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イギリス・清・インドとの貿易について

 アヘン戦争前のイギリス・清・インドでの貿易の図
(三角貿易?)をよく見ますが、疑問に思うことがあります。

 ○イギリス→(安い綿織物)→インド
       ←  (銀)   ←

 ○イギリス←  (茶)  ←清
       →  (銀)  →
は、分かるのですが・・・

 ○インド → (アヘン) →清
       ←  (銀)  ←
の、清からインドへの銀の流れが分かりません。

 アヘンは、イギリスが清へ密貿易したもので、
銀の流れを書くならば、清からインドへではなく、
清からイギリスへ矢印を結ぶべきでは、ないのでしょうか?
 インドが、アヘンを栽培・清への販売をすることに
よって、インド国民の購買力が上がり、イギリスの大量
生産された、安い綿織物がさらに売れ、結局イギリスへ
銀が流れる・・・ということでしょうか?つまり、
<清←(アヘン)印←(さらに売れる綿織物)英>
   → (銀)   → (銀)

と、いうことでしょうか?図が描けないので、わかり
づらくてすみませんが、教えてください。

 

投稿日時 - 2006-04-18 23:24:29

QNo.2100444

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回答(3)

ANo.3

うーん・・・説明が難しいのですが・・・
銀はインドには流れません。直接イギリスにながれます。

とある本では

イギリス→(安い綿織物)→インド→(アヘン)→清→(茶、銀)→イギリス
      
という循環であらわしていますね。
両方の循環で書こうとするのが問題なのかと。
実際に大きな銀のながれは一方通行に近い状態です。アヘンがもってくる銀にくらべると、綿織物の収入も茶の購入量も及びませんから。
もし書くとしたら、清からはインド、イギリス両方に銀がながれている図となりますかね(インドにはもともとキャラコなどで銀が流れ、イギリスにはアヘン貿易で銀が流れます)。

で、一方通行で銀がイギリスにながれていくので、中国の銀保有量が著しく下がりアヘン戦争へと向かうのです。

えっと、ちょっとNo2の図がわからなかったのですが・・・

 ○イギリス→(安い綿織物)→インド
      ←  (銀)  ←

 ○イギリス←  (茶)  ←清
      →  (銀)  →

 ○インド → (アヘン) →清
        <密貿易>
      ←  (銀)  ←
という構図を三角にしたものでしょうか?
だとすると、一般的にはあっていますが、深いところでは少々違いますね。これ高校程度の資料集と同じ図なのですが、実際にはイギリスと清の矢印は、銀については逆なのです。
ただ・・・ヴィジュアル的な問題もありますし、この程度のものだとあまり深く追求させるものではないので・・・あまり深く考えなければ、それなりにわかりやすい図なのだとは思います。

投稿日時 - 2006-04-24 11:24:01

お礼

 ありがとうございます。

 図は、わかりずらかったですね。
私が表したかったのは違います。
「=」のマークをつないでいって、最後にイギリスへ向かうということです。

 つまり、清からイギリスへ
イギリス←(大量の銀)←清 
      <密貿易> 

 インドからは、アヘンが清へ行くけれど、
清から銀は来ない、銀はイギリスへ流れる・・・
と言うことです。

ということです。

投稿日時 - 2006-04-24 12:44:08

ANo.2

えっと、インドが売っているといっても、インド人が売っているわけでもなくインド人が儲かっているわけでもありません。
実際のところ売り買いをしているのはイギリス商人ですので(作っているのはインド人)インドにはとりあえず食える程度の対価でアヘンを買い上げておけばいいのです(現代でもおなじですが、最初の価格と末端価格では数倍どころではない開きがあります)。
アヘンの代金ですが、イギリス貿易商がやっていることなのでイギリスにいきます。ただ、一応インドから輸出しているという経緯があるので、三角となるのです(インドに本来流れていく銀は、イギリスが横取り)。
つまりインドと中国の貿易ですが、それをしているのはイギリス人、ということです。
いまでもそうですが、密貿易で潤うのは生産地(この場合はインド)でもなく購買地(この場合は中国)でもなく、ブローカー(つまりイギリス)なのです。でも、船上での銀の流れは一応インド-イギリス-清-インド-イギリス・・・

投稿日時 - 2006-04-21 00:45:32

お礼

ありがとうございます。

私は、ずっと

          イギリス

            ←   
(銀)↑↓(綿織物)    = (銀)↓↑(茶)

          <密貿易> =
   インド      →      =清
          (アヘン)

 というように、清からイギリスへ<密貿易>として、
矢印を引いていました。 
 でも、このような図は見たことがありません。
清からの銀は、必ずインドへ向かっています。
このような図(いわゆる三角貿易)では、誤解を招くのではないでしょうか?
 また、私の描いていた図は、やはり間違いなのでしょうか?

投稿日時 - 2006-04-22 18:51:18

ANo.1

いわゆる三角貿易ですね。
まず、
イギリス←  (茶)  ←清
    →  (銀)  →
の構図ですが、これだけでは一方的に銀が清に流れます。これはイギリスにとって好ましいことではありません。
そこでアヘンをインドで生産してインドに「銀の回収」をさせたのです。
つまりインドがアヘンを売ると、清にながれたイギリスの銀がインドにやってきます。で、その銀をインドに綿織物を売りつけてイギリスの元に返すのです。
銀の流れでいうと
イギリスー清ーインドーイギリスー清・・・
という循環をしているのです。
つまり、自国の銀を回収するために、当時植民地であったインドを、中継地点として使ったのです。

実質的には綿織物も売れて(基本的に日用品なので需要はなくなりません)、茶もかってこれて銀も帰ってくるイギリスの一人勝ちの構図となっています。

投稿日時 - 2006-04-19 01:14:00

お礼

ありがとうございました。

 ということは、インドの国民の購買力が上がったと思って、良いのでしょうか?インド国民も潤ったということでしょうか?
 
 確か、アヘンを密貿易する前のイギリスから清への銀の流出は約250万ポンド。
インドからイギリスへの銀の流入は約80万ポンドだったと思います。
 
 純粋に、イギリスからインドへの「大量生産された安い綿織物」の輸出だけでこの差を回収するのは、難しいのではないでしょうか?
 インドは、綿織物を250万ポンド以上買うだけの購買力が、アヘンを清へ売ることによってついたということでしょうか?

 

投稿日時 - 2006-04-20 21:30:54

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