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第二次大戦でのイタリア軍

とあるサイトで、第二次大戦のイタリア軍は腰抜けぞろいで、日本とドイツが負けた九割以上の責任はイタリアにある、というのを読みました。それらのサイトによると、


・エジプトにおいて、せっかくの圧倒的戦力差を有しながら進軍せず、三ヶ月もの間バカンスを楽しむ。

・戦闘中、「こちらが眠ければ敵も眠い。だから攻めてこないだろう」といって夜間に見張りもおかず眠りこけて奇襲を食らう。

・補給された飯が不味い、というだけで補給部隊をいざこざを起こす。

・アフリカでイギリスと交戦した際、戦力差2.5倍と圧倒しながらほぼ壊滅状態。イタリア側は捕虜4000名、対するイギリス側の死者は七名。

・俺が死ぬのは好きな女のためだけだ、と言って軍を脱走。脱走者が半数を超えていた師団もある。

ヒトラーに「総統、イタリアが参戦しました」
と参謀が言うとヒトラーは「では2、3個師団でも送れば良い」
参謀「違います総統、イタリアはわれわれの側で参戦しました」
ヒトラーは絶句し「…この戦争は負けたかもしれん」と言ったとか。
ヒトラーは死の直前言った。
「イタリアの位置に日本がいてくれたなら、われわれは負けなかっただろうに…」


結論:
イタリアは腰抜けで愛国心も無い。今度戦争をやるときは、日本はイタリアと同盟を組むな。

などとなっていました。


イタリア降伏後も枢軸国側に止まって連合軍と戦ったイタリア社会共和国(サロ共和国)の勇戦敢闘についてはあまり知られていない、という記述も目にしましたが、実際ここまで酷かったのでしょうか。

調べたサイトなどでは断片的な情報しかなく、近所の書店でも詳しい書籍は置いておりませんでした。

興味深いので、第二次大戦の詳しい人にご教授いただきたいと思います。

投稿日時 - 2005-06-27 15:23:18

QNo.1476466

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

イタリア軍が欧州戦線でドイツの足を引っ張ったのはまず間違いないでしょう。
ドイツからすれば、イタリアの無謀な領土拡張主義のお陰でバルカン半島・北アフリカの広大な範囲でドイツの利益と無関係な戦闘を強いられたと言えますし、その割にイタリア軍が西部・東部両戦線でドイツ軍を助けたという話は聞きません。
また、戦闘機・戦車・レーダー・暗号など科学技術で戦われた第二次世界大戦において、イタリアをこの面から紹介することが不可能なのも事実です。イタリアは、戦略戦術だけでなく軍の質量共に米英独ソのいずれにも遠く及ばなかった小国、と言うべきなのでしょうね。

が、仮にイタリアがファシズムと決別し連合軍側に付いていたとしたらドイツは救われたのかと言えば難しいところでしょう。その場合、ドイツは戦争の序盤からアルプスに沿う南部戦線を構築する必要がありました。よって、イタリア参戦の一報を聞いてヒトラーが「負けたかもしれん」と言ったということはなく、むしろその当時は喜んだはずです。まさか、その後バルカン半島・北アフリカでこれほどまでにドイツの足を引っ張るとは思わなかったでしょうから…。
しかし、「ドイツと日本が負けた理由の9割はイタリアにある」というのはさすがに言い過ぎです。イタリアがいなくともドイツの勝敗はその次の時代の覇権国家になる米ソ両国を同時に敵に回した段階でもはや決まっていたと言えますし、日本に到ってはイタリアの動向はほとんど関係ないものと言っても良いでしょう。そこまでは言えなかったにせよ、イタリアがせめて局外中立を貫いていればドイツは多少なりとも善戦し得たであろう、その程度だと思います。

投稿日時 - 2005-06-27 16:12:39

お礼

なるほど、ドイツの足をこれほど引っ張ったのは予想外と。たしかに、これは言いすぎかとは思いますが、しかし原因の一つで会った事は間違い無いでしょうね。

件のサイトでは、イタリアの責任が莫大である理由を、イタリアを助けるために「バルバロッサ作戦」が遅れてしまい、結果としてソ連の反撃体制が整ってしまったというものでした。

ご回答、ありがとうございます。

投稿日時 - 2005-09-07 17:45:04

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回答(8)

ANo.8

ヒトラーに「総統、イタリアが参戦しました」
と参謀が言うとヒトラーは「では2、3個師団でも送れば良い」
参謀「違います総統、イタリアはわれわれの側で参戦しました」
ヒトラーは絶句し「…この戦争は負けたかもしれん」と言ったとか。
ヒトラーは死の直前言った。
「イタリアの位置に日本がいてくれたなら、われわれは負けなかっただろうに…」


とありますが、似たようなのがもうひとつ。

参謀:「総統!イタリア軍がやってまいりました。」
ロンメル:「では一個師団でもって迎撃せよ」
参謀:「へ?味方をしにきたんですよ」
ロンメル:「では三個師団で護衛してやれ」



でやんす

投稿日時 - 2005-06-28 10:30:12

お礼

ご回答、ありがとうございました。

> 参謀:「総統!イタリア軍がやってまいりました。」
> ロンメル:「では一個師団でもって迎撃せよ」
> 参謀:「へ?味方をしにきたんですよ」
> ロンメル:「では三個師団で護衛してやれ」

しかし、面白いネタです。
ロンメルの立場から見れば、まじでそう言ったかもしれませんが。

投稿日時 - 2005-09-07 17:56:20

ANo.7

おもわず笑ってしまいました。
こういうエピソードがあったんですねぇ。

第二次大戦で日本が負けたのはイタリアのせいというのはちょっと無理があると思います。

基本的には物資不足、戦線の拡大のしすぎといったところじゃないでしょうか??それに日本ってイタリアと共に戦ったって場面ありました?

こういう考えが出たのはおそらくイタリア人の民族性が生んだんじゃないかと思います。

赤信号で
ドイツ人は車が通ってなくてもまじめに待ち続ける。
フランス人は一応は守るが車がきてないときは普通に通る。
イタリア人は車がきてても普通にわたるって
よくいわれてますよね。

確かにこういうことがイタリア自身の敗戦に結びついたとは考えられますが、それが日本の敗戦に結びつくかどうかは分からないと思います。

すいません。何の知識もない意見になっちゃいましたが。削除されてもかまいません。

投稿日時 - 2005-06-28 00:31:24

お礼

ご回答、ありがとうございます

> 基本的には物資不足、戦線の拡大のしすぎといった
> ところじゃないでしょうか??
> それに日本ってイタリアと共に戦ったって場面あり
> ました?

そのサイトもネタみたいな扱いでしたが、

・イタリアが足を引っ張る
・ドイツが負ける
・ドイツと同盟を結んでいた日本も負ける

というのが大雑把な主張のようです(そのサイトも、大袈裟なとか言ってます)。

しかし、イタリア人の民族性と言うのはそんなんなんですか。是非とも、似たような事例を見てみたいものです。

投稿日時 - 2005-09-07 17:54:59

ANo.6

アフリカ戦線でのイタリア軍の惨めな状況、リンク先の映画でビジュアルに描かれていました。ほんと、何でこんなお粗末な軍隊がドイツの尻馬に乗ってイギリスと戦うの?という印象でした。見ていて、イタリア兵が可哀想で涙が出そうでした。

東部戦線ではイタリア軍の部隊がドイツ軍と共に戦っていたのですが、スターリングラードの大敗北は、ドイツ軍主力部隊の側面を守っていたイタリア軍部隊が、ソ連軍の攻撃で瞬時に壊走したのが発端になっています。まあ、ソ連の奥地までドイツ軍につき合わされ、恐らくほとんどがイタリアに帰れなかったイタリア軍部隊もこれまた可哀想なのですが。

イタリア陸軍は、将校とそれ以外の扱いが全く違い、ちゃんとした料理を食べている将校の脇で、家畜の餌みたいなものを食わされる兵士がこき使われていたそうです。一般に海軍では士官と下士官兵がぜんぜん別の扱い、陸軍では食事だけはあまり違わないのが普通なのですが、イタリア軍は違ったようです。

ただ、No5の方が紹介された「イタリア海軍の将兵の勇敢さは、乗っている船の排水量に反比例する」の通り、魚雷艇のような小艦艇、またフロッグマンのような海軍特殊部隊の活躍は戦史にいくつも残っています。

参考URL:http://www.gaga.ne.jp/el-alamein/top.html

投稿日時 - 2005-06-27 18:21:44

お礼

ご回答、ありがとうございます。

悲惨みたいですね……まだ映画は見て無いのですが。

しかし、イタリア軍も上下関係は厳しかったのでしょうかね。

> ちゃんとした料理を食べている将校の脇で、家畜の餌
> みたいなものを食わされる兵士がこき使われていた
> そうです。

投稿日時 - 2005-09-07 17:51:56

ANo.5

軍隊としての総合能力は確かに日・独に対して劣っていたとしか言いようが無いですね。兵士が自主的に週休二日制を取っていた、なんて話しも聞きますし。金曜の夜になると兵営から人が居なくなったらしいですよ。
誰だったか日本海軍の交換将校がイタリアに駐在した際、伊側から付けられた従卒が書類を持ってくる時チップを要求し、大変驚いたと言う話を何かの本で読んだ記憶があります。しかも、一度に持ってくれば良いものをチップ欲しさに何度にも分けて持ってきたそうです。

しかし、戦略爆撃の思想を最初に提唱したのはイタリアのドゥーエ将軍ですし、何から何まで悪かったと言うのは言い過ぎだと思います。個々の装備面では中々良い兵器を持っていたとも思います(特に海・空軍)。結局は使う人間の資質の問題だと言えます。イタリア製の航空機も北欧では活躍していますし、アドリア海の魚雷艇隊などは勇敢に戦ったらしいです。

最後に、イタリア海軍について、こんな言葉があるので書いておきます。
「イタリア海軍の将兵の勇敢さは、乗っている船の排水量に反比例する」

投稿日時 - 2005-06-27 17:35:57

お礼

ご回答、ありがとうございます。

> 兵士が自主的に週休二日制を取っていた

うーん、信じられない話です。でも、昼寝が習慣の国だと有りと言う気もしますが。

しかし、イタリア軍にも優秀な将官がいたのですね。

> 「イタリア海軍の将兵の勇敢さは、乗っている船の排水量に反比例する」

つまり、排水量が少ない船ばかり使えば、イタリア海軍は最強と言う事でしょうか。

投稿日時 - 2005-09-07 17:50:17

ANo.4

私もイタリア軍の評判はご同様な例を良く聞きますが、一つ同情するとしたら、当時のイタリア軍の兵器、装備は他の国に比べて一世代遅れたものでした。
機関銃は給弾を円滑にするためグリースを塗布する方式でしたがこれがアフリカ戦線では砂を巻き込み射撃不能を起こして戦闘中しばしば故障しました。
航空機も複葉機が実働していた位です。

戦車も軽装備で、対戦車兵器も貧弱なレベルでイギリス軍の戦車には対抗出来ませんでした。
丁度日本軍のレベルを想像してください。
しかも前近代的な指揮官の下で戦ったのです。
対エチオピア戦ではそれでも十分戦えたのです。

当然連戦連敗の中で個々の兵士は勇敢に戦いましたが、近代戦では敗北は免れがたい運命だったのです。
日本軍が南方戦線や沖縄でアメリカ軍の10倍もの戦死者をだしたのが普通ですがイタリア軍に同様な状況で戦うことは無理でした。

近代戦で兵器、装備、補給の差は勝利の決定的な要素といえます。

投稿日時 - 2005-06-27 17:31:16

お礼

たしかに、兵器の差はでかいでしょうね。戦車はリベットで止めてあり、相手の砲弾が直撃すると例え装甲は耐えても、リベットが弾けて中の搭乗員を攻撃する、なんて話がありましたし。

ご回答、ありがとうございます。

投稿日時 - 2005-09-07 17:48:13

ANo.3

第二次大戦でのイタリア軍について、私も
ホントのようなウソのような笑い話を一つ聞いて
います。

・エチオピア侵攻の時、砂漠で水は貴重なのに
 スパゲッティを茹でるのに多量の水を使って
 あっという間に水が尽きてあっさり降伏した。

捕らえた連合国軍側(イギリスかアメリカ軍)は
呆れていたそうです。

投稿日時 - 2005-06-27 16:33:34

お礼

> エチオピア侵攻の時、砂漠で水は貴重なのに
> スパゲッティを茹でるのに多量の水を使って
> あっという間に水が尽きてあっさり降伏した

凄いですね。

もし事実だとしたらアメリカやイギリスもあきれた事でしょう。

ご回答、ありがとうございます。

投稿日時 - 2005-09-07 17:46:11

ANo.1

>イタリア降伏後も枢軸国側に止まって連合軍と戦ったイタリア社会共和国(サロ共和国)の勇戦敢闘については

これは単に、ドイツがムッソリーニを救出して作ったファシスト傀儡政権ですね。
別に、イタリアにもそういう国があった、というわけではないです。

投稿日時 - 2005-06-27 15:56:46

お礼

なるほど、どうやらそうみたいですね。
あまり良く知らなかったです。

ご回答、ありがとうございます。

投稿日時 - 2005-09-07 17:41:58

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