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解決済みの質問

言葉の常識

30代後半男です。
質問は、ことわざや四字熟語を知らないことと、比較的新しい言葉、(造語というのでしょうか?)とどちらが常識が無いと感じますか?ということです。

どういうことか説明すると、日曜日の昼の某TV番組の中で、スキー場にいる若者にことわざを言ってもらい、その意味まで答える、というのがありました。
「転ばぬ先の○」
「○をすれば陰」
その他3つぐらい出たと記憶しています。
僕は全問正解したのですが、妻は一つしか判らなかったため、「常識が無いなあ」と言いました。

数日後の夜、妻との会話の中で、妻が「欠食児童」という言葉を出しましたが、私がその言葉を知らなかったのに対し、「あなただって常識無いじゃん」というのです。
世の中にはさまざまな言葉があふれていますから、私にも知らない言葉はあります。

しかし、ことわざや四字熟語は日本人の知恵や教訓が色々含まれており、日本人として知っておかなければならない(知っていて損は無い)ものばかりのはず、
というのが僕の考えですが、皆様はいかがお考えでしょうか。

投稿日時 - 2005-02-06 09:54:09

QNo.1204466

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

40代 男性です。
ご主人の考えに賛同しますね。
仰る通り、四字熟語は迷信(?)や作り事(?)とは言えないモノが含まれています。まさにその通りという事が後々に分かります。いろいろ人生を経験すると分かりますね。

造語もその時(その時代)には、知っていた方がお得でしょうが、ことわざや、四字熟語は、時代に関係なく通じる(通用する)ことだと思います。

数年前に、大学卒の入社したての男子に、ことわざや四字熟語を尋ねたところ、全く知らない状態で、唖然としたのを覚えています。

TV等でも、そうした知識を得る番組ができると良いと思っています。

投稿日時 - 2005-02-06 10:26:14

お礼

回答ありがとうございます。
まさしく、私と同意見ですね。

日本は無宗教の国ですから、そういうことを通じて道徳教育していく(されていく)のではないかと言う気もしています。

>TV等でも、そうした知識を得る番組ができると良いと思っています。
僕もそう思いますが、興味が無い人は見ないんでしょうね。

投稿日時 - 2005-02-06 13:48:48

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回答(7)

ANo.7

 Web辞書の「大辞泉」で調べると、「常識」というのは

「一般の社会人が共通にもつ、またもつべき普通の知識・意見や判断力。」

となっていますね。「共通にもつ」を重視するなら、既に大多数の社会人がわからないなら「常識」ではないのでしょうね。「もつべき」を重視するなら「常識」といってもいいでしょうけど。

 個人的には「出る杭は打たれる」などという考え方が常識とされて欲しくはないなぁなどと思います。

参考URL:http://dic.yahoo.co.jp/bin/dsearch?p=%BE%EF%BC%B1&stype=0&dtype=0

投稿日時 - 2005-02-06 14:00:37

お礼

回答ありがとうございます。

しかし、本当は必要なのにわからなくて非常識化してしまったり、本当は必要ないのに常識化してしまうことは恐ろしいですよね。

諺は、全てがそういう考え方を常識とすることが目的ではなく、そういう考え方もある、というのを知っておくことが重要ではないでしょうか。
もちろん、必要なことは実践できればいい結果が出るかもしれないですよね。

投稿日時 - 2005-02-06 14:35:50

ANo.6

おはようございます。

先ずは奥様に「欠食児童」についての定義を聞いてみましょう。何に対してその言葉を使ったかによって、常識か否かが分るのではないでしょうか?

因みに「欠食児童」は、戦後間もない昭和の社会情勢に反映してできた新語です。初出典は1935年、毎日新聞で「戦後の食料不足と貧困の為に、食事すら満足に出来ない児童が増えている」事を意味する言葉。その子供たちの救済の為に、アメリカからのララ物資などが送られてきたのでした。
しかし、今現在「欠食児童」は、かなりラフな遊び言葉のように取られていて、ちょっとお腹すいてガッつけば「欠食児童みたい」朝食抜けば「欠食児童」などと使われますが・・・若しも、そう言った意味合いを込めて使われているのなら、「若者の常識」であって「一般常識」ではありませんね。因みに、ネグレクトなどで食事を与えられない児童や、朝食を抜いてくる児童にも使う人がいますが、それも別の定義があって、意味合いが全く違いますので、その点でも違います。
それに、実際に現実社会の中で欠食児童は身近にいなくなったのだし、ニュースなどで使用される以外には使われ無いのだから、知らなくても常識を問われる事は無いかもしれませんね。

教訓等につきましては、私もsaityanさんと同意見ですね。これは新語ではなく、先人の知恵として連綿と伝えられてきた言葉ですから、これを知らないほうが「『一般』常識」を知らないな・・・と思います。

ご参考になれば幸いです。

投稿日時 - 2005-02-06 10:51:46

お礼

回答ありがとうございます。

「欠食児童」の定義についてですが、その日はわたしが夜9:30頃に帰宅するのを妻は知っているはずなのに、その時間に帰宅しても妻は不在で食事の用意もなし。
携帯に電話してもつながらないのでどうしようか思案していたら、妻がコンビに弁当を買って帰ってきたのです。
不在だった理由等の問題はここでは省略しますが、僕が弁当を食べているのを見て「欠食児童だね」といったのです。僕はその言葉を知らなかったので意味を問いただしたところ回答者さんが引き合いに出もしている「ちょっとお腹すいてガッついている様子」というような説明でした。
妻の説明も本来の意味から離れていたわけです。

>教訓等につきましては~・・と思います。
については同意見をいただき安心しました。

投稿日時 - 2005-02-06 14:26:59

ANo.5

私の育った家では、日常会話の中に四字熟語がぽんぽん飛び交っていました。
「ほんとにあんたって、何を言っても馬耳東風ね。」とか、「彼は不偏不党に徹しているから」などというのを、聞きながら育った私は、世の中の人みんな、こういう会話をしていると思っていました。
ところが、大人になって、周りの人たちが意外にことわざや四字熟語を知らない、使わない、ということに気づき、遠慮して、だんだん使わなくなってしまいました。
ふと気づくと、成人した私の子供たちはほとんど四字熟語を使いません。私の怠慢だったと反省すると同時に、良い言語環境で育ててくれた両親に感謝の気持ちを持ちました。
質問者様にもし、お子さんがいらっしゃいましたら、ぜひ、ふだんからことわざや四字熟語を日常会話に使って、自然に、耳に慣らしてあげてください。
子供のころに耳から入ってきた言葉は、その子の、財産になります。
日本人として知っておいて損はない、という質問者様の意見に同感です。家庭内での会話も、少しずつ、グレードアップできるといいですね。(^^♪

投稿日時 - 2005-02-06 10:50:38

お礼

回答ありがとうございます。

内容から察すると、お子さんをお持ちの女性(主婦)のようですね。
私たちは新婚で、まだ子どもはいません。

四字熟語が飛び交う家庭というのもすごいですね(^_^;)
でも、これがまさしく、他の回答者さんに述べた、一種の「道徳教育」だと思うのです。

こういう家庭に育ったならば、言葉の乱れも無くなるかもしれませんね。
四字熟語やことわざは学校よりも、家庭で教えるべきかもしれませんね.

投稿日時 - 2005-02-06 14:11:16

諺や社会常識はある地域の人々(民族、グループ)の
の中で生活の知恵、潤滑油、道しるべとして時間をかけて取捨選択され今日まで生き残っていると思います。
普及する過程である民族の生活に合致しない(役に立たない)ものは捨てられたり、意味を変えて使い続けられてきたものもあるでしょう。

よくテレビのクイズなどで取り上げられる格言に下記の二つがあります。
『袖振り合うも他生の縁』
これは仏教感に基ずく古い表現なので、現代の若者には
理解が困難です。『袖触れ合うも多少の縁』と理解されるようです。
『情は人の為ならず』普段から他人に情をかけるのは自分のためであるという意味が、現代では『他人に情をかけるのはその人の為にならない』という解釈が広がっています。

現代語ではない格言、人生訓はこのように時代により、
解釈が変わりえるので日本人全てに共通する常識とするのは無理があるでしょう。狭い社会(同じグループ)での常識にはなっても不思議はないと思いますが、現実は
相思相愛で結ばれたはずの夫婦間でさえも共通の常識に
ならない場合があります。常識とは常識の範囲で慎重に
使うべき言葉で、相手かまわず、場所をわきまえず常に
使えるものではないと思います。

>ことわざや四字熟語は日本人の知恵や教訓が色々含まれており、日本人として知っておかなければならない(知っていて損は無い)ものばかりのはず。

まったくその通りだと思います。しかし使うに当たってはよく考えるべきでしょうね。これらの人生訓の多くは100年~数百年前の現在とは異なる社会体制の中で生まれたものなので参考程度であり、現代人の行き方を規制するものではないと考えます。

投稿日時 - 2005-02-06 10:38:27

お礼

回答ありがとうございます。

>これらの人生訓の多くは100年~数百年前の現在とは異なる社会体制の中で生まれたものなので参考程度であり、現代人の行き方を規制するものではないと考えます。

規制するものではないとは思いますが、そこにはやはり、先人の知恵や歴史が読み取れると思います。
「温故知新」と言ったところでしょうか。

常識というのは確かにどういう範囲において使うかという問題があるかもしれませんね。

投稿日時 - 2005-02-06 14:01:47

ANo.3

ことわざや四字熟語を知らないことの方が常識が無いと思いますが、どんなことわざや四字熟語かによるかと思います。

「欠食児童」の意味を人に聞いても恥ずかしくないですが、「転ばぬ先の杖」を聞く人は恥ずかしいと思います。
しかし、例えば「和光同塵」の意味を人に聞いても恥ずかしくないと思います。

投稿日時 - 2005-02-06 10:35:40

お礼

回答ありがとうございます。

鋭い意見ですね。
「聞くは一時の恥、聞かぬは・・・」と申します。
わからない、知らないことは聞けばよいはずです。
「和光同塵」さっそく調べてみます。

投稿日時 - 2005-02-06 13:54:41

ANo.1

四字熟語や諺は、物事を例えて言ったり、教訓を与えたりする物ですよね。

知らなくても困りはしませんが、学校で習うものも多数含まれている筈。

対して、最近できた言葉(ギャル語などは除く)-例の「欠食児童」などは、まさに今社会問題や社会現象になっている物事に対して使われます。頻繁にTV・新聞・ラジオなどで流れていますね。
これらの言葉を知らなければ、現在の社会問題を語れない場面も多々出てきています。

浸透度、というと、どちらも同レベル…即ち「常識・非常識」で区分すると同列で、むしろ、常識・非常識というより、知識が広いか狭いかと言った方が適切な場合もあります。

どちらが重要か、というと、過去の文化を重視するか、現在の問題を重視するか、それぞれで変わってきますので、どちらも大切だと思います。

但し、比較的年齢層の高い方(30台以上)は四字熟語や諺を知っていて当たり前=常識ですし、比較的年齢層の低い方(40台以下)は最近できた言葉(ギャル語などは除く)を知っていて当たり前=常識だと思います。

上で述べた30台~40台は、両方同じくらい知っているのが常識かと。


ちなみに私は30台ですが、どちらも自信がありません^-^; ご安心ください。

投稿日時 - 2005-02-06 10:24:19

お礼

「欠食児童」という言葉も、最近は当初出てきたときとは違う使われ方、意味で捉えられているようですね。

>浸透度、というと~それぞれで変わってきますので、どちらも大切だと思います。

このあたりの考え方は大事かもしれませんね。
ただ、妻には

>四字熟語や諺は、物事を例えて言ったり、教訓を与えたりする物ですよね。

ということを理解してほしいと思います。

投稿日時 - 2005-02-06 13:43:02

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