『内鮮一体』を目標にするのは日中戦争以後になります。
ざっと流れを示すと

1937 盧溝橋事件
     神社参拝を強要、すべての村に神道の神社を作るよう計画
     皇国臣民の誓詞を制定、毎朝学校で唱えさせる

1938 内鮮共学、日本と同じ教科書になる。学校で韓国語を禁止
     国民精神総動員朝鮮連盟の愛国班が組織(ほぼ全世帯)され、民衆レベルでの皇民化を目指す

1939 創氏改名

敗戦前の数年間ですから、香港などとは事情が違うでしょう。

投稿日時 - 2009-05-16 06:21:05

お礼

なるほど・・・、大体わかってきました。
初期は二重言語、韓国語の禁止が行われたのは日中戦争以降。
私は以前、併合時に使われたハングルと日本語を併記した教科書の写真を見たことがあります。

ですが、それはあくまでも初期の教科書なのでしょう。私が見たその教科書が発行された年代は大正でした。
後期に韓国語を禁止されたからといって初期から韓国語を禁止したことにはならないし、逆に初期に韓国語を認めたからといって後期に韓国語を認めたことにもならないのでしょうね。

35年の併合期間全てで韓国語が禁止されたと認識するのは危険ですね。

投稿日時 - 2009-05-16 07:11:38

ANo.6

全ての歴史が正しいというわけではないですよ?

日本にとって不都合なものは改竄されますし、それはどこの国でもそうです。
ただ、日本はそれが少ない方だとは思いますが。

>琉球王国は日本の植民地どころか今や日本の一地方、日本語を押し付けられ、元の言語は方言となり、徹底した同化政策が行われた。
とありますが、琉球言語が潰され、日本語を押し付けられたのは真実です。
というのも、実家の私のおばあが、たまーにくるおばあさんの友達と話す時だけ、
琉球語を使っていた、いるからです。
それはまさに「英語」のようで、台湾語とかに近いのかもしれません。
本当は規制も解くべきなのに解いていないのは、日本に不信を抱く。
「教えて」と何度か言ったことがあったが、教えてくれなかった。
(親は少しだけ話していたが、どうやら米国が占領していた間だけのようだ)

本題の韓国語ですが、日本と韓国は大きな繋がりがありそうです。
特に、在日やくざとパチンコがここまで拡大できたのも関係があったからのはず。
韓国語は普通に話せたと思いますよ。今日本語を話す韓国人がそんなにいるのかな?と思う。
どこかの韓国の町を相当発展させましたが、そんな必要がなぜあったのか?

沖縄では、規制が厳しかった。おばあが「こっそり」話していますからね。
韓国ではどうか?韓国ではふつーに今では韓国語ばかり。
おかしいですね?
日本語強制は無かったのではないですか?

投稿日時 - 2009-05-16 05:47:35

お礼

いやぁ、沖縄は韓国より前から日本に支配され、韓国が独立しても独立していませんから日本と同化しても不思議じゃないでしょう。
同化政策ってのは、要するに劣った国を本国と同レベルまで引き上げるという差別的目的があるんですよね。本国と同じ文化を持てば本国と同じレベル文明レベルまで達せれると。
日本が韓国の経済発展を行ったのなら、同じ理由で同化政策をしても不思議じゃありません。この二つは表裏一体だと思います。日本が韓国を支配したのは、文明的に後進国である韓国がいつ他の国に支配されるかわからないから先に陣とってしまおうという気持ちがあったからなのでしょうからね。

ですが、あなたが琉球民族の血を継ぐとしたらあなたの気持ちは十分にわかります。
結局韓国への皇民化政策って、日本と韓国だけの問題にするには余りにもややこしすぎるんですよね。

投稿日時 - 2009-05-16 06:07:43

ANo.5

韓国に関しては、まだフラットな情報がないのですが、先日台湾に関する番組があった。台湾は1895年から日本領。
台湾で行われた教育は、基本的には二本立て。
日本人+台湾人指導層予備軍への「日本語教育」
台湾人への現地語での教育
前者が初等教育から高等教育、台北帝国大学までの流れであり、すべて日本語で行われた。皇民化が進められ後者での教育も日本語を主体にしたのは1937年以降。

韓国も同様だったんじゃないかなと。

また、ここからは推測
李氏朝鮮においては、公文書は漢文でした。朝鮮語での公文書はないわけです。官僚になるためには完璧な漢文を書ける必要があり、それが教育でした。それを数百年やってました。日本統治下では漢文が日本文になっただけで、それがたかだが45年くらいですから。漢文による高等教育で朝鮮語が無くなって中国語にならなかったように、45年で朝鮮語が無くなるとは思えません。

投稿日時 - 2009-05-16 00:51:40

お礼

台湾も韓国と同じ立場だったのですから、台湾で行われた政策と比較するとわかりやすいですね。

他の方での回答にも同じようなものがありましたが、最初は二重言語で単に日本語が教えられただけ、しかし日中戦争以降は日本語だけを教えた、ということみたいですね。
すでに学校を卒業していた大人は日本語を知るきっかけがないのですから、そういった人たちは大変ですね。
それとも子供たちだけでなく大人たちまで子供と一緒に机を並べて日本語教育が行われたのでしょうかね?

それと、李氏朝鮮時代と比べるのは無理がありません?李氏朝鮮時代は漢文が尊重されただけで朝鮮語が弾圧されたわけじゃないでしょうに。

投稿日時 - 2009-05-16 04:19:48

ANo.4

はじめまして。

私は在日韓国人で、朝鮮学校に通っていた者です。

祖父は韓国から強制連行ではないものの

幼いとき、働くために両親に連れられて日本に来ました。

歴史的に日本人が朝鮮人に対して日本語を強制したとなっていますが、

当時日本人のいないところで

朝鮮語を使い続けていたと祖父が言っていました。

曽祖父は朝鮮語をしゃべっていたようです。

韓国風の名も日本人にばれないように付けたのではないでしょうか。

私の曽祖父に限らず、日本に渡ってきた(強制連行がほとんどですが)

朝鮮人達は朝鮮語をしゃべっていたと

学校の先生や友達に言っていました。

そして私たちの祖先は日本で朝鮮学校を建てて、

在日の子供たちに朝鮮語を教えたのです。


PS:日韓もしくは日朝の間に問題(同じですが)はたくさんありますが、

在日である私にとても複雑な気持ちです。

朝鮮半島の統一と日朝国交正常化を夢見るばかりです。

あなたにもそういう気持ちがあれば幸いです。

投稿日時 - 2009-05-15 22:28:35

補足

隠れキリシタンみたいなものですかね。弾圧されてもその裏でこっそりと朝鮮語を伝えていたと。それが本当なら大変ですね。

でもまあ、他の方へのお礼も見ればわかりますが、欧米諸国が行った植民地政策と比較すると弾圧のレベルは厳しいのに欧米諸国の植民地と比べて押し付けられた言語をあっさりと捨てれたというのが何かひっかかるんですが、その辺あなたはどう思われますか?
なぜ英語を公用語や準公用語にする国は世界中にあるのに、日本語を公用語や準公用語にする国は日本語だけなのだと思います?

投稿日時 - 2009-05-16 04:10:34

お礼

私だって日韓国交の正常化を望みますよ。
ですが、現状では韓国のいう日韓友好ってのは日本が韓国に従え、みたいな状況ですからね。
日本側の見識を頭ごなしに捏造だと決め付け、お互いに話し合ったり調べあったりすることができない。
とはいえ、日本側にもそういった面はあるでしょうが、自分にとって都合のいい見識しか受け入れないって態度じゃいつまで経っても関係を正すことはできないでしょうね。
じっくりと話し合い、お互いの話に耳を傾ける。日本人にも韓国人にもそれができる人がいればいいのですが・・・。

投稿日時 - 2009-05-16 04:10:16

ANo.3

>日本がハングルを広めた

いいえ、「ハングル」は、15世紀の李氏朝鮮時代に作られた表音文字です。
話し言葉も、当然「朝鮮語」でしたでしょう。
また、日本の植民地になったからといって、いきなり禁止にされたわけではありません。
というよりも、「禁止」になったことは無いと思います。
併合の翌年である1911年から、日本は朝鮮人の同化政策として「皇民化政策」を行います。
その一環で、学校教育において「日本語」が必修科目として「追加」されました。
当然、日本の「国語」にあたる「朝鮮語」も必修科目として残されていました。
しかし、1937年に日中戦争が勃発すると、日本側が朝鮮内の独立派が中国の抗日軍と手を組むのを恐れて、取り締まりを強化します。
それと同時に、「朝鮮語」が随意科目に格下げされ、家庭においても日本語を使うように干渉するようになっていきます。
※当然、それ以前にも独立派は運動をしていましたが、1919年の3.1運動以降は、取り締まりが強化されており、独立運動は主に朝鮮国外から行われていました。


その後、第二次世界大戦が終わって朝鮮半島が独立すると、韓国では向上した民族意識から、「国語」の必要性が熱望されます。
「国語」というのは、「全国共通語」といういみです。
まぁ、日本で言えば(明治時代に作られた)「標準語」ということですね。
で、これを纏めるに当たって、表記に「ハングル」のみを使うか、日本のように「漢字」と併存させるかで大論争になったわけです。

>独立した後に韓国語を取り戻したのか

取り戻すもなにも、ず~と使い続けられてきた言葉ですよ。
ただ、表記文字としての「ハングル」は、15世紀に李氏朝鮮時代に生まれ、漢字表記と併存して使われてきていました。
そこに、日本が併合によって「日本語」を持ち込んだワケです。
そして、朝鮮語と日本語が併存することとなりました。
ただ、日本人に差別され危害を加えられるのを恐れて、日本語を使う人も多くいました。
その後、独立すると民族意識の高まりから「標準語」が作られ、今に至ります。
※「話言葉」と「書き言葉(表記)」は似て非なるモノです。
また、「言葉は生き物」と言われるように、時代によって変わっていきます。
日本の「古典」と「現代語」が違うように、また明治時代に「言文一致運動」が行われたように、「朝鮮語」のそれも同じような歴史を持っています。

投稿日時 - 2009-05-15 22:09:35

補足

あなたのいう15世紀にハングルが作られたばかりの頃にはハングルは一般化されていなかった、ハングルが一般化されたのは併合時代という説があります。
ゆえに、古い資料になるとハングルが使われていないから調べるのが大変だとも言われています。

それが本当かどうかは私にはわかりません。でもまあ、確認する術はありますよ。併合時代以前の文献でどれぐらいハングルが使われてるのか調べてみればいいんですから。そして、併合時代の文献にハングルを用いたものが存在しないのかどうかも調べてみればいい。弾圧があって裏でこそこそ使うぐらいしかできないのなら文献すら残す余裕はないのだから。
当時の教科書を探すのもいいかもしれませんね。もちろん日本語の授業ではなく、数学や社会のようなほかの授業の教科書ですよ?日本語を教えるのと韓国語を奪うのは結局別の話ですからね。

投稿日時 - 2009-05-16 03:54:10

お礼

今までは二重言語だったが日中戦争以降日本語しか使えなくなったって事ですか。わかりました。
できれば詳しい資料をお教えください。

しかし、英語と現地語で二重言語を用いていた植民地が独立後に英語を準公用語にし、日本語だけしか使わせなかった植民地が独立後に日本語を完全に捨てれるってのも引っかかるものがありますね。

投稿日時 - 2009-05-16 04:03:32

ANo.2

日本人に見つからないところでは幾らでも自分たちの言葉で話していましたから、
残すのに不自由はほとんどありません。

読み書きに関しては学校などでの学習が必要にはなりますけれど、朝鮮半島の場合は
朝鮮戦争終了後に南北とも(大人を含めて)徹底的に漢字廃絶とハングル学習を
しています。
ハングルを覚えないと逆に反逆罪で拷問や粛清の対象になるくらいの
凄まじさでしたから、それこそ必死に覚えたでしょう。

逆に半島を離れて在外コリアンとなった人々の子孫は今日住する土地の
言葉(教育方針)を覚えた方が大人になった後働く機会がぐっと増えるので、
韓国/朝鮮語を使わない人の方が増えていっています。個人的にとか家訓で
使い続けた人はいますが、割合としてはぐっと減りました。

投稿日時 - 2009-05-15 20:38:16

お礼

やはり、裏でこっそりと伝えていたというのが正しいのでしょうかね。
それでも表向きでは日本語しか使えないということは日本語が主、韓国語が副ということなのですから、そういった人たちが独立後に漢字や日本語を捨ててハングル学習を覚えるというのは非常に大変だったでしょうね。
ほとんどの人が韓国語より日本語の方に馴染みがある状態だったのに、それを韓国語一色にしてしまうって事はそれだけ韓国語に憧れがあったのでしょうか。

投稿日時 - 2009-05-16 04:24:11

ANo.1

一人ぼっちで異常な妄想をふくらませる前に、ご家族や(もし、いたら)お友達と話し合ってみてください。

beleth:日本が韓国を植民地化している間は韓国語が禁止され、日本語が強制された。

友達:お前、バカ? 全韓国人に禁止して、いきなり日本語オンリーで生活できるわけないじゃん。それは「学校で」日本語教育が必修になったってことじゃないの? 沖縄に対する同化政策を思い出したらいい。学校で標準語を教育されて、授業中に琉球方言を発したら「私は方言を使いました」の札を首から下げる罰とか、あったらしいよ。でも、国語(日本語)の授業中はそうだったとしても、全教科で方言を禁止してたのかな……第一、標準語をしゃべれない先生だっていただろう。休み時間、友達と遊んでる時は?……家に帰ったら方言だろうね。親は方言なんだから。

beleth:通説だよ。

友達:お前、「通説」の意味分かる? 教科書にそんなこと書いてるなら、見せてみろよ。第一、韓国の親はどうやって日本語おぼえるんだ。今さら学校行くのか? 韓国語を使い続けたに決まってんじゃん(一部の例外を除き)。そのように、大人社会が韓国語社会であった以上、学校でも韓国語も並行して教えただろう。子供が韓国語できないと、たとえば大人に対して手紙を書くことができないじゃん(日本語で書いても大人は読めない)。
そもそも、植民地って二重言語になるケースが多いんだよ。たとえば、フィリピンは英語とタガログ語(フィリピン語ともいう)の社会になった。お前、「二重言語」も知らないのか? 併合中の韓国も、徐々に二重言語社会になっていっただろう。つまり、韓国語と日本語両方できる大人が増えていっただろう(前述の学校教育の結果)。

beleth:じゃあ、なんで「韓国語弾圧」なんて言うのさ。

友達:さっき説明してやったじゃん。「私は韓国語を使いました」の札を首からぶら下げる罰とか、あったらしくて、それが忘れられない屈辱だという。そりゃあ、民族のプライドにかけて、許せないだろうね。

投稿日時 - 2009-05-15 20:28:20

補足

ちょっと質問自体の補足をするのでここ借りますね。

質問にも書きましたが私は別に皇民化政策を否定したいわけじゃありません。
琉球王国は日本の植民地どころか今や日本の一地方、日本語を押し付けられ、元の言語は方言となり、徹底した同化政策が行われた。
朝鮮も併合ってぐらいですから、建前としては植民地、実際は国どころか日本の一地方として同化政策が行われたとしても不思議はないわけです。

その一方で、英語やフランス語のようなヨーロッパ語を植民地化された国々に残っているのに、韓国に日本語が残らないってのがどうも引っかかるんです。質問をした理由はそこなんですよ。
日本の政策が余りにも過酷だったから日本語がもう嫌で嫌で捨て去りたかったのでしょうか?でも、過酷とはいっても裏で韓国語を文字ごと伝えるぐらいの余裕はあったわけですよね?

投稿日時 - 2009-05-16 04:47:54

お礼

つーまーり、日本語は教えられたが韓国語を奪われたわけじゃないって言いたいんですよね?

あなたの言いたい事はわかりましたから普通に言ったらどうです?答えは尤もらしいのに、折角の説得力を失いますよ。

まあ、それでも韓国の人は日本語を教えられ、韓国語を『奪われた』などと主張しますからね。私が引っ掛かったのはそこです。

投稿日時 - 2009-05-15 21:01:52

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