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第2次大戦中のイギリスとアメリカの関係について

ノルマンディ以降、アメリカ軍とイギリス軍の主導権争いが激しかったようです。
パットン将軍は、敵はドイツで無くイギリスだ!と発言しているようです。
この主導権争いが具体的にどのようなものであったのか知りたいです。
パットン将軍に何があってこのような発言になったのでしょうか?

投稿日時 - 2002-12-12 12:01:24

QNo.426071

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質問者が選んだベストアンサー

英の愚将モンゴメリー将軍に足を引っ張られ続けた結果の発言だと思います。。。

上陸時、米英連合軍の陸軍最高司令官はモンゴメリー大将でした。上陸後の第一段階の作戦として米軍はシェルブール、英軍はカーンを攻略する予定出したが、米軍はシェルブールを10日余りで攻略したのに対し、英軍はモンゴメリーが自軍の損害を少なくする戦略をとったため一ヶ月近く停滞してしまいます。
このため米軍も足止めを食うことになり、米軍に自傷兵(自ら怪我をして戦線離脱を図る)が多数発生するなど士気が著しく低下してしまいます。

この状況に危機感を感じたアイゼンハワー最高総司令官は、パリ入城後連合陸軍の編成替えを行い、モンゴメリーを第21方面軍司令官に格下げを行います。モンゴメリーはなおも連合軍全戦車部隊を自分の指揮下においてベルリンへ進軍させて欲しい、などとごねますが、それらの要求が却下されると、オランダに空挺作戦を行い(マーケット・ガーデン作戦)作戦参加兵力2万人の内1万7千人の損害を出す大失敗をやらかします。

その後も自軍(第21方面軍)より進撃の早い第12方面軍(指揮官:米ブラッドレー中将)の進軍を止めるよう進言するなどごねつづけますが、極めつけはアルデンヌ戦での彼の言動です。

ドイツ軍がアルデンヌで反攻を開始しすると、モンゴメリーは前線で苦戦する第十二方面軍の3個師団のうち2個師団を自軍の指揮下に入れ反撃したい、とアイゼンハワーに要求し許可されます。

しかし、ドイツ軍の攻勢が伝えられると救援の派兵を出し渋り、ようやく米軍自らが体制を立て直すと、今度は、今回の危機を招いたのは第十二軍なので第十二軍を自軍の指揮下に置くよう要求します。つまり今後の対ドイツ戦は自分ひとりが指揮をする、と要求したのです。
さすがにこの要求は米の反発を招き、モンゴメリーは渋々要求を撤回せざるを得ませんでした。。。

投稿日時 - 2002-12-13 20:17:11

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