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ヴィットリオ・ヴェネトの戦いのオーストリア軍と1945年のソ連進攻に際しての日本軍

1918年の第一次大戦終結時の、イタリアが、休戦して武装解除を待っているオーストリア軍に対して大勝利したのは、抵抗がなかったからでしょう。なぜ1945年の日本軍のように、武装解除を待つ状態でも抵抗したようにしなかったんでしょうか?抵抗していたら、イタリアは失地を回復できないまま休戦を迎えることになり、戦後交渉がやりやすくなるのではないでしょうか。内部崩壊して軍そのものが消滅していたのでしょうか?

投稿日時 - 2007-07-07 02:29:58

QNo.3145940

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

ヴィットリオ・ヴェネトでのイタリア軍の勝利は、オーストリア軍の油断と、既に軍の撤退が開始されていた為です。

オーストリア政府の休戦の決定により、オーストリア軍は、連合国軍に休戦を要請し、既に一部の部隊は撤退を開始していました。
当時、オーストリア国内は各民族が独立を求めており、混乱状態にもなっていました。そうした状況と長い戦争による厭戦気分の為、オーストリア軍の兵士は戦意が低下し、早く帰郷したいとも願っていました。また、指揮官達は軍の帰還による国内安定が早期に必要と判断していました。
その為、オーストリア軍は、占領地からの撤退行動を開始していたのです。イタリア軍が休戦締結後に攻撃を開始してくるとは思っていませんでした。
戦意が無い上に、休戦が結ばれたと思い、その上撤退に入っていたところを、攻められた結果があの敗北です。

この戦いに兵士として従軍していたイタリアの若き文学者プレッツォリーニは、あまりにもヴィットリオ・ヴェネトの勝利がイタリア軍によって過大に飾られた為に、真実を民衆に伝える為に、1920年にその名も「ヴィットリオ・ヴェネト」という本を執筆し世に出しています。
私は読んでいませんが、そこには実際の戦いは、もはや戦意がなく国内に撤退しようとしていたオーストリア軍にイタリア軍が襲い掛かったものであり、軍が喧伝しているような華々しい戦いで、戦果をあげたものではないと指摘しているそうです。

なお休戦を無視して攻撃に出たイタリアの意図は、戦後を睨み連合国の一員としてより大きな発言権や権利を主張する為に、大きな勝利を上げておきたかったからだと言われています。

投稿日時 - 2007-07-08 03:42:12

お礼

ありがとうございます。大変よく分かりました。
国内が完全に崩壊していったオオーストリアの状況と、当時の日本軍は比較にならないようです。

投稿日時 - 2007-07-11 13:37:05

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回答(5)

ANo.5

No4 さんの回答を見て、一つ気づきました。

日本の場合、撤退や退却しようにも、島ですから逃げ場所がないですよね。
まさに背水の陣です。
正規の武装解除ではなくて、白旗をかかげて連絡に行った兵士を射殺されるような状況が沢山の兵士の目前で起きたのですから「これは戦わなきゃ殺される」って誰もが思ったでしょう。
逃げる、という選択肢は物理的に無かったのですから。

ちなみに、島にはカニの加工工場があって、そこで働いてた女性工員をソ連軍砲火の中、命がけで守り抜いて脱出させたようです。
守るべき者はあったのですね。戦いにも力が入った事でしょう。

投稿日時 - 2007-07-08 10:56:00

ANo.3

オーストリアと日本の相違でしょう。
オーストリアは他民族国家でそのため国家としての統一、団結力が弱く軍隊も屡々敗北しています。
ヨーロッパでも最も弱体とさるイタリアに破れたのは既に武装解除されつつある状態で戦う意義もない状態だったからです。  恐らく指揮命令の出来る状態でなかった筈です。

千島の日本軍は要塞化された陣地、十分な弾薬があり訓練も十分でした。しかも休戦命令が出ていたのにソ連軍の突然の攻撃をうけたのです。  軍使も射殺され防戦しなければ死以外にない状態と考えたに違いありません。
状況が違い過ぎて比較になりません。

投稿日時 - 2007-07-07 11:36:07

お礼

どうもありがとうございます。
確かに第一次大戦では、オーストリアはロシアに散々にやられています。しかし、イタリアには優勢を示すのですね。しかし、内部からの崩壊、革命の影響もあって軍隊そのものが麻痺所痛い似合ったともいえるでしょう。日本軍は以前交戦体制にあったのだと改めて知りました。

投稿日時 - 2007-07-07 22:54:36

ANo.2

こんにちは。
第一次大戦の方は前の方と異論はないのですが、第二次大戦の方はちょっと違うかな?という気がします。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%A0%E5%AE%88%E5%B3%B6

によると、武装解除の作業の最中、国籍不明機(これがソ連軍機)による爆撃が始まり・・・とあります。
更に白旗に対して射殺など、占領軍が武装解除するのとは全く違う状況で、何だか判らないけど、戦わなきゃ殺される・・・みたいな状況だったようです。

ちなみに、第一次大戦では、双方の国にあちこちで革命・反乱が発生し、兵士たち自体が、もう戦う意思もないような状況だったようです。

投稿日時 - 2007-07-07 03:37:32

お礼

第一次のほうは、戦わなければ殺されるという幹事ではないんでしょうね。おとなしく捕虜になることができた?まさか、殺されそうなのに、「戦う意味がない」といって抵抗しないことはないと思います。

ありがとうございます。

投稿日時 - 2007-07-07 09:07:40

ANo.1

ソ連侵攻時の日本軍は、極端に弱体化していたとはいえ戦時態勢にあり、休戦中でも武装解除待ちでもありませんでした。
オーストリア=ハンガリーの場合は、国自体が崩壊しつつあり、帝国内の何人にとっても、戦う意味が存在しませんでした。
状況が違いすぎて、比較の対象にできないような気がします。

投稿日時 - 2007-07-07 03:12:53

お礼

戦う意味が存在せず、おとなしく捕虜になることができたということではないでしょうか。つまりイタリア軍はソ連軍よりもまともだったということではないかと思われます。

ありがとうございます。

投稿日時 - 2007-07-07 09:10:29

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