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竹島について全て

最近竹島について韓国人の友達とよく話します。

が、お互い色々と調べているのですが、響きは悪いですが、結局竹島はどちらの国の物なのでしょうか?

調べても、私情をはさんだ答えが多く、友達も韓国のサイトですから、日本の良いところは書かれていないみたいです。

竹島は条約では日本の所有物ですが、竹島に自衛隊が不法滞在していると話しても「韓国の物だから」としか回答が来ません。

私が調べたサイトですが、大昔、韓国人が竹島を先に発見したそうです。他のサイトは日本が先と書かれていました。先に見つけたから自分の物というのは微妙ですが、条約ですから、なんともいいがたいです。ちなみに条約が決まった時、韓国側に意見を言う資格がなかったそうです。私は歴史が得意ではなかったので、恥ずかしながらここまでの情報しかわかりません。

私情をはさまず、あるがまま回答して頂くと助かります。

投稿日時 - 2008-07-21 22:11:26

QNo.4194208

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

日本側の主張を知りたいのであれば
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/index.html
のページをごらんになることをお勧めします。


まず、歴史の解釈について、ですが
韓国側も、日本国側も双方の国がともに「明治時代以前からわが国の実質的な領土であった」と主張しています
韓国側は「日本側が領有を主張する前から、竹島は私達の領土である。そして、日本が竹島を領有するころには、韓国政府は日本の政府に逆らえない状態になっていたので、本来自分達の領土である竹島について私達の領土だと主張することが出来なかった」
と主張しているように見えます。
それに対して日本側は
「日本が領有を宣言する前から実質的に日本の領土であったし、韓国の領土ではなかった。仮に日本が韓国の実権を握っていなかったとしても、韓国は領有を宣言できる立場にいなかっただろう。だから、日本がものである」
という主張をしているように見えます。

ただ、歴史解釈と言うのは、日本の学界でもそうなのですが、水掛け論になり、最終的に力関係で決めてしまうことが多いようにみえます。
「聖徳太子が実在しない」という学説を唱えるグループがいますが、実在するだろうと言っているグループも実在しないと言っているグループもどちらも納得することはないような感じです。
どちらが正しいのかを知るほど、私は竹島問題について詳しくありません(日本人であるから日本の言い分が正しいようにおもってしまう)が、歴史論争は結局不毛です。
相手を納得させることなんてできる可能性は少ないとおもいます。

さて、戦後に関してですが
韓国が竹島を実効支配しました。
それに対して日本の自民党政府は韓国政府に対してきわめてそれほど積極的な対処はいていないように見えます。
外務省のページによると、
40年くらい前、韓国が国連に加盟する以前に国際司法裁判所に提訴しようと提案したようです。(日本が国連に加盟する以前にも提案していますが。)
しかし、それ以後国際司法裁判所への提訴をしようと提案したと言う記載はありません。
wikiの竹島のページによると産経新聞には、毎年送っている口上書にて、国際司法裁判所への提訴を求めているとの記事があるそうですが、外務省の竹島問題の記事には記載がないことから、すくなくとも大臣クラスの人間が国際司法裁判所への提案をしたと言うようなことは40年間なかったのではないかとおもわれます。
40年以上昔に提案されたからと言って、現在の大統領が「そういえば、日本は40年前に提案したな。検討してみようか」というのは不自然な気がします。

また、WIKIによると、
「2005年8月26日に韓国政府が公開した日韓国交正常化交渉の詳細を記した外交文書によると、1962年11月に訪日した当時の金鍾泌中央情報部長が、大平正芳外相に対して第三国の調停に委ねる事を提案し、大平も乗り気であったと言うが結局、日本側はこれに応じず韓国側も提案を取り下げたと言う。」という文章もあります。

竹島問題が解決しないことに関してはどちらにも責任があるようにおもいます。
日本の領土である竹島が武力によって支配されたのであれば、それは許せないことですが。
けれど、日本だって、国際司法裁判所なり第三国の調停なりを求め続けることは出来たはずだとおもうのですが、日本はここ数十年間あまりそうしたことをしてこなかったわけですから。

投稿日時 - 2008-07-22 00:35:33

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回答(20)

ANo.20

 韓国・日本の国籍を持つ個人が、自分の好み・感情で色々言うのは勝手ですが、現実としては国際的に意味を持ちません。

 重要なのは、両国政府がどのような見解を持っているかです。

 両国政府の公式見解は、次ぎの通りです。
・日本政府:竹島は日本領土の『島』である。
・韓国政府:日本は竹島と呼んでいるが、領土として扱えない『岩』である。韓国領土は鬱陵島、日本領土は隠岐島である。(その中間線よりも鬱陵島に近い『岩』であるから、韓国の管理下にあっても問題がない。)

 島はEEZの基点になりますが、岩は基点となりません。竹島を韓国が『島』と捉えるかどうかでEEZの境界は、大きな影響を受けます。
(島・岩の定義は国連海洋法による。)

 尚、最近韓国側は今までの「岩」との解釈から『島』へと解釈を変えようとしています。これは、国内世論に政権が媚びているためでしょう。またそうでないと政権維持が出来ない体質でもあります。(韓国の政府は国民世論に極めて弱く、政権維持のために国際的常識よりも国内世論に従う傾向があります:アメリカの牛肉輸入問題などでも分かると思います。日本の場合は国内世論に対してよりも国際関係を重視する傾向があります。)

参考:韓国の解釈変更に対する日本の対応
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E5%B3%B6_%28%E9%95%B7%E5%B4%8E%E7%9C%8C%29

 この質問の多くの回答のように、多くの日本人が韓国政府の主張をきちんと知らないまま、現実以上に韓国に有利な「領土としての主張がなされている」と勘違いして、日本政府の足を引っ張っています。
 日本政府が弱腰ということを多くの人がいっていますが、それ以前に領土問題に対する基礎的勉強(国際法・憲法・詳細な現況分析など)をして、国際的に通用しない感情論を展開しないようにすべきでしょう。

 また、国際法上は「島を誰が先に発見したか」ということで、島の領有権が発生するわけではありません。
 「土地を管理している」=国家主権の下にあるということが重要です。
 この意味でいけば、1905年に日本が行政編入し実効支配を始めた事実が一番重要で、それ以前はどの国のものでもなかったということになります。 

投稿日時 - 2008-08-08 14:52:48

ANo.19

あるがままの回答って言われても、
日本と韓国が領有を主張している、としか言えないのではないでしょうか?

最初に見っければ領土になるのか
過去何百年間はずっと領土だったんだから、そこは今の自分の国の領土なのか
民族的に同じだからそこも自分の領土なのか
不利な条約結んだのだからそれはおかしい、無効に決まってんだろ

どんな説明をすれば、~~は~~国の領土って質問者さんが納得する説明ができるのでしょうか?

投稿日時 - 2008-07-26 15:39:18

ANo.18

韓国が本当に自分のものだと確信しているなら
こんな生ぬるいことをしていると思いますか
あの国が・・・。
後ろめたいことがあるからうだうだ言っているだけ。
それに対して日本の政府もだらしないからね。
なんせ自民党のお偉方も北朝鮮に拉致被害者を帰せと言う国ですから
日本全土を韓国、中国に占拠されれば目が覚めるのでは・・・。

投稿日時 - 2008-07-25 08:52:21

ANo.17

竹島、ね。

もの凄く面倒なことに、古文書の竹島は鬱陵島で現在の竹島は松島と呼ばれていました。しかも鬱陵島自体、ほぼ無人島でした。これは戦国期までの倭寇への対策が出来なかった当時の李氏朝鮮が強制移住させた結果ですが、この島は日本の領土ではないと考えられていました。つまり、竹島(と呼ばれていた鬱陵島)が韓国領である、というのは正しいことなのです。

ここまでは既に回答が出ていますが、もう一点面倒なことに、もう1つ「存在しない島」が竹島だと思われていた時期があります。つまり、鬱陵島と本州の間には、現在の竹島ともう1つ独立した島がある、と考えられていた時期があるのです。これは江戸後期から明治初期までの間です。
ということで、古文書の話をし出すとそれがどこの島かよく分からない話で堂々巡り、という結果になります。


さて。
基本的には領有は、最新の条約によって決定されるべき物です。例えばアラスカはアメリカ領ですが、元々はロシア領でした。これを売却したのでアメリカ領になりました。

日本の領土が最終的に確定するのは、基本的にはサンフランシスコ平和条約になります。このとき、韓国政府(正確にはまだ独立していないので政府ではないが)が竹島を領土に組み込むための主張をしますが、拒否されています。この結果、調印から発効までの間隙を縫っていわゆる李承晩ラインをひいて武力進駐を行い、今に至っています。

直後から日本は国際法廷に提訴を提案していますが、韓国側は拒絶しています。
韓国側は意見を言う資格がなかったのではなく、言っても認められなかったから実力行使をした、というのが正確なところです。

投稿日時 - 2008-07-24 01:39:51

ANo.16

>結局竹島はどちらの国の物なのでしょうか?
 日韓それぞれに自国領であると主張し、それなりの根拠を掲げています。現時点ではどちらが正しいという判断はなされていません。

ただし事実としてあるのは、
(1)終戦後に韓国が一方的に領海ラインを定め、軍隊(ではないと主張していいますが)を駐留させた。
(2)国際司法裁判所による公正な判断をという日本の提案を受け入れなかった。
(3)65年に一定の妥協案の合意に至るまで、韓国は日本の漁船を何百隻も拿捕し、数千人の日本漁民を抑留し、数十人の日本人の死傷者を出した。

 このことをそのご友人はどう考えておられるのか、一度聞かれてはどうでしょうか。少なくとも日本人から見れば理不尽なのはどちらか明白です。外国から見たらどうかはわかりませんが。

 韓国の方からの回答にもありましたが、韓国国民の皆さんが大変に怒っているのは私でも理解しています。ただし日本人だって怒っていないわけではありません。日本人は、他国の国旗や元首の肖像を焼いたり、足で踏みにじったり、大使館に卵を投げつけたりといった行為は、先進国国民としてふさわしくない下品な行為だと自覚しているだけです。

 相手にも主張があるということ、こちらが怒れば相手も怒ることがあるといった想像力が韓国には無いように見えるのが不思議でなりません。

投稿日時 - 2008-07-23 12:32:51

ANo.15

例えば中国とロシアは、長年両国間に横たわっていた国境問題を、差しで話し合って、ついに最近解決しました。
しかし、あいにく日本や韓国は、米国の周りを回る惑星の立場です。内政ならともかく外交は、アメリカ親分に口利きしてもらわないと決まりにくいのが現状です。
竹島問題は、第2次大戦の戦後処理の失敗に起因します。サンフランシスコ条約制定時の草案などを見ると、米国が当初「竹島は韓国領」という方針だったことが分かります。その後、「竹島は日本領」と考えを変えました。しかし、韓国は逆らって、竹島を占拠しました。これは、米国の暗黙の了解なしに、韓国だけでできることではないように思われます。
それでは、ざっと歴史を振り返ってみましょう。

(1) 1905年以前

日韓それぞれ古文書まで持ち出して「固有の領土」と主張しているが、徒労の感がある。漁師が立ち寄ったり民間人などが権利を設定した程度では、領土と言えない。有り体に言って、日韓いずれの領土でもなかったのだ。国家機関が竹島を領土と認識していなかったことを示唆する文書が、日本でも韓国でも出てくる始末である。

(2) 1905年……竹島は大した問題にならなかった

1905年1月28日、日本政府は閣議決定でこの島を竹島と命名し、日本領にした。背景には、「日本帝国主義」や「韓国併合」(日韓併合とも言う)があった。なぜなら、日露戦争中という時期が時期だからである。この年1月1日、旅順が陥落し、「ロシアを排除した後は、朝鮮半島は日本のもの」というめどが立ちつつあった。すでに日清戦争を経て清は排除されていた。
『世界大百科事典』(平凡社)によれば、韓国併合を推し進めた3つの協約のうち、第1次が04年8月22日、第2次が05年11月17日で、韓国の外交権や国政の権能を次々と奪っていった。第1次で、日本政府派遣の顧問(財政・外交)を韓国政府に置くことが決められ、外交上の重要案件などは日本と協議しない限り処理できなくなった。第2次では、韓国の外交権を完全に奪った。そのようなタイミングで、日本は竹島を編入したのである。
まとめると、次のようになる。

○ この年、日本は竹島を強奪したというほどではない。ただし、背景には日本帝国主義や韓国併合推進があった。
○ 当時は帝国主義(欧米露日など)の時代であり、それら諸国の慣習が国際法だった。
○ 日本の圧力下にあった韓国政府は、公式には抗議しなかった。韓国の民間には反対論もあった。
○ この編入は、「無主地の先占」という国際法の法理に沿ったものだった。前述のような背景や圧力があっても、当時の国際慣習では合法だった。

(3) 1905年~日本敗戦……竹島は問題にならなかった(ただし、韓国内で韓国併合全体が問題にならなかった、という意味ではない)

ここで注意を喚起しておきたいのは、第1次大戦(1914~18)の前後で国際慣習が変わったことである。国際連盟が発足し(1920年)、不戦条約で自衛以外の戦争が違法化され(1928年)、植民地獲得競争の時代は終わった。1910年の韓国併合は国際的に承認されたが、32年の満州国建国は主要国から承認されなかったのである。
さらに、第2次大戦中のカイロ宣言では、日本による韓国支配そのものが糾弾されるに至り、連合国の基本方針となった。

カイロ宣言(1943年12月1日発表)
http://archive.hp.infoseek.co.jp/law/1943Cairo.html
(引用開始)
三大国は、朝鮮の人民の奴隸状態に留意し、朝鮮を自由かつ独立のものにする決意を有する。(引用終り)

(4) 1946年1月29日……SCAPIN677号。竹島問題の始まり

1910年から45年まで、朝鮮半島は日本だった。「敗戦後、日本はドイツみたいに分割されずに済んだ」と言う人がいるが、日本も分割された。ただ、ヤルタ協定・ポツダム宣言の方針により、おおむね「本来の日本」と「それ以外」とに分割されたので、「日本は分割されなかった」と都合のいいことを言っているに過ぎない。
あくまで制裁であるから、連合国は「本来の日本」と「それ以外」との切れ目に厳密性を期さなかったようだ。多少ずれても、それも含めて戦勝国による敗戦国の処分だった。ポツダム宣言第8条により、日本はこれに従う義務があった。
竹島問題とは、1946年1月29日に発生した日本と連合国との問題だった。あとから韓国が便乗して、日韓の問題となったのだった。

ポツダム宣言第8条(1945年7月26日)
http://www.geocities.jp/nakanolib/joyaku/js200726.htm
八 「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルベク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ(引用終り)

連合軍最高司令部訓令(SCAPIN)第677号(1946年1月29日)
http://www.hoppou.go.jp/library/document/data/19460129.html
(引用はじめ)
3  この指令の目的から日本と言ふ場合は次の定義による。
(中略)
 日本の範囲から除かれる地域として
 (a)欝陵島、竹島、済州島。
(中略)
5  この指令にある日本の定義は、特に指定する場合以外、今後当司令部から発せられるすべての指令、覚書又は命令に適用せられる。
6  この指令中の条項は何れも、ポツダム宣言の第8条にある小島嶼の最終的決定に関する連合国側の政策を示すものと解釈してはならない。(引用終り)

これにより、竹島は日本の範囲から除かれた。

(5) サンフランシスコ条約……反対解釈

SCAPIN677号には、最終決定と解釈してはならないと書いてある。それでは、連合国の最終決定は? 遅くとも講和発効前に、講和条約または他の取り決めとして示されなければならない。ところが、サンフランシスコ条約には竹島のことが書いてないのである。

日本国との平和条約(51年9月8日調印、52年4月28日発効)
http://www.geocities.jp/nakanolib/joyaku/js27-5.htm

第二条(a)に日本の放棄する島が列挙され、竹島は挙がってない。したがって、日本にとどまると解釈する人がいる。しかし、「第二条(a)の島ならば放棄する」と、「第二条(a)の島でないならば放棄しない」とは、同値ではない。命題の「裏」であって、対偶ではないからだ。法学では「反対解釈」と言って多用されるが、あいまいさを残す。
なぜ、新たな覚書も出さず、講和条約にも明記しなかったのか? ここで、「覚書」「条約」などに関する説明を引用しておこう。

『世界大百科事典』(平凡社)から「条約」
具体的な条約は個々の場合に必ずしも〈条約treaty〉と呼ばれるわけではなく, 〈取極arrangement〉〈協定agreement〉〈憲章charter〉〈規約covenant〉〈規程statute〉〈交換公文exchange of notes〉〈往復書簡exchange of letters〉〈議定書protocol〉〈覚書memorandum〉などさまざまな名称が付せられる。これらのものは名称の差異にかかわらず実質的には条約と同意義であり,その内容によって名称が一定しているわけでもない。(引用終り)

前出の SCAPIN(Supreme Command for Allied Powers Instruction Note)は「連合軍最高司令部訓令」と訳しているが、「GHQ覚書」とも訳す。SCAP(通称GHQ)から一方的に出されるものだが、日本政府が受諾することにより、国際法上の合意となる。ここでいう「覚書」は、「忘れないように書き留めておく私的なメモ」ではなく、外交文書である。
SCAPIN677号によって日本から除かれた地域が、のちに返還されるには、覚書や協定などを要した。いつの間にか自然に日本に戻っていた、などという甘い話はない。例えば、伊豆諸島は、1946年3月22日のSCAP指令により日本に復帰している。
それでは、北緯30度以南・29度以北の7島(鹿児島県大島郡十島村の下七島)は、どうやって戻ってきたか。677号とサンフランシスコ条約とを突き合わせてみると、30度以南・29度以北は、677号で日本から除かれたのに、条約では触れられていない。しかし、51年12月5日に次のようなGHQ覚書が出て、日本へ戻ってきた。

国土の空間的範囲の変遷(総務省統計局)
http://www.stat.go.jp/data/chouki/01exp.htm
(引用開始)
* 昭和26年(1951)12月5日:「若干の外かく地域の日本からの政治上及び行政上の分離に関する件」(連合国軍最高司令官覚書)により,旧鹿児島県大島郡十島村のうち,北緯30度以南にある地域(口之島を含む。87.54平方キロメートル)が返還。(引用終り)

51年12月5日は、サンフランシスコ条約の調印と発効の間の時期である。同条約が発効する前に、同条約の穴をふさいだわけだ。さて、誰でも気付くことだが、竹島についても同様の覚書が必要だったのである。だが、GHQはそれを与えなかった。
それでも、サンフランシスコ条約に明記すればセーフである。実際、数次にわたる条約草案には、竹島の記述があった。

竹島問題(田中邦貴氏による)
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/6.ghq.html

上記のサイトの立場は、日本側主張を正しいとし、韓国側主張に理はないとするものである。ところが豈図らんや、集められた資料が示しているのは、竹島に対する連合国の方針が二転三転して、日本優勢に傾きつつも玉虫色決着に終わったということである。
下記のサイトには、米第七・八次・最終草案、英第一・二次・最終草案、米英共同第一・二次草案、および条約最終草案についても載っている。年表が示すように、各草案によって竹島(=独島)は日韓の間を行ったり来たりしている。

対日講和条約草案(半月城通信 No.96)
http://www.han.org/a/half-moon/hm096.html#No.703

49年12月29日の米第六次草案のように書けば、竹島の帰属は日本に決定する。しかし、結局条文から竹島の記述は削除された。解釈の余地がないように明記しなければ、後で揉めることは、それまでの経緯から見て分かり切っていただろうに。
当時、米国国務次官補だったラスクは、「竹島は日本領」との意向を韓国政府に伝えている(51年8月10日、ラスク書簡)。しかし、ラスクは連合国を代表する立場にはなかったし、日本政府は、同様の通達を連合国から受け取っていない。
なお、第六次草案から削除されたのは、歯舞・色丹もである。ソ連の事情を慮(おもんぱか)ってのことらしい。これがサンフランシスコ条約第二条(c)の「千島列島」のあいまいさにつながり、北方領土問題の一因ともなる。
こうして、SCAPIN677号で出て行った竹島の帰属は、宙に浮くことになった。

(6) 李承晩ライン……海洋法秩序の混乱に乗じた

いや、浮く暇もなかった。条文のあいまいさに付け入って、52年1月18日、韓国が「李承晩ライン」を設定したのである。ライン内に竹島を含んでいた。前述の十島村の下七島は、この時期にGHQ覚書が出て日本領に確定したというのに、なぜか竹島は米国から十分な配慮を与えられず、別の運命をたどった。
52年1月18日といえば、サンフランシスコ条約の発効前である。まだ竹島は連合国に属していたはずだ。韓国は日本から竹島を取ったというより、連合国から取ったことになる(領有権と施政権を分けるにしても、施政権を取られることは支配が及ばなくなることである)。ラスク書簡も反故にされて、もはや、米国に対する韓国の反逆だった。にもかかわらず、米国が李承晩ラインを特にやめさせようとしたふしは見られない。
朝鮮戦争の最中だったのである。韓国および米国(国連軍)は、北朝鮮および中国人民義勇軍と決死の戦いをしていた。日本はと言うと、米軍の後方基地になって、銃弾などを作って納めて大儲けしていた(朝鮮特需)。
いずれにせよ、その後日本は国際司法裁判所(ICJ)へ訴えようとしたが、韓国は応じなかった。開始に両国が同意しないと、この種の裁判は始まらない決まりになっている。国際法という代物は、土台そういう仕組みなのだ。
「韓国が法廷に出ないのは、出れば負けるからだ」と言う人がいる。しかし、「裁判さえすれば日本必勝」という思い込みは、単純すぎないか? 裁判官のメンツなど調べた上で言っているのだろうか?
韓国にしてみれば、現に竹島を支配している以上、勝つ確率が 100%でない限り、法廷には出て来るまい。だが、同国政府関係者にも100%の確信はないという。

「国際司法裁で争う場合、結果を100%確信できない」(朝鮮日報、2006年4月28日付)
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/04/28/20060428000034.html

他方、日本は率が低かろうが高かろうが、裁判くらいしか手がない。「ダメでもともと」だ。日本が裁判したがるのは、竹島を支配してないからである。韓国は逃げるも何も、竹島に居座って動きゃしない。つまり、「裁判したがる・したがらない」と「裁判で勝つ蓋然性」とは相関がない。
韓国は戦後の海洋法秩序の混乱を巧みに利用したのでもあった。昔の海洋法は「領海」と「公海自由の原則」で比較的安定していたが、1945年9月の「トルーマン宣言」で動揺し始めた(大陸棚、保存水域)。多くの国がこれをまね、てんでに権利を主張した。52年1月の李承晩ラインもこの風潮に乗っていたため、日本漁船を苛烈に取り締まったにもかかわらず、韓国は国際的な指弾を浴びなかったようだ。
このように混乱した海洋法秩序は、国連海洋法条約で再建されることになるのだが、まとまるまで長い年月がかかった。58年にひとまず4条約が採択されたが、安定せずに再検討を迫られた。82年に現行条約の採択に漕ぎ着けたが、60カ国の批准が効力発生の要件だったため、発効までに12年もかかった。こうした過渡期、日本は李承晩ラインの非を鳴らし続けたが、ようやく撤廃されたのは65年のことだった(日韓条約・日韓漁業協定の締結)。

(7) 日韓条約……問題棚上げ

戦後、1965年まで日韓には正式な国交がなかった。それを結ぶための予備交渉は51年から始まったが、しばしば中断して合計十数年もかかったのである。それほど交渉しながら、結局竹島の帰属は決まらなかった。問題を棚上げして条約は結ばれた。日本に竹島を取り返す力がないことは、残酷なまでに明白となった。
日本も韓国も、しょせんアメリカ親分の子分である。日韓条約も、アメリカの指導でようやく締結にたどり着いたと言われている。そのとき親分は、竹島は日本領と言ってくれなかった。そして最近も、米政府高官は「日韓の領域をめぐる問題には介入しない」と述べている。「米国の、アジアにおける重要な同盟国である日韓の対立は、米国の国益に反する」との考えが、背景にあるそうだ。
何のことはない、サンフランシスコ条約の昔から、米国の二枚舌外交に日韓は翻弄されてきたのである。親分は、子分のどちらにも良い顔をしたいのだ。
竹島問題には、日露戦争・第二次大戦・朝鮮戦争などいくつもの戦争が影を落している。畢竟、サンフランシスコ条約締結は拙速で、日本はその代償を払ったのだった。条文のいくつかは玉虫色で、そのことが竹島問題や北方領土問題の一因ともなっている。しかし、それに気付いていたとしても、日本は早く国際社会への復帰を認めてもらいたかったし、冷戦の激化ゆえ米国も速やかに日本を取り込みたかった。日本は機を逃さず「単独講和」して、のちの繁栄につながった。痛恨の島々喪失と引き換えに。

【付け足し】

(8) 竹島について、「1905年より前から日本領だった」と、「1905年に日本が先占した」とを同時に主張する人がいるらしい。しかし、それは自己矛盾である。

(9) 「韓国はサンフランシスコ条約の当事国ではないから、同条約と無関係」というのは、誤りである。第21条に次の規定がある。

http://www.geocities.jp/nakanolib/joyaku/js27-5.htm
(引用開始)
第二十一条 この条約の第二十五条の規定にかかわらず、中国は、第十条及び第十四条(a)2の利益を受ける権利を有し、朝鮮は、この条約の第二条、第四条、第九条及び第十二条の利益を受ける権利を有する。(引用終り)

(10) 前出の朝鮮日報の記事にもあるように、国際海洋法裁判所(ITLOS)は、当事国の一方の提訴で訴訟がスタートする。李承晩ラインの時代と異なり、現在は国連海洋法条約が整備されている(日韓とも批准国)。
さて、竹島は定住困難な小群島(というか岩礁)に過ぎない。実利はもっぱら周辺の海にあるだろう。そして、その海(海底資源も含む)に関して、あまりに専横な振る舞いをすると、訴えられて ITLOS の裁判が始まる。始まれば、海の権利の元になっている島の帰属についても、日韓は互いに主張し合うだろう。(6)で述べたように、韓国はそのような事態を嫌う。
これが抑止力となるため、竹島そのものは韓国に取られたままでも、日本は無力ではない。例えば、韓国が竹島周辺の海底地名を名づけようとして、日本が反発し、海洋調査の強行で応酬しようとした事件があった。結局、双方が歩み寄り、海底地名も海洋調査も無しで収拾した。このとき韓国が収拾に応じたのも、日本による ITLOS 提訴を恐れてである。

(11) この小文において、「韓国」は大韓帝国または大韓民国の略である。

投稿日時 - 2008-07-23 00:11:27

ANo.14

初めまして。勿論韓国の領土ですよ。韓国の新羅の地図にも出てきます。間違いなく韓国のものです。日本が韓国を併合したのは1910年ではなくて竹島を奪った1905年です。だからそのときまで遡るべきです。

なんかハーグ、ハーグってテレビで言っているんですけど五月蠅いんですよね。なんで日本が有利になるように仕組んだ裁判にのこのこ韓国が出ないといけないんですか????。あなたそれおかしいですよ。

日本は北方領土も日本の土地だと言い張っています。でもソ連に対してハーグに来いといったことあるか。ないでしょ。相手が大国だと尻尾を振っておとなしくなるくせに組み易しとみると威張ってくる。だから韓国民は怒っています。みて下さい韓国の怒りを。日本製品のボイコットで燃やされています。福田首相の写真も天皇の写真も国旗も燃やしました。

日本は周辺国にまさつを抱えすぎです。北方領土に竹島、それに尖閣や沖縄。本当に北東アジアのトラブルメーカーです。いい加減にしてください。私情をはさむなと書いてありましたが、韓国民の怒りを表現しましたのでお許し下さい。

投稿日時 - 2008-07-22 23:32:27

ANo.13

終戦後にこのような外交文書が交わされています…
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&nid=1670953

いわゆる「ラスク書簡」です。

投稿日時 - 2008-07-22 11:18:33

ANo.12

歴史と言わずに自衛隊が不法占拠している限り、韓国は国外へ国民の目を逸らせれるんだから楽だね。

お互いに良い関係じゃないのかな。

完全に日本領となれば韓国の国民は国内で暴発するし、韓国領になれば反日・竹島商売が出来なくなりますからね。
ん?竹島商売?紛争地域にして民間人の立ち入りを法的に定めれば後は政府のやりたい放題。
空の警備手当てとか不正し放題。
日本は北朝鮮みたいに仕掛けてこないから防衛費は特定の人だけの懐に。

これほど良い関係をぶっ潰すとなれば、懐に入る金が少なくなった時かな。
竹島は日本の物だが良い関係なのでそのままにしているだけです。
竹島の危機だ!カンパよろしく。と言われれば友人はタダで金を払うのかな?

投稿日時 - 2008-07-22 02:10:55

ANo.11

>結局竹島はどちらの国の物なのでしょうか?
お互い言い分はありますが、自分が各種資料をあさりまくった結果
 日本の方に若干有利に思えまます

 ちなみに指摘の部分
>大昔、韓国人が竹島を先に発見したそうです
 は嘘っぽいです。韓国名で竹島を独島というのですが、その時の資料で位置を計算すると竹島の西にある別の島のようなんです。
 それを鬱陵島といいまして、それのようです
先に発見したという記述は「新羅智証王の時、于山国を征服した」とするものです。どうもそれを竹島と勘違いしてるっぽいです

投稿日時 - 2008-07-22 01:26:19

ANo.10

思いっきり、多くの史料を集めて、落ち着いて検証するのがいいのではないですか?

まず、「竹島」というのは1つの島ではないのです。大きな岩が2つと、小さな岩が幾つかで出来ている場所です。詳細は、この写真を御覧ください。
http://toron.pepper.jp/jp/take/photo-d.html

次に、江戸時代は日本も朝鮮も、「鬱陵島」のことを「竹島」と呼んでいた時期がありました。今の竹島は「松島」でした。この辺りを、十分検証してください。
でも、これくらい曖昧だったということは、どちらの国も現在の竹島を十分に領土として意識していなかったのでしょうね。上記の写真を見れば判るとおり、人が村を作って住める島ではありません。

さて、「1905年に日本が領有宣言」というのが、微妙な時期ですね。

1904年2月6日に、日露戦争が開戦。
その戦争中の1904年8月23日に、第一次日韓協約が締結。この条約で、韓国政府は日本人顧問を入れることになった。
そもそも日露戦争は何を奪い合った戦争か? この時期、既に韓国は戦場ではなく、日本が勢力下に入れていた。だから、日本は旅順や大連での戦いを有利に進めるために、韓国を自由に進めるようにしておきたかったのだろう。

そして、1905年1月28日に、日本政府は竹島を島根県の管轄下に入れると宣言。この時、韓国には何も言っていないようです。

でも、まだ日露戦争は決着していない。ロシアがひっくり返すかも知れない。
1905年3月26日、韓国皇帝がロシア皇帝に密書を送っていたことが発覚。
1905年5月27日~28日、日本海海戦。これで、日露戦争の大勢が決まる。
1905年9月5日、ポーツマス条約を締結。日露戦争は決着するが、その条件として、ロシアは韓国に関する権限や優越権を日本に譲ることを決める。

そして、1905年11月17日、第二次日韓協約。ここで、韓国の外交権を日本が接収。いわゆる保護国にした。
翌々年の1907年6月、ハーグ密使事件。オランダのハーグで6月から10月まで開かれた「第2回万国平和会議」に韓国高官が3人参加しようとしたが、事前に日本から情報が伝わっており、各国代表は誰も韓国代表と面会しなかった。
この状況で、韓国代表の1人が急死。史料によると、昨年の赤城農相のバンソウコウ事件のようなストレスによる顔面腫瘍が死因のようだが、韓国では抗議の自殺と伝えられている。

さて、「条約が決まった時、韓国側に意見を言う資格がなかったそうです」というのは、本当だったのでしょうか。1905年という激動の1年の年初と年末で、かなり状況が違うと思うのですが。

投稿日時 - 2008-07-22 01:21:36

ANo.9

領土問題に関しては過去の歴史的な経緯などより実効支配しているかどうかが重みを持ちます。先日尖閣列島では海上保安庁がやるべきことをやり、尖閣列島を日本が実効支配していることを示しました。もし海上保安庁がこれを怠っていたら、そのうちに台湾の軍隊が上陸してきて、交戦権を放棄している日本はお手上げになります。実効支配を続けていれば、防衛権の範囲内で自衛隊が出動できます。

さて、竹島はどうでしょうか? たいへん残念なことに日本の敗戦のどさくさにまぎれて韓国が実効支配を奪ってしまいました。もし、日本が実効支配をするつもりなら、竹島に外国の船が近づけば先の尖閣列島でのように海上保安庁が出向いて退去の勧告を行わないといけませんし、韓国の軍隊が来たら防衛庁が領土の防衛の義務を果たさないといけません。ところが、おそらくいまの日本政府にはそのつもりは全く無いと思われます。

国際司法裁判所など全く意味がありません。国内で土地争いがおこったときに裁判が意味を持つのは最終的に強制執行になるからです。相手が裁判に応じなくても裁判は粛々と進み最終的に強制執行にいたりますから。ところが国際司法裁判所は相手が裁判に応じなければそもそも開かれません。

投稿日時 - 2008-07-22 00:53:11

ANo.7

まず1877年明治政府の最高機関太政官が「竹島(現在の韓国・鬱陵島と、
ほか一島は日本と関係なし」とした決定文書を出した。
この「ほか一島」は現在の竹島なのかどうかという点の解釈の問題。
この、ほか1島が竹島で日本が竹島の領有権を放棄していたとし「竹島は日本の固有領土とは言えない」というのが韓国派。

1900年、大韓帝国勅令41号で石島を自分の領土にしていますが、
石島が竹島のことを指しているのかという解釈の問題

1905年、竹島が日本領となりますが、この時から日本の侵略がはじまって
いて、韓国は抵抗できなかった??というどこから侵略がはじまっていたか
という歴史認識の問題などがあります。
一般人には判断できない問題なので、洗脳されることなく歴史家に任せる
のが一番では?と思っています。
マスコミの報道や国の言うことをうのみにするのは危険だし気持ち悪いです。(特に韓国人)
まぁこの意見もあっているのかどうか微妙ですが…

投稿日時 - 2008-07-22 00:07:03

ANo.6

簡単、簡単。。。。
Rowon様の土地を知らない人が使っていたら、出ていけと言います。
知らない人が俺の土地だと言って、出て行かなければ、裁判を起こして、強制的に追い出します。
知らない人が俺の土地だと言い張るのならば、知らない人も裁判を起こせばいいのです。
日本は、国際司法裁判所で日本の土地か、韓国の土地か正々堂々、決めてもらいましょう。
と、韓国に言っているのですが、韓国は裁判なんて、そんな、話を荒立てなくても、まぁまぁ、、、とお茶を濁しているのです。

お友達に聞いてくださいね。
なぜ、正々堂々、国際司法裁判所へ提起しないのかを。。。
絶対に自分と土地だと自信があれば、韓国も国際司法裁判所へ提訴できるはずですが、、、ね。

投稿日時 - 2008-07-21 23:32:17

ANo.5

SF条約で日本が放棄する領土に竹島は含まれていませんので
明らかに日本の領土です。
SF条約を締結した国は竹島を日本領だと認めているわけです。

投稿日時 - 2008-07-21 23:03:02

ANo.4

最初誰が竹島に初上陸したかは今となっては解らないでしょう

どちらの国が先に領土宣言をしたか?
そのとき他国が反論したかどうかでしょう
とすれば日本側が確実に有利な状態ですね

両国だけで解決するには戦争しか無い状況に為っています
平和解決のためにハーグの国際司法裁判所に韓国も提訴するべきです

韓国が世界の常識が解るならその様にすべきであると
貴方の友人にお伝え願いたい 両国友好のために

なを竹島に居るのは日本自衛隊でなく韓国武装警察です

投稿日時 - 2008-07-21 22:40:57

ANo.3

竹島は、歴史的事実に照らしても、かつ国際法上も明らかに我が国固有
の領土です。
これ以上これ以下でもありません。
日本国民なら、領土問題というう国家主権に関する問題はは当然のこと
国の見解と同じにならなければいけません。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/index.html

投稿日時 - 2008-07-21 22:33:12

ANo.2

領土問題全般に言えることですが、
どちらにも言い分がある以上、
国際司法裁判所に委ねるのが筋ですが、
韓国側が逃げているのか、避けているのが実情です。

投稿日時 - 2008-07-21 22:31:09

ANo.1

 
当事者同士で話しても結論の出る問題じゃないです。
国際司法裁判所に提訴して判断を仰ぐべき。
ただ国際司法裁判所を嫌がってる国が有るのだけど、後ろ暗い事でも有るのだろうか・・・

 

投稿日時 - 2008-07-21 22:17:26

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