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第二次世界大戦後

第二次世界大戦(以下WW2)以前に、枢軸国である日本、イタリア、ドイツが日独伊防共協定や日独伊三国軍事同盟を結んでいて、仲がよかったと思うのですが、WW2後の日本、ドイツ、イタリアの仲はどうなったのかがわかりません。
あと、協定や同盟もいつ決められたのかはわかりますが、その協定や同盟が今はどうなっているのかがわかりません。
WW2で連合国軍に枢軸国軍である3国は降伏しましたがその時点で同盟は解消になったと考えてもいいのでしょうか。
今となっては日本は憲法第9条により戦争はしないと宣言しているので、助け合ったりすることは不可能だと思いますけど…

わかる方がいらっしゃいましたらお願いします。

投稿日時 - 2008-08-30 17:45:34

QNo.4290697

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質問者が選んだベストアンサー

「日本とイタリアの戦争状態は正式には終結していない」などとガセネタを触れ回っている輩を見かけたら、ご用心ください。正しくは、外務省のサイトなどで解説されています。

外務省 - 外交史料Q&Aその他
http://www.mofa.go.jp/Mofaj/annai/honsho/shiryo/qa/sonota_01.html
(引用開始)
Question
 戦後、イタリアと国交関係が再開したのはいつですか。
Answer
 イタリアとの国交関係再開については、外務省編『日本外交文書』「平和条約の締結に関する調書」第4冊に掲載されているほか、第6回外交記録公開で公開された外務省記録「本邦在外事務所設置関係」に関連文書が含まれています。 1943年(昭和18年)7月、イタリアのムッソリーニ(Benito Mussolini)首相が逮捕・解任され、バドリオ(Pietro Badoglio)政権が成立しましたが、日本はこれを承認せず、以来両国は国交断絶の状態にありました。
 1951年(昭和26年)9月27日、東京にて、吉田茂首相とダイエタ(Marquis Blasco Lanza d' Ajeta)駐日イタリア外交代表との間で「日本国とイタリアとの間の外交関係の回復に関する交換公文」が交わされ、対日平和条約の発効日(1952年4月28日)を期して戦争状態を終結させ、外交関係を再開することが合意されました。
(引用終り)

「交換公文」って条約とは違うんじゃないの? という方には、次の解説をどうぞ。

『世界大百科事典』(平凡社)から「条約」
(引用開始)
具体的な条約は個々の場合に必ずしも〈条約treaty〉と呼ばれるわけではなく, 〈取極arrangement〉〈協定agreement〉〈憲章charter〉〈規約covenant〉〈規程statute〉〈交換公文exchange of notes〉〈往復書簡exchange of letters〉〈議定書protocol〉〈覚書memorandum〉などさまざまな名称が付せられる。これらのものは名称の差異にかかわらず実質的には条約と同意義であり,その内容によって名称が一定しているわけでもない。
(引用終り)

そもそも、戦争状態を終結させる方法は、講和条約だけではないそうです。「最も一般的な終了方式」ではありますが。引用だらけで、どうもすみません。

『世界大百科事典』(平凡社)から「平和条約」
(引用開始)
講和条約ともいう。(中略)
戦争状態は征服や戦争状態終結宣言によっても終了するが,最も一般的な終了方式は平和条約の締結である。(中略)
第2次大戦では,連合国はイタリアや日本との間には平和条約を結んだが,ドイツとの関係では,ドイツが東西に分裂したこともあって, 平和条約を結ぶことなく,複数の政治・経済協定や連合国側の一方的戦争状態終結宣言によって戦争状態を終結させた。(中略)
ソ連との間の戦争状態は,1956 年の日ソ共同宣言によって終了したが,この宣言で予定されている平和条約は,まだ結ばれておらず,
(引用終り)

『世界大百科事典』(平凡社)から「戦争状態終結宣言」
(引用開始)
両交戦国の共同宣言や,一交戦国の一方的宣言によって,戦争状態を終了させる意思が表明されることがある。前者は実質的に平和条約の一部を先取りする合意であり,国際法上戦争状態を終結させる効果をもつ。(中略)
これに対し,一方的宣言は,国内法上,戦時に施行された法的措置の解除を目的とするものが多く,必ずしも国際法上戦争状態を終了させる効果はもたない。(中略)
ただし,交戦国の一方が戦争状態終結を宣言・通告し,他方がこれを受諾した場合には,一種の合意が成立したものとして,戦争状態は終了すると解される。1951年にインド,52年にビルマが行った対日戦争状態終結宣言を,日本は受諾する旨表明している。また,第2次大戦で無条件降伏した日本やドイツの場合,戦争状態を終了させるか否かの決定権は連合国が握っており,のちに平和条約を結んだ日本はともかく,政府がいったん解体されたドイツに対しては, 51年のイギリスやアメリカの宣言などが,法的にも戦争状態を終了させる意味をもったといえる。
(引用終り)

さて、ご質問についてです。

> 3国は降伏しましたがその時点で同盟は解消に
> なったと考えてもいいのでしょうか。

そういうことだと思います。
第二次大戦後、日本がドイツともイタリアとも友好関係を築いているのは、ご存知の通りです。要するに、ガセネタに引っかからず常識的にお考えになれば、疑問も解決に向かうのではないでしょうか。

投稿日時 - 2008-09-01 08:19:16

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回答(2)

ANo.1

日独…友好国状態
日伊…戦争状態(非交戦状態)
独伊…戦争状態(非交戦状態)

です。日本・イタリア、ドイツ・イタリア間では講和条約が締結されていません。

実社会としては数年前に国連の常任理事国の拡大が検討された時、日独が候補になることにイタリアは反対しています。

投稿日時 - 2008-08-30 18:12:50

お礼

ドイツとは未だに友好的なのですね。
イタリアは連合国軍に降伏した後に、ドイツに宣戦布告を行なったようですが、そういったことが後を曳いていたりするのでしょうか…
終戦直後からどうなっていったのかはわかりませんが、貴重なご意見ありがとうございました。

投稿日時 - 2008-08-30 18:39:39

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