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クラシック界の今後

クラシック界の今後

クラシック界の今後、発展というか、展開はあるのでしょうか??
古今東西100年以上の歴史を持つオーケストラが生まれてから、演奏曲目というのは何一つ変わっていない気がするんです。確かに最近は色んなアマチュアのチャレンジャーオケがちらほら出てきて、「他ではめったに演奏されない曲を採り上げています」というのを謳い文句に頑張っているところもあり、確かにマニアックな、未発掘な曲をやってます。しかし、やはり全体からみるとごく一部のごく一部で、またそれがきっかけとなって全国的に演奏会曲目に採り上げられるようになったというのは聞いた事がありません。一介のアマオケがやった程度で・・・という宣伝力、影響力の問題というよりは、やはり世間への強力な浸透力をもつ曲が、もはや出尽くしてしまっている気がします。それは即ち、ベートーベン、ブラームスやチャイコフスキーなどといった超メジャー群です。

ポップスというのは時代と共に目まぐるしく変わっているのは周知の通りです。しかし、オーケストラで演奏されるのはやはり上記作曲家らの曲が不動の地位を確立しています。そして、これらを超える曲、超えなくても追随できる曲はもはや生まれてこないでしょう。その指標は即ち演奏会で取り上げられる頻度に他なりません。大抵はみんながやりたい曲、聞きたい局をプログラムに選ぶのが常ですからね。

従って「クラシック界はもはや発展する力もなければ衰退する必然もない」というのが私の考えです。単なる未来の予想ですが、広く皆さんの考えをお聞かせ願えませんか?

投稿日時 - 2002-12-14 23:21:52

QNo.427959

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

おっしゃることはいかにも正しい、と思います。

特にわたしが共感するのは、それが「単なる未来の予想」にすぎないということです。その中でも「単なる」に二重傍線を付けたいくらい。しかし、残念ながら、おっしゃることの中でただ1つだけ、少し考えの違うところがあります。それは、発展も衰退もしない「停滞」ということがあるかどうかにだけは疑問を感じざるをえないという点においてです。

あえて質問文以外の展開として予想できることを。

確かにベートーヴェン、チャイコフスキー、ブラームス、人気は不動だとは思いますが、モーツァルトの例を考えてほしいわけです。規模の大きいオーケストラが増えるに従って、モーツァルトの管弦楽曲はプロのオーケストラでもあまり取り上げられないものになってしまった。オーケストラの編成や、そのメンバーの都合で演奏回数が減る曲目もあるんじゃないでしょうか(ハイドンも同じと言えましょう)。例えばベートーヴェンの「英雄」はいい曲ではあるけど、ホルンが3本という中途半端からプログラムに乗らなくなる可能性もあるかもしれない。他にもベートーヴェンはなんといってもトロンボーン奏者からすると迷惑な曲で、さらにテューバ奏者にしてみれば関係ない世界。オーケストラのメンバーということを考えれば、これから演奏回数は減少していくと思います。と同様に特殊楽器のある20世紀の曲もなかなか演奏されづらいとは思います。アマチュアのオーケストラには財政という問題も絡んできますので。

逆に、アマチュアでもやりたがる難曲というのもあるんではないでしょうか。20世紀後半からシベリウス、ブルックナー、マーラーがリバイバルで少し人気が出ました。ブルックナーはともかく、シベリウスの2番やマーラーの1番などはアマオケでも結構頻繁にやられている曲です。そういうことを考えると、これから新たに発掘されて火がつくものがないと断言するのは早急だと思います。

20世紀に作曲された曲は確かにチャイコフスキーやブラームスからしてみれば見劣りはするかもしれませんが、アマチュアでもショスタコーヴィチの5番あたりをやりたいという声もあるし、実際やっているところもあります。この交響曲を「追随できる曲」と見なしてもよいと思います。

それともう1つ。クラシック界が発展するかしないかは、新たな曲の作曲とは別な問題があります。むしろ聴衆が期待しているのは、新たな作曲ではなく、新たな演奏ではないでしょうか。もちろん新しい作品に耳を傾けるのも大事でありますけど、人間、耳になじみのない新曲には抵抗がある保守的なものです。むしろ、自分の知っている曲の中にこんな魅力があると新たな発見をする方が抵抗はありません。もしこうした刺激を受け入れられないのであれば、その人はどんな曲を聴いても感動しないでしょう。そう、新たな発見をさせてくれる、新たな価値観を呈示してくれる演奏家(オケの場合指揮者か)が現れる可能性は皆無ではないと思うのです。楽譜に書いてある通りにやるというのが今では主流の考え方ですが、かつてはそこから外れるのが美学だったという時代もあります(メンゲルベルク、ワルター、フルトヴェングラー等)。そうしたわけで、これから新たな美学が構築されるかもしれません。

とりあえず、集約すれば……

「作曲と演奏に分けて考えるべし。」

a.作曲の将来は新たな創造性にかかっているから、予想できたらとっくにわたしが作っているだろう。新たな美学が生まれれば、その価値観で新たな作曲もできるかもしれない。

b.演奏も曲目と演奏方法について考えるべし。

b-1.従来演奏されている曲目はレパートリーの1つとして残るだろうが、それ以外にもレパートリーが発掘されるかもしれないし、それが駄作でない限り演奏されるだろう。実際、ベートーヴェンにも駄作はある。また、主流となるオーケストラの編成が2管でなくなった時、編成に従って演奏される曲目も変わってくるかもしれない。

b-2.演奏方法は様々な視点から考えるべし。
(1)楽器の改良:フルートのように他の木管楽器も金属製になるやもしれない。そうすると音色は変化するだろう。
(2)新たな美学の開花:楽曲解釈も時代によって変化する。その価値観でやると成功する曲、失敗する曲が出てきて、プログラムの曲目に影響が出るかもしれない。
(3)そして一番大事なこととして、指揮者は誰一人として全く同じ考え方で指揮できない。よし同じだとしても、身体的特徴や運動能力などの個人差によって、演奏に差が生じる。これは演奏者にも同じであり、同じ曲の別な演奏会において、全く同じ音響がするということはありえない。

クラシックが特に「再現芸術」と言われる所以はここにあるのでしょう。同じ曲を別な演奏で楽しむ。特に録音じゃなく生で聴いて楽しむ。録音ですら音響機器によって聴こえ方が変わってきてしまう。これは人間が演奏する限り仕方のないことでもあり、それだからこそ面白いことでもあると思います。

わたしはこのような考えを持っています。つまらぬ考えかもしれませんが、「広く皆さんの考えをお聞かせ願えませんか?」のご要望にお答えして、僭越ながらしゃしゃり出て回答いたしました。参考になれば幸甚です。

投稿日時 - 2002-12-15 22:31:30

お礼

ご回答、ありがとうございます!

私の書き方が悪かった部分があるようです。シベリウス、ブルックナー、マーラー、ショスタコーヴィチも私の考える「出尽くしている曲」の範疇に入れているつもりでした。勿論モーツァルトもです。ただ演奏回数の極めて多い3人だけで代表させようとして誤解を招いたようですね。すみませんでした

おっしゃって下さった事は私もよく理解できます。私はTpを吹いておりますので。選曲のときは、特殊楽器の数は勿論、打楽器、Tb及びTubの出番など、それぞれのオケの実情に合った曲を余儀なくされていますよね。Tubは潔く身を引く・・・とか(笑


> オーケストラのメンバーということを考えれば、これから演奏回数は減少していくと思います。

そうでしょうか?私も色々なオケに参加していますが、慢性的に弦が足りないのは勿論、もともとはベートーベンやブラームスをやりたいからと言うコンセプトの下に始まったオケなどもあります。こういうのは大抵が金管勢力があまり強くないオケでしょうが(笑
大編成でなくても演奏が可能であれば、ごく普通に生き残っていくのではないでしょうか。


> と同様に特殊楽器のある20世紀の曲もなかなか演奏されづらいとは思います。アマチュアのオーケストラには財政という問題も絡んできますので。

はい、これは全くそのとおりだと思います。上記の理由(小編成オケも沢山存在する)で、やはり演奏回数はさほど多くはならないような気がします。


> とりあえず、集約すれば……

> 「作曲と演奏に分けて考えるべし。」

なるほど、これは参考になりました。スコアに忠実に演奏する、という枠組みからの脱却ですね。


> (1)楽器の改良:フルートのように他の木管楽器も金属製になるやもしれない。そうすると音色は変化するだろう。

これは面白いですね。楽器の進化ですか。そういえば、Tbはまだまだ発展途上の楽器だ、なんてのを聞いた事があります。(あの原理を考えればあれが大分飽和した形態だとおもうんですがねえ)


大変貴重な考え、ありがとうございました。あるとすれば、こういう方向性があるやもしれんのだ、と言う考えが聞きたかったのでとても興味深かったです。

投稿日時 - 2002-12-17 22:56:22

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回答(5)

ANo.5

#3でのやりとりに関する回答です。

最初私は、質問の内容が「クラシック界」
とのことでしたので、「ロマン派の時代以降の
オケ曲(現代以降の作品も含む)が、後世において
ベートーベンのようなメジャー演目となり得るのか」
と要旨を理解していたのですが。
他の方の意見やあなたのコメントを拝見すると、
もっと幅広く
「オーケストラ編成向けの作品に今後
既存のものを超える偉大な作品が生まれうるか」
という問いかけのような気もしてきましたね。
これも違ってたら申し訳ないですけど。

(ちなみに付け加えておくと、
私は別に武満ファンではありません。
特に現代音楽ファンでもありません。
たまには聞きますけど、やっぱり
旋律が見えないと落ち着かないタチなので。)

確かに、「大多数の人が支持し、客の入りが
見込める曲」が現在の一般的な
オーケストラ編成の中から生まれてくるか、というと
かなり疑問はあります。
オーケストラ形式でできることというのは、
あらかたやりつくされた感がありますので。
もしこれから、吸引力のある作品が生み出されると
したら、それは既存のオケ編成によるものでは
ないのではないかと。
現代音楽だって、全きオケの編成をそのまま
あてはめたような作品に斬新なものは少ないですものね。
どっちかと言えば、今までにない編成の中から
新たな魅力が生まれてくる場合が多い。

というわけで、回答は

「現代音楽も生き残るとは思うが、
既存のオケ編成でできることはやりつくされている。
ので、今後偉大な作品が生まれるとしたら
それは編成そのものを一新するような
作品である」

というところでしょうか…ね。
あえて断言口調で書きましたけど、
あくまで私見による予想(というより空想?)です。
根拠はありません!(開き直り)

投稿日時 - 2002-12-16 01:21:49

お礼

返答が大変遅くなり申し訳ありません。また、再度の回答ありがとうございました。

お聞きしたかったと事はまさしく回答してくださったような事でした。貴重なご意見、ありがとうございました。やはり既存のものを上回るのは出にくい、と考えるのが一般的なようですね。ですが、皆さんの「曲」だけにこだわらない、演奏方法や編成などの着目には頷けました。

さて、ドラえもんが生まれるころの音楽はどうなっているのやら。

投稿日時 - 2003-01-21 22:20:15

ANo.3

「世間への強力な浸透力を持つ曲…即ち、ベートーベン、
ブラームスやチャイコフスキーなどといった超メジャー群」
「これらを超える曲、超えなくても追随できる曲は
もはや生まれてこないでしょう」

という捉え方はいささか短絡的にすぎる気がしますが…
単にあなたが現代の作曲家に興味がないだけでは?

現代の作曲家にだって集客力のある人はいると思いますよ。
逆に、今でこそ不動の名声を確立している作曲家でも、
存命中にはまったく評価されなかった人もいる訳ですし。
20世紀、21世紀の作品群が時の洗礼を受けて
未来にも伝えられていくかどうかは誰にもわかりません。
同じように、「ベートーベン、ブラームスやチャイコフスキー」が
現代にまで高い評価を受け続けることを
確信していた同時代人が果たしてどれほどいたものか?
私はかなり疑問に思います。
我々は後世の人間ですから、「やっぱりベートーベンは
すごいよなぁ」とか簡単に言うことができますけどね。

きっと現代の作曲家たちの中にも、数百年後に
大作曲家として語り継がれるべき人はいますよ。
それが例えば武満徹のように現在でも名声を得ている人か、
それとも現在全く無名の人か、それはわかりませんが。
というのが、私の考えです。

投稿日時 - 2002-12-14 23:54:17

お礼

回答ありがとうございます。
> 単にあなたが現代の作曲家に興味がないだけでは?
はい、はっきり言ってありません。あんなもの、クソだとさえ思っています。ですが、私がしたいのはそういう一個人或いは少人数の好き嫌いの話ではなく、大多数の人の好き嫌いに直結する話です。多くの人が共感できなければそこで終わりだと考えるのは間違ってないと思います。

> 未来にも伝えられていくかどうかは誰にもわかりません。
それはモチロン分かりませんけど、だから皆さんに予想を聞きたかったわけで・・・

> それが例えば武満徹のように現在でも名声を得ている人か、
武満が名声を得ているのは分かりますが(音楽の良さは私にはさっぱり分かりませんが)、それがオケで頻繁に演奏される機会をもっているかという事です。

投稿日時 - 2002-12-15 08:14:07

ANo.2

いわゆるフルオーケストラやそれらで使われる生楽器(声楽や、ガットギターなど例外もあります)で演奏すればクラシックと思っている人が多いですが、このような音楽でも一般的にクラシックと呼ぶには、作曲者が亡くなってから50年経過したものを指します。

交響曲でも作曲者の方がまだ現役でいらっしゃたり、亡くなられて50年経過していないものは、現代音楽と呼びます。

この50年とは著作権の有効期間です。

投稿日時 - 2002-12-14 23:53:52

お礼

回答ありがとうございます。・・・ですが、現代曲やクラシックの定義云々を議論したいわけではないんです。

投稿日時 - 2002-12-15 08:04:25

ANo.1

英会話を勉強していた時に、趣味は何かと聞かれてので「クラッシック」と
答えたら、それは何だ?バッハかそれとも・・・・・

クラッシックと言うジャンルはどうやら日本人が作ったもののようです。
オーケストラで演奏するポピュラーな曲は
>>ベートーベン、ブラームスやチャイコフスキーなどといった超メジャー群
だとは思いますが、現代音楽の新曲が作られています。

バロック以降19世紀までの曲と言う意味では、未発見の楽譜が見つからない
限り新しいものはないでしょうね!

クラシック界=オーケストラと結び付けるのはどうでしょうか?
クラシック音楽を富田勲の様にシンセサイザーで演奏するのが流行した
時も有ります。

音楽である以上自由な発想で考える人が現れれば状況は変わると思います。

投稿日時 - 2002-12-14 23:38:37

お礼

回答ありがとうございます。
> 現代音楽の新曲が作られています。
もちろん分かりますが、受け入れられ難いと思います。その意味で、発展も衰退もないだろうと考えました。

> クラシック界=オーケストラと結び付けるのはどうでしょうか?
書き方が悪かったようですいません。一般にオケで為されている、というだけでそれも含めてどのように展開していくだろう、という考えが聞きたかったのです。そして、その流行が流行にとどまらず進展に繋がれば新しい境地も開けてくるのだろうと思いますが、はたしてその電子クラシックは後世に残るでしょうか?もちろん、何百年と続かないと残った事にはならないとは言いませんが、ある十年~数十年のスパンがないとある形態の発展の礎となったとは言い難いと思うんです。

投稿日時 - 2002-12-15 08:02:26

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