こんにちはゲストさん。会員登録(無料)して質問・回答してみよう!

解決済みの質問

フセインのクエート侵攻時、トルコの日本への恩返し

下記の件について詳しく知りたいと思ったのですが
なんと言う事件と言うか、明細が判らないので調べようも
無く本やネットでも調べようがありません。判る方教えて
下さい。
正確な事は判りませんが、明治維新を迎えた頃に天皇への
お祝いか何かでトルコ人が日本に来日。しかし嵐により船
が遭難。その時に日本のどこかの漁村の人達がトルコ人を
助けた。その時に日本人も亡くなった人も出たらしい。
トルコは日本に大いに感謝したとの事。
そして時は流れて湾岸戦争の原因となったフセインの
クエート侵攻。イラクやクエートなど隣国に居た外国人は
あわてて国外退去した。フセインはすぐに退去しないと
民間機でも撃ち落とすと言ったかららしい。
日本人も退去しようとしたが日本の航空機は間に合わない
他の国に頼んでも危険なので断られる。絶望的な状況の時
にトルコ政府だけは昔の恩返しと危険を顧みず飛行機を用意してくれて日本人も無事だった。
以上の件です。間違えている部分もあるかと思いますが
大体の内容です。ご存知の方、よろしくお願いします。

投稿日時 - 2005-03-23 20:42:46

QNo.1287043

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

明治時代の話は、『エルトゥールル号の遭難』ですね。

↓に、その話+湾岸戦争時の話が載っています。

『海にまつわるちょっと良い話「エルトゥールル号の遭難」』
http://www.locopoint.net/love_peace/ertugrul.html

参考URL:http://www.locopoint.net/love_peace/ertugrul.html

投稿日時 - 2005-03-23 20:48:01

お礼

ありがとうございました。おかげで明細がわかりました。

投稿日時 - 2005-03-25 09:44:02

このQ&Aは役に立ちましたか?

8人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

-広告-
-広告-

回答(3)

ANo.3

#1の方が答えられているように、「エルトゥールル号」のことですね。下記URLも参考にされて下さい。
19世紀末オスマントルコ帝国は、ロシアのいわゆる南下政策によって、たびたびその標的とされ、次第にその保護下(支配下)に入っていきます。それに対する反発+「エルトゥールル号遭難事件」での日本の厚意があいまって、日露戦争での日本の善戦(ヴァルチック艦隊撃破など)が伝えられると、トルコ国民は大いに歓喜したと言われています。
東郷平八郎(日露戦争で活躍)のラベルのワインがあるのも、確かトルコだったと思います。

ちなみにトルコ航空に日本が助けてもらったのは、「イランイラク戦争」の時(1985)と、湾岸戦争の時、の二度あるようですね。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/エルトゥールル号遭難事件

投稿日時 - 2005-03-23 21:20:55

お礼

ありがとうございました。これで明細がわかりました。

投稿日時 - 2005-03-25 09:46:28

ANo.2

こんにちは。
1990年のイラクのクウェート侵攻ではなくて、1985年、イラン・イラク戦争の時ですね。
『プロジェクトX』にも取り上げられました。参考URLの第135回 2004年1月27日放送のところを見てください。

参考URL:http://www.nhk.or.jp/projectx/library/library.html

投稿日時 - 2005-03-23 20:48:52

お礼

ありがとうございました。プロジェクトXでも放送していたのですね。

投稿日時 - 2005-03-25 09:44:55

-広告-
-広告-

あなたにオススメの質問

-広告-
-広告-